38.告白
いつも読んでいただきありがとうございます!
この物語がみなさんの気分転換になりますように……。
耳を両手で覆っても声が消えない。
ごめんなさい。
私が余計なことをしなかったら、あの国は亡ばなかった。
お師匠様は結びの魔法使いを追放されなかった。
「……リタは悪くありません。ラジーファーはすでに内戦で傾きかけていました。周辺の国は彼らが自滅するのをずっと待っていたのです」
殿下の声が降ってくる。影から聞こえてくる声よりも明瞭で、胸の中にじんわりとした温かさが広がってくる。
すると、影と声が全て消えた。暗闇に、私ひとりだけが残される。
「……お師匠様はあなたを責めていないはずですよ。あなたを守るピアスを贈ったのですから。だからあなたが負い目を感じる必要はありません」
また殿下の声が聞こえてくる。
「ぜんぶ自分のせいにしなくていいのです。みんな、最後は自分の意思で決めているのですから」
瞼を開ける。
私はいつの間にか眠っていた。
半覚醒ながらも何か温かいものに包まれているのが分かった。温かくて安心する。もう少しこのままで居たい。
そう思いつつもまどろむ自分を律して視線を巡らし、温かさの正体を知った。
殿下だ。
殿下に抱きしめられていた。頭を動かし見上げると、視線が合わさった。
蒼い瞳に見つめられた途端に心臓が跳ねる。慌てて彼から離れた。
「急に拒絶されると傷つきますね」
「拒絶では……ないです」
穏やかな声。
なんだかいつもの殿下に戻ったような気がした。私が眠ってしまった間に、何かあったのだろうか?
殿下がぽつぽつと、これまでのことを教えてくださった。
私のピアスに魔法がかけられており、殿下が外したことにより魔法が解けて私に記憶が戻ったのだという。
彼はピアスを外してしまったことを謝罪した。
そしてもう一度、ラジーファーとお師匠様のことで自分を責めてはいけないと言って聞かせてくれた。
殿下の大きな手が両手を包み込むと、不思議と心が落ち着いてきた。
「リタ、私はあなたとこの先もずっと一緒にいたい。でも、大切なあなたの夢を奪いたくない。だから最後に気持ちを聞かせてください。そうすれば、私は諦めてあなたの紹介する者を伴侶としましょう」
口にされたのは思いもよらない提案だった。
ズキンと胸が痛んだが、私は頷いた。
以前の私であれば素直に喜べた言葉。
自分の気持ちを知ってしまった今となっては、苦しくなる。でも、これが私たちの運命なのだ。
「今だけ結びの魔法使いではなく、リタ・ブルームとして私を見てください」
「……はい」
リタ・ブルームとしての気持ち。
言い訳も隠すこともできない想いだ。
今、ちゃんと殿下に伝えて私もこの気持ちに区切りをつけよう。
改めて殿下の御顔を見る。
おとぎ話に出てくる王子様の鑑のような御方。穏やかで優しい微笑みを浮かべられるけど、意地悪なことをしてくることもある。
「リタの目に私はどう映っているのですか?」
「……殿下はとても素敵なお方です。そんな殿下を密かに想っていました。殿下がくださった白い薔薇の花に意味を見出そうとしている自分がいました」
想っていました。
そう口にすると、殿下の手がわずかに動いた。
乙女候補を探すために彼の調査を進めていくうちに、幼い頃から政務をこなしたり、ひたむきに国民に目を向ける彼に尊敬の念を抱いていった。
知れば知るほど惹かれていった。
抱いていた憧れは、尊敬に隠した。
「リタ、この先もずっと、私の心はあなたのものです。たとえ繁栄の魔法のためにこの気持ちを消したとしても」
それは私も同じです。
離れていても、この先ずっとあなたの幸せを願っている。
ただ、最後にちょっとだけ我儘を叶えさせて欲しい。
結びの魔法使いを統べる大いなる力よ、いま一瞬だけは、許してください。この気持ちにきちんと別れを告げるので、今だけは見逃して欲しいのです。
殿下の背中に腕を回す。応えるように抱きしめてくれる。
背中をそっと撫でると優しく髪を梳いて耳にかけてくれた。くすぐったいがもっと触れて欲しいと思ってしまう。
「よしよし、マクシミリアンの悲しい気持ちはお空の果てまで飛んでいけー!」
「リタ……あなたにひどいことをした私におまじないをかけてくれるのですね」
見上げれば殿下の泣きそうな顔がある。
この大切な人に精一杯の愛を贈りたい。今だけは裏方を辞めることを許してください。
私はこの人にかけられた悲しい魔法を解いてあげたい。おとぎ話に出てくるヒロインのように。
背伸びして彼の頬に口づけした。
夜の空気に晒されてひんやりとした頬。彼の髪がさらりと顔に当たってドキドキする。
「今、あなたにかかった孤独の魔法を解きました。これからは大切にしてくれる人に囲まれて、幸せになっていくんです。だから泣かないでください」
殿下は柔らかな微笑みを浮かべられた。
その表情に安堵して私もつられて頬が緩む。
「ありがとうございます……私もあなたにかけられた魔法を解きましょう。お師匠様とラジーファーの過去に囚われる魔法からあなたを自由にしたい」
