第16章 嵐は隣国からやって来る
「ねークラウディア、こないだの赤毛の男の子をご学友にしたいんだけど駄目?」
「何をおっしゃいますの! 駄目に決まってますわ。あいつは死刑と言ったでしょう?」
いつもの昼食の時間、いつもの場所で、いつものようにクラウディア達はランチを摂っていた。
「なんでクラウディアが殿下の友人を決めるんだよ。そんなの自由にさせたらいいじゃないか」
先日から新しくドンが加わった。ドンはマクシミリアンと交友するのは問題ないが、クラウディアのことは苦手なままらしい。
「ドン先輩は、殿下への不敬行為をご存じありませんでしたわね、敬意がないだけならともかく、明らかな敵意がある者を傍に置くのは危険極まりないですわ」
「ドン先輩はお嬢様のこと怖がってるようですけど、何かあったんすか?」
グランがパンをちぎりながらドンに尋ねた。
「うちは男が家を継いでいるけど実質女系家族で、実権を握っているのは父の姉の叔母さんなんだよ。この叔母がすごい女傑で、悪い人じゃないんだけど親父はてんで頭が上がらない。ついでに母親にも上がらない。妹が一人いるけどやはり俺より強いし、クラウディアの話聞いた時俺もこの運命から逃れられないのかって……」
「ぎゃはは! 何それ、おもしれー! 身体デカいくせに尻に敷かれる系なんですね。かわいくていいじゃないですか」
「ばっ、バカにするな! だからクラウディア見るとつい叔母さん思い出しちゃう……未だにオムツ変えてもらったこと恩に着せて農場の手伝いさせるもんだから」
「へえーっ、植物全体に詳しいのもそこからきてるんだ?」
マクシミリアンが身を乗り出して興味を示してきた。
「まあそれも関係あるかな。ちょっと分野は違うけど。その点では感謝してるけど、俺はもっと、こう、おしとやかなタイプが本当は好みで。今のアレックス殿下の婚約者みたいな」
「きれいな花に棘があるのと同じように、可憐な少女は一癖ありますわよ。その様子じゃしっかり者の女に尻に敷かれた方がマシですわね」
「今の言い方叔母さんそっくり! もうこんなの嫌っ!」
大柄な身体で乙女のようなリアクションをするドンに皆笑った。マクシミリアンが持つ、人を惹きつける不思議な能力は学園でも発揮されている。これは一種の才能かもしれない。本人が望むようにさせてやりたいとは思うが、反帝国派の人間を引き入れることはいくら何でも賛成しかねた。マクシミリアン自身は、帝国とは何の関係もないのに、見た目のせいでそう見られてしまうのは仕方のないことだった。
前回の騒動から1週間経ち、またアッシャー帝国史の講義を受けた。もうマクシミリアンは発表しようとは思わなかったし、赤毛の少年も彼を無視したままだった。その日の授業は滞りなく終わり、休み時間になったところで、マクシミリアンはまた赤毛の少年に近づいた。
「あの……先週あんなことがあったばかりですまないんだけど、どうしても諦めきれなくて。こないだ言ってた、お父さんが左遷された話もう少し詳しく聞かせてくれないかな。あと名前もまだ聞いてなかった」
赤毛の少年はあっけにとられた。ここまでしつこくされて驚きと嫌悪感が一気にこみ上げたが、王子の手前ぐっとこらえた。
「先日のことなら申し訳ないと思っています。本来なら不敬罪で罰せられてもおかしくないくらいのことです。しかし、全て俺の責任なので家族へ介入するのだけはどうか許してください」
「別に怒ってなんかいないよ。ただ、誤解を解いて、できれば君の父さんの名誉も回復したい。まだ詳しいことは言えないんだけど、その辺の事情が変わってきたから君にも話しておきたいと思って」
赤毛の少年は目を丸くした。この王子は一体何を言い出すんだ?
