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第3章 ある日森の中王子に出会った

ヒーロー登場回です。

 豪勢な造りの王宮と異なり、王室所有の別荘はシンプルで抑えられたデザインではあるが、趣味の良さをうかがわせ、来る者がリラックスできることを第一に考えて設計されていた。開放感のあるリビングは白を基調とした内装で、庭に直結するフランス窓からは、さんさんと日差しが入り込んでいる。普段は外国からの来賓が滞在したり、接待する時に使われているらしい。


 都会の喧騒から離れ1週間が過ぎた。クラウディアは別荘で優雅に過ごしていると思いきや、手紙の束を前にして呆然としたまま自問を繰り返していた。


 ドウシテコウナッタ。ナニカガオカシイ。


 公の場で王太子に婚約破棄を告げられ、被害を最小限に食い止めるためとっさに言いつくろっただけ(しかも国王のフォローを当てにした賭け)なのだが、世間の人々はクラウディアが予想もしない方向に受け止めた。


「今まで冷血とか高慢ちきとかわがままとか散々言ってたくせに急に手のひら返すなんてどういうことよ? ローズマリー様と比べて物語に出てくる悪役令嬢みたいと言われたの忘れてなくてよ! これなら前のように敬遠された方がマシだわ!」


 アレックスは、公衆の面前でクラウディアの悪行を暴露すれば皆が味方に付いてくれると思ったらしいが、すべて裏目に出る結果となった。まず、卒業生が主役のパーティーで当事者を差し置いて突然婚約破棄を切り出したのがまずかった。有力貴族が集う学園で、いくら王太子といえども配慮が足りないという意見が噴出した。また事前に根回しをして秘密裏にことを進めるべきであったのに、何の考えもなしに行動したのもセンスがないとされた。国の統治を任せられるのかとさえ言う者もいた。国王の計らいで元婚約者が王室の別荘に滞在することになったのも大きかった。婚約破棄はアレックス王太子の独断で行ったもので、王室としてはクラウディアとブルックハースト家の名誉を守るというメッセージを国民は受け取った。お陰で今回の婚約破棄で政治的には殆ど波風が立たなかった。


 その反面クラウディアの評判は上がった。あの時卒業生に配慮して謝罪したのはクラウディアの方だった。王太子の逆鱗に触れたにもかかわらず、毅然とした態度だったのも高評価だった。「お高く止まってとっつきにくい」から「冷静沈着で格好いい」に180度評価が変わったのだ。その結果、アレックスが指摘したローズマリーにしたとされる様々ないじめの告発は霞んでしまい、「お偉い貴族様なら色々あるだろう」と一蹴されてしまった。とは言えそもそも冤罪なのだが。


 そして今、クラウディアは、お茶会や晩さん会の招待状が山のように届き、げんなりしているところだった。婚約破棄された令嬢は傷心を癒すために別荘にこもってなければいけないのに、「ぜひ一度侯爵令嬢にお目にかかりたい」「あわよくば婚約破棄の顛末を本人から伺いたい」という好奇の目から逃れられずにいた。


 こんなの片っ端からノーよ! ノーノー!! とわめいているところに召使いがまた手紙を一通持ってきた。


「今度は誰よ? お父様? 一体何の用?」

 

 すぐに封を開けて読み進めると、こんなことが書いてあった。


「やあ、陛下のご厚意で過ごす別荘の生活は快適かい? こちらも変わりはないよ。世間では君の評判が上がっているらしいが、次の手のひら返しが来るまでのボーナスタイムだから、今のうちにたっぷり恩恵を受けときなさい。さて、今頃君の元には招待状が山ほど来ているかもしれないが、君に与えられた役割は王太子に捨てられた哀れな侯爵令嬢ということになっているから、当然応じるわけにはいかない。ただし、レティシア・サンデル老未亡人は例外だ。サンデル夫人は、今は隠居の身とは言え、かつては宮廷で絶大な権力を持った方だ。今なお影響力が残っており、人柄も優しくておおらか、味方に付けておくに損はない。確か別荘の近所に住んでいるはずだから招待状も届いているだろう。彼女の申し出だけはぜひ受けときなさい。人脈を作っておけば今後何かの役に立つ。それではお元気で」


