そして目覚める
澄み渡る青い空に土煙と鉄の匂いを漂わせる風景。
遮る物のない直射日光と生い茂る草花と皹割れた大地。
瓦礫とコンクリート、崩れた家屋と高層建物の残骸に傷だらけで砕けたアスファルトと獣道のように植物の生えていない土道。
その瓦礫の山影からゆっくりと出て来たのは身長110cm程の緑色の肌の小鬼。
全身は血を帯びていて今も滴り落ちては赤い足跡を作っている。
右手にある、木の棒には殴った痕のように皮膚片が付着させ、左手にはグッタリとした生物の首筋にある衣服を掴み引き摺っている。
ニヤニヤと後ろを確認すると鋭い瞳を歪ませて口の周りの血を舐め取る。
小鬼よりも随分と背が高く、上下ともに縫われた着衣を着込んで頭皮からは黒い毛が揃っている。
肌の色も異なっている、その生き物を見て小鬼は涎が溢れ出すのを止められない。
我慢出来ずに手を伸ばそうとして小鬼は同族達の声が聞こえて、手を止める。小鬼は焦ったように急いで住処へと帰路を進める。
強者が弱者を喰らう。油断や侮りが死へと直結する。これがこの世界の日常。
重い雲が太陽を隠して辺りが暗くなる。風が吹き抜けて臭いを追いやっても残った血の跡と彼等の歓喜の鳴き声は消えない。
あるのは血液で描かれた一本のラインを遡れば現れるのは放置された小型拳銃と脱げた片方の靴だけだ。
水粒が染みを作り始める。それらもやがて流されてしまうだろう。
残酷な生活は生物が誕生してから何万年と変わらない生きるための摂理であり生業だ。姿や方法が違うだけで本質は同じなのだから。
雨の勢いは強くなる一方で弱まる様子は無い。
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寒い。
最初に思った感情は其だ。
記憶はある、自分が誰なのかも把握している。しかし欠損も多々、みられる。
思い出せないというよりは覚えていないのか、或いは消されている?もしくはその両方だろう。
でなければ前後の記憶と欠如した現状での説明が付かない。
そこで冷気が少しずつ消えているのに気づいて目が覚め初めて思考も回り始める。
どうやら仰向けに倒れているようだが瞼に映る視界は光に慣れていないためボヤけていて良く見えない。
その内に視界と思考が良好になってきて分かったのは此処が人1人、漸く入る大きさの箱のような物に閉じ込められているという事だった。
手足や体は動かそうと思えば動くが狭すぎて身動きが取り辛く、上手いように出来ない。
冷静な自分と不思議に思っている感情が身体の動きを許さない。
空気の抜ける音と共に目の前を塞いでいたモノが開閉して外に出られる様になる。
まずは上半身を起こして外の様子を確認する。
気分は問題無いが身体はまだ少し震えていたらしく、動作はイメージよりも思ったよりも鈍い。
見える範囲の全ては白を基調とした部屋の中だった。室内の気温は緩やかに暖かい。
ここはどこで何なのか疑問は尽きない。可笑しな話だが、ひとまずそれらの全てを棚上げにしよう。
血流の回復してきた足を動かして箱から出なくては何も出来ないし始まらないだろう。
床に降りてみて分かる。どうやらカプセルの様な形をしていたようだ。
日焼けマシーンや酸素マシーンがイメージに近い。
カプセルから出ると小さなハシゴのような階段を使って床に着く。3・4段しかない、そこには丁度、白いスリッパが左右揃って置かれてあった。
ふと自分の衣服に注意を向ける。どうやら着ているのは病院の白い服に似ている物らしい。
動揺で特に不審とは違う、無造作な行動の1つ・生活の中にあるありふれた動作としてスリッパを履いてしまう。
後悔と嘲笑が瞬間的に脳裏を横切っていく。
罠が有ったとしてもスリッパを履くという行為で作動するトラップがあるはずもない。有ったとしても今更、遅すぎる。それも事実だ。
気を紛らわす意味も込めて部屋の中を歩いて見てみるが他には何も無く、これと言って感想も沸かない。強いて言うなら頑丈そうな造りと分かるぐらいだ。引き続き部屋の中に何かないか見渡していると突然、上から声が聞こえてくる。
『おはようございます。
初めまして。わたくしは貴方の身の回りの御世話から多岐のサポートをさせて頂きます。N.O.A.Nを管理・維持のための人工知能でございます。』
上から聞こえてきた音声はどうやらスピーカーからしているようだ。ガイダンスのそれと思っていいだろう。声は男性だが、合成音声であり単調。人が直接喋っているようなモノでもなく紛れもなく人工知能、つまりAIと判断していい。
『お身体に異変は御ざいませんか?
