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第23章 かわいい子は旅をする

「ロベルト先輩には何から何までお世話になりました。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」


 自宅謹慎が明け学園に戻ったマクシミリアンがまず向かったのはロベルトのところだった。ロベルトは数日前に謹慎が明けていた。


「俺は別に特別なことはしていない。お前はその場を収めようとしただけだし、先に手を出したのはアレックス殿下の方だから謝る必要はないよ」


「先輩が敢えて手を出さなかったことで、アレックスと正面から向き合う機会ができました。その後の後始末までお任せして、責任まで取らせてしまって……」


「だから気にするなって。アレックス殿下も色々積もり積もっていたようだから兄弟で語り合えて結果オーライなんじゃないか。まあ、拳で語り合ったとも言うが……」


 そう言えば以前自分は「拳で語り合いたい」なんて言ってたっけ……と思い出しておかしくなった。まさかこんな形で実現するとは思わなかったが。


「予想通りお前がやられっ放しだったが、一度攻撃をかわして間隙をついて押し倒しただろう? あれはよくやったな。着実に力をつけている」


「それも先輩のご指導のお陰です」


 マクシミリアンは照れながら答えた。


「話は変わるが、今後お前の扱いを変えていこうと思う。正確には部活内ではそのままだが、外では王族としての敬意を払う。ということで、今までの非礼をお許しください、マクシミリアン殿下」


 ロベルトは突然胸に手を当てひざまずいた。4年生の教室の廊下だったので、皆の視線が一斉に向けられる。マクシミリアンは突然のことに気が動転してしまった。


「いきなりどうしたんですか!? こんな場所で恥ずかしいですよ。どうか顔を上げてください」


「これは本気です。最初からアレックス殿下と同等に接するべきでした。私が殿下を蔑ろに扱ったから、それを見た他の者も同様に侮ったのです。それでロジャー皇太子につけ入る隙を与えてしまったのです」


「でも……それは部活内での規律だからおかしくないと思います。というか急に敬語なんて恐縮してしまうからやめて下さい。頼みます」


 マクシミリアンがおろおろしながら頼み込むと、ロベルトは元の姿勢に直った。


「じゃ、お前と話すときは今までのようにさせてもらう。実はアレックス殿下ともこんな感じなんだ」


「なんだ、じゃあ今のままでいいじゃないですか」


「いや、よくない。臣下の礼が必要な時はそれ相応の対応をさせてもらう。そうでないとお前のためにもならない。人は与えられた立場によって変わっていく。お前が王子らしくあるためには、周囲が敬意を払わないと駄目なんだ。いいか、お前はホーク家を代表する王子の一人だ。お前を侮辱することは王家を侮辱するのに等しい。お前はよくても王家の威信を汚すわけにはいかない。それを忘れるな」


 つまり、こないだクラウディアに話した「腰を低くしても相手は自分を見くびってバカにする」という意味と同じだと理解した。それは分かるが、いざ実践するとなると難しい。


「あと、俺はアレックス殿下だけでなく、お前にも忠誠を尽くすことにした。というわけでよろしく。いや、よろしくお願いします」


 ロベルトはそう言うと一礼した。マクシミリアンは意外な展開に目を丸くした。


「それは嬉しい……けど、アレックスは大丈夫なんですか? 二人に忠誠を尽くすって可能?」


「俺はそうと決めた人に忠誠を尽くすだけだ。別にアレックス殿下と専属契約をしているわけでもないし。そもそもマール王国の繁栄のためなら誰それに付くとかバカバカしいだろう? 何ならアレックス殿下にも許可を頂いたし」