「それは……どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。ただ、僕の一存では決められないこともあるから歯切れのいいことはまだ言えないけど……でも、もしそれができたら僕のご学友になってくれない?」
「はあ?! 何でいきなりそんな話に?」
これには流石にびっくりしてしまった。無礼を働いた人間に友達になって欲しいと頼むお人好しがどこにいるのだろうか。
「だって、マイナスがゼロになったら後はプラスにすればいいだけだろう? 別に難しいことじゃない」
どこまでもマイペースなマクシミリアンを見て、これ以上相手のペースに飲まれてはいけないという直感が働いた。それで返事もそこそこに引き下がろうとしたが——
「あ、まだ名前聞いてなかった」
「サミュエル・アンダーソンですっ。それではさよなら!」
サミュエルは強制的に会話を切り上げてそそくさと教室を出て行き、またマクシミリアンが一人残される結果となった。
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「いやーまずいっすよ。お嬢様が何て言うか分からないから、このことは黙っておきましょう」
先程の出来事を聞かされたグランは、いの一番にそう言った。
「んー大丈夫じゃないかな。何だかんだ言ってクラウディアは僕の好きなようにさせてくれるから」
「まあ、俺も反帝国派は余りよくないとは思いますよ。本当のことを打ち明けられないのに仲良くしようってのは……ねえ」
傍から見ると、クラウディアがマクシミリアンを操作しているように見えるが、実際は、彼は何からも自由だった。何を言われようが最終的に決断を下すのは彼自身だし、クラウディアの方もそれについて不満に思っている様子はない。不思議な関係だよなあ……とグランは思った。アレックスの時はお節介に映ったことが、マクシミリアンの時はうまくいっているのだから、相性というものは分からない。一見アレックスの方が俺様キャラなのに、柔和で穏やかなマクシミリアンの方が本当は我の強い性格をしているのも面白かった。最初はクラウディアに言われて付き合い出した相手だが、彼自身マクシミリアンを気に入っていることに気が付いた。
「そういや、アッシャー帝国から留学生? が来るって噂あるんだけど、殿下は知ってる?」
「いいや、アレックスなら知ってるかもしれないけど、僕は公務もやってないし、その辺の情報は入ってこない」
学園ではそこで終わった会話だったが、帰宅してから思いもよらないことを聞かされた。マクシミリアンは、王宮に住むようになっても相変わらず父である国王と気兼ねなく会えるわけではなかった。執務が終わらなかったり、公務で空けていたりと、すれ違いの生活が続いた。マクシミリアンは一抹の寂しさを覚えたが、考え方を変えれば、そんな多忙の日々の中でも、できる限り自分のところに会いに来てくれていたのだと思うことにした。
それが、今日は父と食事を共にするようにとのお達しが届いて、アレックスも同席して3人の食事となった。久しぶりの父との夕食を楽しみにしていたマクシミリアンだったが、国王は意外なことを言い出した。
「今度、アッシャー帝国の皇太子、ロジャー殿下が学園に遊学にやって来る。アレッス、殿下の付き添いとして務めを果たすように。きっとマックスにも興味を示すだろうから、二人で協力してもてなして欲しい」
先に反応したのはアレックスの方だった。
「なんでまた突然に……アッシャー帝国との関係は表向き膠着したままですが、いつの間にそんな話が進行していたのですか?」
「最近少し風向きが変わってね。それでも性急にことを進めるべきではないんだが、ロジャー皇太子の強い希望もあって実現した。お前たちと年も近いし、若者の交流の形としとけば、波風も立ちにくいだろう」
風向きが変わったとは、シンシアの死の真相が内々にアッシャー帝国に知らされたということだろう、とマクシミリアンは考えた。シーモア夫人が、ミランダ夫人の手紙の内容をアッシャー帝国にも知らせなかったと言っていたのは本当だったのだ。それにしても寝耳に水だ。皇太子の強い希望というのも何か裏があるような気がしてならない。今度はマクシミリアンが質問した。
「父上、あちらの皇族のことは知らないのですが、ロジャー皇太子とはどんな方なのですか?」
「お前の母上の兄の長男、つまりお前とは従兄弟に当たる方だ。20歳にして自前の軍を持ち、内政と外交双方で父の皇帝を補佐し、将来の名君との誉れ高い若者だ」
それを聞いたアレックスは、少し緊張した面持ちになった。立場が同じ者として何かと比べられるのは必然だからだ。マクシミリアンはそんなアレックスに同情した。
「そんな訳で、従兄弟に当たるマックスにも興味深々のようだ。アレックスだけでは荷が重すぎることもあるだろうから——アレックス、言いたいことは分かるが聞いて欲しい——ここは、二人で協力して乗り切って欲しい。表向きは遊学だが、これはれっきとした外交案件だ。お前たちに頼むしかない。マール王国の未来が懸かっている」




