今もキーウにいる君へ贈る手紙――
「戦争がはじまるぞ」
叔父さんがそう言った時は誰も相手にはしなかったよ。僕もそんなことがあるなんて思ってもみなかった。学校の成績が最近悪くて、今日もママにまたひどく怒られるのかな? という事ばかり気にしていたよ。
そんな毎日のなかでオデーサから転校して来た君とお喋りしたひと時が何より楽しくて。本当に楽しくて。嫌なことも頑張ろうって思えた。
君とは色んな事で気が合ったね。好きなサッカー選手もいっしょの子なんて、僕は生まれて初めてだったよ。女の子ではね。
これからも隣の席でもっといっぱい喋っていっぱい楽しい毎日が過ごせる気がした。
そんな気がしていた。ウキウキしていた。
でも2月24日、悪夢が始まった――
悪魔が放つ大砲は日に日に僕らの街を脅かしていった――
僕らの国の大統領は悪魔と戦うとテレビで話していた――
正直、僕もママも怖くなった。
パパは国とともに戦うと僕たちに話した。そして僕たちに国を離れるようにと言ってきた。僕は半分街に残りたかったけど、半分は逃げたかった。
恐くてさ。自分が死んでしまう事も。家族や友達が死んでしまうことも。
そして別れの日は突然やってきた。
僕とママは大急ぎでリュックに荷物をまとめた。最後に君や友達、近所や学校なんかでお世話になった先生に挨拶したかったけど、それも出来ずじまい。
半分ぐらいは逃げたかったけどさ、やっぱり半分以上は残りたかった。
君がキーウにいるのが心残りで。
君と「僕たちの国が戦争するかもしれない」って話をした時に「そうなっても、私たち家族は国を離れない。街を離れない」と君は真っすぐな瞳で話していた。だから、きっと今も君はキーウにいるのだと思っている。そんな君からしたら、僕のような男は情けない男だろう。自分でもそう思うよ。
気がつけば僕たちはポーランドにやってきた。ここにくるまでギュウギュウな人混みのなかを歩き続けた。ママと僕の2人で。でも僕たちのような人達は沢山いた。数え切れないぐらいに。
ポーランドにやってきて、ママは新しい言語を勉強している。僕もそれに付き合わされているよ。仕事の宛てはまだない。学校の宛てもまだない。
あれだけ嫌だった学校の勉強もできなくなって、今は寂しく感じる。
パパとは数日前まで連絡が取り敢えていたけども、そこからまったく通じなくなってしまった。
でも僕は信じているよ。パパも君もきっと元気でいるって。
だけど僕がこんなにも君のことを想っていること、ううん、君っていう存在が僕の毎日のなかで彩ってくれていたこと。実はママには内緒のまま。
そんな僕が国境の街に来たとき、外国のマスコミの人? アジアの人かな? 僕にインタビューをしてきて。
その時に話したよ。
すごく仲良くしていた女の子がいたけども、そんな彼女をキーウに残したのが心残りだって。
全部話すと泣いてしまった。泣いちゃったよ。
こんなにも悲しくてやりきれない事があるなんて。
僕はアイツらが大嫌いだ。でも戦争はもっと大嫌いだ。
それでも僕たちの国に平和が訪れたとき、そのときに僕から君へ直接話そうと思うのさ。
君が大好きだって――
そんなことを書いた手紙を紙ヒコーキにして海の先に飛ばしてみせた。
この手紙は海の底へ沈んでしまってもいい。それでも僕の想いは沈まない。
君とまた楽しくお喋りできる事を信じる。またね。アミラ。
ウクライナに平和を。世界に平和を。
アンドリー・コヴァリューク
∀・)読了ありがとうございました!駆けつけになりましたが、香月よう子さま主催「春にはじまる恋物語」の参加作品でございます。そして本年僕が主催する「なろう恋フェス」の参加作品にもしていきたいと思っております。
えっと……人によっては不快な気持ちにさせるかもしれないですし、このテーマで書いていいものか不安がないワケではございません。しかしあらすじにも表記しました、ある報道番組で取り上げられたウクライナ難民の少年のインタビューを受ける姿をみて本作の製作に及んだのが僕の本心です。政治の世界というものは簡単な綺麗ごとで済まされるものではございません。しかし誰しもが平和な世界で素敵な恋におちる権利があることを僕は信じているし、願っております。いでっち51号でした。