「アレックスが許可……」


 その意味するところは何なのだろうか。マクシミリアンは信じたいような、信じられないような気持だった。


 ロベルトと別れて2年の教室に戻ってくると、待ち構えたようにグランが廊下に立っていた。


「殿下、お嬢様の様子が変なんだ。一昨日辺りからぼんやりしてて」


 また何かあったのだろうか。マクシミリアンの脳裏に真っ先に浮かんだのはロジャーだった。もめ事を持ち込んでくるとしたらあいつしかいない。


「今度はどうしたんだろう。一旦回復したように思ったんだけど」


「それが更に上の空って感じなんだ。もう訳が分からないよ」


 一週間前に会いに来てくれた時はおかしなところはなかった。となると、ここ数日の出来事に違いない。あのクラウディアが心ここにあらずとなるなんて余程のことだ。次から次へと降りかかる難題に、マクシミリアンはため息をついた。


「殿下! 大変です!!」


 いきなり別の声に呼び止められた。向こうから廊下を走ってやって来たのは1年のサミュエルだった。


「さっき、同級生が噂してるのを聞いたんですけど、今度うちからアッシャー帝国へ短期留学する生徒がいるんですって。それ2年のクラウディア・ブルックハーストって人だと聞いたんですけど、あの方ですよね?」


 何だって!? 寝耳に水だ。


「ちょ、それどこ情報だよ? 殿下落ち着いて。取り敢えずお昼まで待って本人から直接聞きましょう」


 しかしマクシミリアンは何も考えられなくなった。これ以上何が起こるというのか。この上クラウディアまで奪われたら自分はどうすればいいのか。1週間ぶりに学園に来て早々、彼はまるで上の空で午前中を過ごした。


 お昼になり、グランに引っ張られるようにして食堂へ向かった。本人に会って聞きたいことは山のようにあったが、いざ目の前にすると一言も言葉が出ないような気がした。何だかクラウディアに会うのが怖い。どんな話が出てくるのか怖い。


 やがてクラウディアがやって来た。なるほど、いつもより元気がない。化粧で誤魔化しているようだが目の下には隈ができていた。


「クラウディア、アッシャー帝国に留学する話は本当なの?」


「その話をどこで? ……もう知れ渡っていますのね」


 クラウディアはびっくりして目を見開いたが、諦めたように認めた。やはり噂は本当だった。


「……期間はどれくらい?」


「話によると半年とか」


 半年! 予想以上の長さにマクシミリアンは気が遠くなった。


「ねえ、それって父上も知ってることだよね。こんなデリケートな案件に父上が関わってないわけないもの」


 クラウディアは口ごもった。つまりイエスなのだろう。


「分かった。ちょっと失礼する」


 マクシミリアンは、食事に手を付けず立ち上がった。


「殿下、どこ行くんですか?」


「悪いけど今日は早退させてもらう。父上に直接確認してくる」


 クラウディアはびっくりして慌てて呼び止めようとしたが、既にマクシミリアンの姿は遠ざかっていた。


「ちょっとグラン、殿下を止めて!」


「今の殿下は誰にも止められねーよ。お嬢様、待ちましょう」


 男子たちは、マクシミリアンの中にも激しい気性が存在することを最近目の当たりにしたばかりだった。ああなっては手が付けられないことを、クラウディアよりも熟知していた。


**********


 マクシミリアンは早退の手続きをして宮殿に戻ると、真っ先に父のいる居城に向かった。国王は政務中で忙しくしていたが、アポを取ってないが緊急事態なので会ってほしいと取り次いでもらった。マクシミリアンは父のいる政務室にずかずかと入り込んだ。


「お忙しい中申し訳ありませんが、二人だけで話をしたいのですが」


 国王は仕事の手を止めマクシミリアンを一瞥し、「10分だけだ。それ以上は延ばせない」と言うと、人払いをした。


「学校はどうした? 午後の授業があるだろう?」


「早退してきました。父上、アッシャー帝国への短期留学の件ですが」


「お前の耳にも入ったのか。先に伝えておこうと思ったが早いな。ロジャー皇太子がブルックハースト嬢を推薦してこちらも了承したんだよ。優秀な人材でないと務まらないからね。彼女なら適任だろう」