 はあーこれは家長命令ね。ブルックハースト家とのコネクションを作っておけと。長年父のやり方を見てきただけに、クラウディアはすぐに納得した。静養している娘を酷使するなんてとんでもない父親ね、分かっていたけど。クラウディアはため息をつきながら招待状の山からサンデル夫人のものを見つけた。ふむふむ、ガーデンパーティーか。日付を確認し中身を確認したのち、つつしんでご招待をお受けしますと手短に返信を書いた。


**********


 その日はガーデンパーティーにふさわしい晴天だった。新緑がキラキラと輝き、様々な色の花が広い庭を彩っていた。レティシア・サンデル夫人は父の手紙の通り貴族にありがちな偉そうなところがなく、穏やかで、全てに気配りが効いて、優雅な女性だった。灰色の髪は緩く結われ、やや古風なデザインのモスグリーンのドレスも似合っていた。年はクラウディアの祖父母世代だが、若いころはさぞかし美しかったであろうと簡単に推測でき、今なおその名残が残っていた。


 他の参加者はサンデル夫人のお気に入りで固められ上品な人が揃っていたので、誰も婚約破棄に触れる者はいなかった。華美ではないが、主催者のハイセンスが伺われるパーティー。申し分ないと言うべきであろう、一点を除いては。


 参加者の中にはサンデル夫人の親族も含まれていて、12歳になる孫のジュリアンもいた。二重のぱっちりした目にふわふわした金髪の巻き毛の少年で見た目は天使のようだ。中身は悪魔以上だったが。


「何で振られたの? ローズマリーって人の方が美人なの?」


「やっぱりショックだった?」


「仕返ししてやればいいのに」


 タチの悪いことに、祖母や親が見てないところであどけない顔をして、クラウディアにしか聞こえないチャンスを見計らって来るのだ。大人の貴族に嫌味を言われるのなら慣れているので応酬しやすいが、子供の直球はどう対処したらいいか分からない。しかもこの少年は全て分かった上で質問しているのだ。無邪気な表情を取り繕いながらも、笑いをこらえきれず口の端がひくついている。大人が見てなければわたくしが「しつけ」をして差し上げますのに……とクラウディアは内心グギギとなっていた。


 天使の顔をした悪魔から何度目かの攻撃をかいくぐり、ふと油断したその時だった。


「ねえクラウディア様、これぼくの相棒——」


 ジュリアンが差し出したのは白い小型犬だった。突然目の前ににゅっと突き出されてクラウディアは淑女らしからぬ悲鳴を上げて、とっさに犬を手で追い払った。犬は苦手なのだ。犬はびっくりして逃げ出し、きゃいんと吠えた後、庭に隣接する森の奥へと消えていった。


「わーーーん! ぼくのチロル! いなくなっちゃった!」


 ジュリアンの泣き声に全員こちらを向いた。まずい! サンデル夫人とのコネクションが風前の灯火! ここで失敗をしたら許されない! クラウディアは慌てて叫んだ。


「わたくしチロルちゃんを探してきますわ! あちらの方へ逃げ込んだはず!」


 恥ずかしくてその場を逃げ出したい気持ちもあった。引き留めようとする声を無視して、クラウディアは庭園を越えて森に飛び込み、木々をかいくぐりながら走った。訳も分からずひたすら奥に進んだが、紅潮した頬が冷える頃になって、自分がどこにいるのか分からなくなったことに気づいた。


「ちょっ……ここはどこですの? 屋敷はどちら?」


 もちろん方位磁針なんて持ち合わせておらず、方角を調べる術すらないことに愕然とした。悪いことは続くもので、おろおろしているうちに木の根っこにつまづき足をくじいてしまった。足首がじんじんと熱を持って痛みは増すばかり。足を引きずらなければ歩けない状態になってしまった。


「だーれーかーいませんの?」


 大声を張り上げたが、もちろん答えはない。有力貴族とのコネ云々より、生きて森を出られるのかが懸案事項となった。こういう時は下手に歩き回らず助けが来るのを待った方がいい。そう思い大きな木の根元に腰を下ろした。