歩いた際の違和感に不調や過度な疲れは感じませんでしょうか?』
反応の有無が無かったため、しなかった此方が悪いのだが、AIが気を利かせたのか、こちらの心配という質問をしてくる。困らせてしまったかな。
「問題ない、
それよりここは何処で何なのかが気になっている。
NOANとは何の名称だ?
君は何を目的に俺の世話を頼まれた?」
おっと質問攻めは、よく無いな。悪いクセだ。
『ここは貴方を安全に保護するシェルターのノアンの中の施設の1つ。
コールド・ルームでございます。
わたくしは貴方の叔母さまに作られた人工知能です。残念ながら製造番号などの呼称もありません』
「なるほど。
納得した、コールドスリープと言う奴か。
急にSFチィックになってきたな。これは驚いた」
あの叔母上なら素直にこの現状は疑う問題ではなくなってしまった。寧ろ別の問題が山積みに浮上してきたくらいだ。
『表情からは読み取れませんでした。コールドスリープの影響でしょうか?』
「よく言われるよ。表情ね、カメラもあるのか。
面白い。っで、だ。次の疑問だがその叔母は俺の母方か?」
『わたくしには与えられていない情報です』
「そうか。
想定内だ、それでこのノアンに他の生存者やコールドスリープ中や、だった者はいるか」
『いえ、わたしの管理しているNOANでの人類は貴方だけとなります。』
「なるほど。件の叔母もいないのか
他に、ここのような場所はあるのか」
少し、いやかなり意外だな。
『わたしには与えられていない情報です』
「オーケー、じゃあ君の役目を全うしてくれ、オペレーションくん
設備の案内と説明へ移行だ、頼むよ!」
『了解しました
ところで貴方の事はなんと御呼びすればよろしいでしょうか?』
「うん?
…………そうだな」
そこで思案する。ここは恐らく、深く考えなくても未来だろう。5年後?10年後?もしかしたら100年後かも知れない。俺が目覚めたのに応対しているのは人工知能だけだ。
直ぐに病院のスタッフや知人ないしは家族が入ってくるというような気配もない。
AIの口ぶりと確認の結果、地下や山の中のような安全な場所に作られただろう事が伺える。
人間は滅んだ、その考えの元に行動していこうか。
違っていたり、隣の部屋で俺をモニタリングしていてドッキリだったなんて事を往々にして有り得る。
が、しかしだ。この窓1つ無い、少量の家具だけにまとめられた白や銀を基調とした器具。名付けるのなら答えは簡単だ。
「本名は勿論、登録されているんだろう?
それは却下だ。 《"シュバルツ"》 にする、今後はそう呼んだらいい」
『シュバルツですか?理由を聞いても?』
「ふん、周りは白一色だ
だから黒色を名乗ってみたくなった。それだけの事だ」
『それはまた天の邪鬼でございますね』
「よく言われるよ。俺としては "気まぐれ" とか "気分屋" って言ってくれた方が性格が悪化しなかったと捻くれているがな」
言いながら電子音が鳴る自動ドアを出る。
部屋の前には非常灯が点いて赤く照らされている。通路はまるで宇宙船のようになっている。
左右に広がる道を見てAIに聞く。
「右と左、設備の説明を。」
『このフロアは居住区になっているので右側は生活空間。左側は食料等の保管庫となっております』
なら、ひとまず左側に舵を取りながら雑談という名の情報収集を開始する。
「お前は此処を任されて何年になる?」
『わたしは設備の稼働エネルギーの節電や自己プログラムのアップデートの理由からセーブモードを活用を周期的に繰り返したためフルオートを余儀なくされてしまい正確な年月日のデータはありませんが少なくとも200年以上にはなるかと思われます』
「ほーん。
お手伝いロボットが通路をせっせと移動しているのは、その名残や効率の結果かな」
二足歩行ではなくタイヤ・キャスターが付いたタイプの移動方法にアームと籠のあるロボットが荷物を運んでいたり、俺に上着を渡してくる。
『深い理由はありませんよ。それぞれが自律意思の元に与えられた任務を遂行しているだけです。』
「AIも大変だな」
数分歩いて到着したのはフート棟のB-Ⅳ室まえ。
入ると直ぐに壁1面と天井まである棚が等間隔で並べられてパッケージされて整頓してある。
「倉庫だな。食べていいか?