「なんで了承したのですか! クラウディアなら責任感が強いから断れないのを知っていたんでしょう!」


「なぜお前が口を挟む権利があると思ってるのか、そちらの方が不思議だけどね。まさかブルックハースト嬢と離れたくないとかそんな幼稚な理由じゃなかろうね」


 淡々とした口調ながらも無慈悲な指摘に、マクシミリアンはぐっと詰まった。


「お前がこの先学者になろうが何だろうが、王族の一員であるという運命からは逃れられない。私利私欲で国益を損なうことがあってはいけない。今回の留学は、マール王国の未来を左右する重要な事業だ。決して失敗は許されない。それに比べたらお前の恋慕なんか些細なことだ」


 父は明らかに変わった。今までの優しい父はほんの一面に過ぎなかったのだ。むしろこれが本当の姿なのだ。


 マクシミリアンが何も言えず黙っていると、国王は少し声色を和らげて付け加えた。


「もしどうしてもお前が彼女を離したくないのなら、お前自身の力で守りなさい。誰かに縋りつくんじゃなくてお前自身が成し遂げるんだ。そんなにいい女なら」


**********


 更に半月ほどの月日が経った。あれからマクシミリアンとはよそよそしい関係が続いている。周りの者たちもどうすればいいのか分からず、腫れ物に触るように接していた。しばらく会えなくなるのにこんな状態でいいとは思えなかったが、クラウディアにはどうすることもできなかった。


 この日は宮殿で留学生の任命式があった。参加人数は少なく地味ではあるものの、国王やロジャー皇太子も列席する正式なものだった。そのため宮殿にやって来たクラウディアだったが、ひょっとしてマクシミリアンに会えないかと、つい考えてしまった。


 任命式は粛々と行われた。今日もロジャーはキラキラ輝いている。彼を見ると先日のことを思い出してしまうのでなるべく見ないようにしていたが、ついつい目が行ってしまうのは仕方ない事だった。


 式も終盤に差し掛かったころ、急に扉がバンと開いて何とマクシミリアンが中に入って来た。一同が驚いて見守る中真っ直ぐクラウディアのところにやって来る。ロジャーと国王だけが動じていなかった。


「クラウディア、これは本当に君の意思なの? 君が断りたければ断っていいんだよ?」


 無断で入り込んだと思ったら何を言い出すのか。断ることができればとっくの昔に断っていた。それが無理だから今ここにいるのではないか。マクシミリアンが何を考えているのか分からなかった。


「殿下、どうかお控えください。みんな驚いています」


 クラウディアは小声でマクシミリアンをいさめようとした。


「他の奴なんてどうでもいい。君がどう思ってるかが大事なんだ」


「だから今はそういうことを話し合う場ではありません。アッシャー帝国に泥を塗るおつもりですか」


「そんなのどうでもいい。僕は君さえいれば——」


 もう我慢の限界だった。ここまでバカな王子とは思わなかった。


「ここから出て行けって言ってるでしょ! 大体あなたと何の約束もしていません! 噂通りわたくしは打算まみれの女なんです! あなたなんかよりロジャー皇太子の方が何でもできるし格好いいしおまけにモテますわ! 次期皇帝の妻になれたら素敵だと思いません? おまけにそれがマール王国とアッシャー帝国の友好に繋がるのならば一石二鳥ですわ!」


 もうやけくそだった。何とかこの場を収めたくてまくしたてたが、自分はなんてことを言ってしまったのだと気づいてはっと我に返った。マクシミリアンを見ると、最初は真っ白だった顔色が真っ青になりそしてだんだんと真っ赤になった。そして、オーバーヒートを起こし機能停止した機械のように全く動かなくなった。これには流石のロジャーもあっけに取られてただ見ていただけだった。唯一国王だけが笑いをこらえきれずに吹き出していた。


「あ、あの……これで必要事項は大体終わったので、この辺でお開きにしてもよろしいでしょうか……その?」


 見るに見かねた宰相が割って入るまで、永遠と思える時間が経過した。それまで誰も何も動けなかった。


ここまでで学園編終了です。次回からは帝国編がスタートします。新しい世界になり新しいキャラが出てきます。引き続きご愛顧のほどよろしくお願いします。

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