「まさか熊なんて出ないわよね? もし誰も来なかったら? そしたらあのガキンチョのところに化けて出てやりますわ。この際言葉使いなんか関係なくてよ」


 そう呟きながら時折「誰かおりますかー」や「ここに来てー」などと声を上げた。そうしてしばらく待っていると、やがてどこからか「おーい」という男性の声が聞こえてきた。助けが来たのね! でもちょっと早くない? と思いつつ、クラウディアも「ここよー!」と声を張り上げた。


 だんだんとこちらへ来る人の気配が感じられた。意外にも、クラウディアの前に現れた人物は、捜索に駆り出される使用人にしては身分が高そうだった。キャスケットを被り、散策用の半ズボン姿だったが、やけに仕立てがいい服で上流階級の人間だと察せられた。年の頃はクラウディアと同年代だろうか。10代後半ともなれば身体ができあがってくる頃だが、色白で線が細い。漆黒の髪に漆黒の瞳という組み合わせはこの国では珍しい。それなのにどこかで見たような顔だとクラウディアは首をひねった。そして小さなガラス瓶やルーペなど大きな荷物を抱えていた。まるでこの森に探検にでも来たかのように。ティーパーティーの客ではないことは確かのようだ。


「どっ……どうしたの? こんなところに座って?」


 クラウディアを前にして明らかに戸惑っている。人間に会うのが珍しいというような態度だった。


「サンデル夫人のティーパーティーに参加していたのですが、逃げた犬を探しに森に入って迷子になりましたの。おまけに足を挫いて歩けません。申し訳ありませんが、サンデル夫人にわたくしがここにいることを伝えてくれないでしょうか」


「そっそれはいいけど……でも待ってる間君は心細くない? 送ってあげた方が……そろそろ暗くなって何にも見えなくなるし……僕がおんぶすれば……」


 最後の方は自分に言い聞かせるくらいの小声になったが、そう提案された。クラウディアはこう見えても異性への免疫がないので(おおおおおおんぶ!? お姫様抱っこよりはマシとは言えそれでも十分心臓に悪いわ! はっ、まさかどこかへ連れて行かれるんじゃ!?)と内心パニックになったが、確かに日も陰りだしているので彼の提案に乗るしかなかった。


 背後だから顔が真っ赤なのを見られなくてよかったと思いながら彼の背に乗ったが、百歩も歩かないうちにふらふらし始め、下ろされてしまった。見ると肩でゼーハー息をしている。かなり苦しそうだ。もしかしてわたくし重い? 確かに最近動いてないけどそんなに体重増えたのかしら???


「ごっごめん……強がったけど実は力が弱くて。疲れやすいんだ」


彼は恥ずかしそうに顔を伏せて告白したが、クラウディアは別の意味で恥ずかしさの極致だった。


「杖になりそうな木の棒があればわたくし歩けますわ! 気にすることなくてよ? あなたは道案内をして下されば十分ですわ!」


 いや今日着てきた服が重いだけかも。とにかく足が治ったらすぐにダイエットですわ!ダイエットダイエット!! 動揺を隠すために無駄にハイテンションで答え、杖代わりになりそうな木の枝を見つけると足が痛いにも関わらず率先して歩き始めた。こうなったら意地でも歩くしかない。彼が道案内をして進むうち、屋敷の影が見えてきた。実際そう遠くもなかった。ここまで来れば安心だ。


「クラウディア様ご無事でしたか! お怪我はありませんか? 今使いの者に捜索命令を出したところでした! …………お連れの方は?」


 クラウディアの無事にほっとしたのも束の間、サンデル夫人は別のことに驚愕したようだった。彼女の視線の先を追うと、道案内をした少年に行き着いた。まるで珍しい生き物を見るかのように、彼女の目はまんまるに見開かれていた。


「久しぶりだねサンデル夫人。2年ぶりかな。よく僕が分かったね」


「忘れるはずがございません。王室は常に私の心の中心にございます。立派にご成長されましたね、マクシミリアン殿下」


 殿下?! 今殿下って言ったよね? この人ただの貴族じゃなくて王族なの? クラウディアはぎょっとして足の痛みも一瞬忘れ、隣の少年を凝視した。果たして、彼こそが元婚約者アレックス王太子の兄、マクシミリアン・ホーク殿下だった。



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