腹は空いているのを今実感しだしたよ」
『これ等はシュバルツ様のために保管され、製造している物でございます。
ご自由にどうぞ』
手前の棚の手の届く普通の高さから無造作にフランスパンと書かれたゲージを引いて中なら1つを取る。
袋を破いて上の部分だけを露出させると口に運ぶ。
「硬いな。
しかし、これだけの備蓄があれば餓死せずに住みそうだ」
二口目を噛み千切る。水分が欲しくなってくる。
『それはフラグですか?』
「いやジンクスだ。こう言っておけば遠からず本当に現実に起きるだろうし、起きなくても注意出来る。
扉の前を通り過ぎたり、日常生活で取りに来れば思い出すから余計に気を付けるようになる。関連記憶と言う奴だ!
安心仕切っていたりする時に人間は注意力が散漫になる」
『貴方はやはり天の邪鬼ですね』
「どうした。この遣り取り、気に入ったのか?」
『そのようです』
「次は反対側を見てみるか」
作業用ロボットがストックを新しく持ってきたようで俺とすれ違う。会釈をしようとするので必要無いとジェスチャーで示しつつ、ここから出る。部屋の外で待機していた別のロボットからペットボトルに入っている水を受け取る。キャップを開ける際に新品の証の固さと音を聞きながら喉を潤して残りのフランスパンを食べる。
移動から一分もしないうちに施設全体、つまり通路が上下する。
『揺れを感知しました』
「言われなくても、こっちも感知したよ」
縦揺れは徐々に大きくなって来ているのが分かる。
『敵性反応が近づいています。地震はその移動が原因のようです』
「おっ!
案外早かったな、モニターのある部屋に案内しろ」
『的中されて何よりでこざいます。用意は既に完了しております。迎撃しますか?』
「そうだな。おい、走って大丈夫か?」
『いえ、バイタルや精密検査をしていません
不測の事態等が考えられるため御辞め下さい』
「なら移動しながら外部状況の確認方法を案げろ」
『ではこのゴーグルデバイスはどうでしょう?』
鉄色の壁の蓋が一部、開くと細長い機械のアームが掴んでいるゴーグルを差し出してくる。それを受け取って頭に装着する。半透明の軽いゴーグルのレンズ部分は真っ黒で何も見えないが少しするとクリアになり画面を表示しだす。
そこに映っているのは地中を移動している、巨大なモグラらしき生物だった。
情報の補足として、大きさ等が算出されている
これは安易、幼稚に形容・述べるなら怪獣や化物だな。
あり得ない。一世紀や二世紀じゃ利かないレベルの進化が進んだとかの次元ではない。漫画、映画の世界の代物を遊び半分に真似でもして失敗して文明が崩壊してると言われても信じるぞ??
「AI、このゴーグルには脳波のチェック機能は付いてるのか?
それとも俺の体内にチップでも埋め込んでいるのか?
インプラントは嫌いだ、摘出手術を手配していいぞ」
『センサーでしかシュバルツ様の容態確認しかしておりません。ご安心下さい』
バカな事を考えたあとに、ちょっと気になったので聞いてみたが杞憂だったようだ。
『どうなさいましたか?不備がありましたでしょうか』
「いいや、ちょっとした俺なりのアポカリプスジョークだ。気分も乗ってきた所であの生物、怪獣の排除に掛かろうか」
『かしこまりました』
「敵の死体を手に入れたい。調べたいからな、出来る範囲で外傷を少なくするぞ!