あっという間に距離を詰められ唇が触れ合う。
初めて知る感覚。
驚きのあまり固まっていると目の前の瞼が開いて蒼い双眸が私を捕らえる。
クスリと笑う声が聞こえると、それは離れていった。
一瞬だが、彼の中にオスカーが垣間見えた気がした。
「で、殿下……?!」
「生憎ですが私は王子である以前にあなたを狙う悪者なのです。何も奪わずに大人しく去るなんてできません」
再び殿下の顔が近づいてきて、コツンと額同士をぶつけられた。
これまでで一番近い距離にいる彼。
この熱も、
触れるこの感覚も、
微かに衣服から香る匂いも、
私は忘れることがないだろう。
甘くて苦い気持ちが胸の中をぐるぐると渦巻く。
苦しいけれど、このまま時が止まってくれたらいいのにと思う。
「リタ……あなたの夢を叶えるための一端を担わせてください。私が一番最初の実績になって、あなたを真の結びの魔法使いにしたい」
初仕事で出会った王子様。
この先も隣にいてあなたを幸せにしたかった。
あなたは私の大切な人。
どうかあなたが孤独から解き放たれるように、幸せな未来を歩めるように力にならせてください。
さようなら、私の愛した王子様。
彼から離れようとした時、足元に文様が現れた。
文様から光がほとばしり、私たちの居る場所から瞬く間に部屋中に広がってゆく。
あっという間に、見渡す限り一面に月蒼花の幻影が現れて蕾が開いた。
その花は窓の外にも広がっている。
繁栄の魔法だ。
どうして?!
私はまだ新しい乙女候補を見つけられていないのに……。
殿下は誰と結ばれたの?
「……ま、まさかさっきの気持ちが月蒼花に届いてしまったの……?!」
「なるほど、私とリタの心が通い合って繁栄の魔法が発動したと解釈していいんですよね?」
「い、いえ……違うんです殿下。これは何か誤発動したのかと……」
一体全体、何が起こっているの?
私と殿下の胸に光が灯る。
それらは身体から離れるとくっついて1つの光りとなり、眩い光を放った。光が消えると、月蒼花の幻影たちが金色に光る粒子を放出している。
辺り一面に金色に光る粒子が舞う。
窓の外も同じで、金色の光りが雪のように漂っている。
「リタ、こんなにも美しい魔法を前にして誤魔化すことなんてできませんよ。それにプロフェッショナルが顧客に隠し事をするのは良くないと思うのですが?」
耳元で囁く優しく咎める声が動揺を煽ってくる。
誤魔化しているわけでも隠しているわけでもない。
この事態に困惑している。
プロフェッショナル精神でどうにか乗り越えたいものだが、こんなにも前例のない事態、どうすればいいの?
それに、状況を整理したいのだけど殿下の距離が近くてたじたじになってしまう。
この繁栄の魔法について説明を求めてくる殿下が腕に力を込めていて離れさせてくれない。
低く甘さを含んだ声が矢継ぎ早に降ってくる。
殿下、なんだか楽しんでいらしているように見えるのですが気のせいでしょうか?
ひとまず質問を止めて落ち着かせてください。
私、どうしたらいいか本当にわからなくて……この状況を誰かに相談しないと……知られていない前例があるかもしれないし。
対処を……対処をしなければならないわ。
「あ、あの、殿下これは……そのっ……」
「紛れもなく私への気持ちが繁栄の魔法に伝わったんですよね? リタはこんなにも私のことを想ってくれているとは……幸せです」
「で、殿下……状況を把握したいので少しお時間をください……!」
「リタの気持ちを聞くのにもう十分待ちました」
結びの魔法使いと王太子が結ばれた?
こんなことってあるの?
どうしよう。
こんな事態、まったく予想していなかった。
どうしたらいい?
殿下が顎を掴んでくる。熱っぽい視線に中てられてしまい言葉が上手く出てこない。
また唇が触れそうになったその時、何者かが間に割ってきて殿下を止めた。
「なるほどねぇ、諦めるから最後に気持ちを聞かせて欲しいと持ちかけてリタの本心を引き出す作戦でしたか……まさか繁栄の魔法が発動する可能性に賭けていたとはねぇ……」
「お師匠様?!」
「ランドルフ、子どもが見たら泣いてしまうような顔をしていますよ」
「ルルノア様、今は私が泣きたい気持ちでいっぱいなのですが」
いきなり現れた人物に、自分の目を疑った。
会いたくて仕方のなかった人。
お師匠様にルルノア様。
お師匠様は最後にお会いした時と変わらない姿で目の前に立っている。
「ティメアウスの王太子よ。あなたという御方は本っっっっっっっっっ当にそのお腹に何を抱えているのかわからないですねぇ」
しかしなにやら大層怒っている。
こんなにもお怒りになっている姿を見たことない。
声を荒げることなんてそうそうなかったお師匠様だ。
彼の後ろでは、王宮内にも関わらず転移魔法で見知った人たちが次々と現れ始めた。
一体何が起こっているの?
どうしてお師匠様は怒っているの?
しかも殿下とお師匠様が睨みあっている。
なぜに?!