砲撃開始だ」
それにしても、よくこんなのが居て此処は無事だったな。もしかしたら俺が目覚めたのと何か関係があるのかも知れないな。
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あれから2年が過ぎた。もう数ヶ月で年が明ける。
俺は二十歳になるだろう。
この2年の間、外界への調査の結果で分かったのはとんでもない事の連続だった。
ミュータントに勇者や悪魔とモンスター・怪獣が我が物顔で歩く世界。魔法や不思議な力が溢れたために謎の進化をした生き物は超常の存在になっていたからだ。
最初の頃の俺は最悪、人類は滅んだのかとも思えたが、どうやら違っていた。出会うのは何時もモンスターばかりだったが地上の捜索エリアを広げる内に、ちらほらと死体や浮浪者、難民を見掛けるようになった。身体能力でさえ劣っている事、信用性の問題で俺は依然と1人での生活が続いていた。
そんな状況が一変したのは最近のこと。
ほんのを気まぐれに助けたからなのは明白なのだが理由を付けるのならば、この世界で孤独に生き抜くには3年という月日は長すぎた。
独り言を増長させ、毎日顔を合わせるのは化物か機械のみ、の自分以外の人間はいない。
人との温もりや会話に飢えていたんだろ。むしろ人として当然の傾向や摂理・回帰と言える。自嘲気味に我ながらに思う。
彼女は所謂、ミュータントと呼ばれるハイブリットの新人類だ。
部分的な蜥蜴・爬虫類の肌や爪としっぽを持ち、人の言葉を喋る。違うのは寒さ、そして朝なんかに弱いという事だ。
今も俺の布団を占領して眠っている。
「「生き物1人とは妾の存在を無いモノとして扱っておらんか?」」
そうそう、こいつもいたな。
ヴァイスだ、簡潔に見た目を例えるなら白い毛玉の猫だ。
未来の世界の魔力等というテクノロジーの殆んどに適合、出来なかった俺だか一部の霊的現象は高位的に適応したようだった。
なんでも元からこの世界に古くから存在していた太古の生物が現代では共に共存しているとかなんとか。その恩恵の正体が、このヴァイスだ。
人間の魂が守護霊として顕現した姿らしい。俺は未だに非科学的なモノは信じていないのだが実際に存在して触れることが出来ている現象が起こっているので納得せざるおえない状況なのは確かだ。
何よりも、偉そうで我が儘なのは俺に似ているからだと言われた事があるのだが今、思い出しても腹立たしい。
「「何を言っておるんじゃ?お主の霊なのだから似通うのは当然じゃろ?」」
「はぁ~。言ってないだろ、思ったんだよ」
「「一緒のことじゃ!!」」
全く、こいつやリザの相手をしていると疲れる。
特にヴァイスが現れてからは疲れが増した傾向な気さえする。
「B.L.A.C.K.【ブラック】、サイダーを頼む」
『おはようございます。シュバルツ様、朝食はいつもと同じコースでよいでしょうか』
「あぁ問題ない。
今日はラボで用事があるから、そこに運んでくれ」
コップに満たされた炭酸を楽しみながら答える。
「「妾は今日は肉の気分じゃ、人工肉ではなく昨日討伐したモンスター肉を所望するぞ」」
『かしこまりましたヴァイス様』
まったく。
この女は、どうでもいい事だけは覚えている。
「B.L.A.C.K.そのモンスターのっ」
「「妾のじゃぞ!!」」
ヴァイスが阻止するように俺に飛び乗ってくるのでサイダーが零れてしまう。
「違う違う、素材で新しい武器を造るから角や鱗をラボに用意するように言おうとしただけだ」
「「なんじゃ、そうならそうと言えばよいものを」」
最後まで聞かずに飛び掛かって来たのは何処のローアだよ。
「う、ううん?」
身体を動かして掛け布団を除けると眩しい瞼を擦りながら起き上がる。
「起こしちゃったかリザ?
朝食はどこで食べる?」
「バァンとッ!!」
腹を鳴らしながら右手を伸ばして答えるとヴァイスを持ち上げて俺に連いて来ようとする。
見た目は15~16才だが、それに反して他は幼い。
赤子や幼稚園を相手にしているのと等しい。
須く、は俺に懐き従順になってくれた事に安堵している。
「分かった。じゃあ今日は狩りに行かずに仕事の後に遊んでやるから大人しくしてるんだぞ?」
俺の服を掴んで放さず、コップに残っているサイダーを飲もうとしている。
最初は床にぶち撒けた方を飲もうとしてヴァイスに止められて拗ねた態度になるが同じ匂いを俺が持っているコップから嗅ぎ取ったからか口だけを使って飲もうとしている。
「ほら、横着するな。渡してやるから両手でしっかり持って飲め!」
何だか子育てしてるみたいだ。
「「では妾が一番の姉かの?」」
「お前はリザと対して変わらないだろ?」
「「ムキーーーー!姉に向かってなんて口の聞き方じゃーーー!!」」
「俺の姉だったのか?
ふん、相変わらず俺に似ない煩ささだぞ!」
揶揄うようにヴァイスを抱き抱えて言う俺達の会話にリザが笑う。
未来での俺の……俺達の生活はこの先も慌ただしく、そして賑やかに続いて行く事だろう。
((約束と違うの!今日はレイと遊ぶ約束ぅーーーー!!))
2022年12/31、ちょっと加筆・修正しました。