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21.アレクシス殿下

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回はあのお方のお出ましです。

 小鳥のさえずりが聞こえてきて、目を覚ました。

 うっすらと明るい室内。朝日がカーテンに光を灯している。


 眠気まなこをこすって着替え、机の上を片付ける。昨晩も殿下へのお手紙に苦戦した。未だにどのようなことを書いたらいいのかわからず悩んでしまったのだ。


 何度か書き直した結果、アーレンス病院に行って薬屋の仕事をしたときのことを書いた。先生のお話によると、今年は皮膚がかぶれて来院する患者が多いらしい。


 恐らくだが、森に生息するルシウの木が近年あまり伐採されていないのが原因だろう。昔は家を建てるのによく使われていた木だが、最近は外国から輸入されたギリスという木が台頭したため需要が減ったと聞く。そちらの方が長持ちするらしい。

 伐採されていないルシウの木たちが一斉に胞子を放っているのが王都に届いているのかもしれない。その胞子は微量であれば問題ないのだが、一定量を超えて吸い込んでしまうと皮膚が弱い人はかぶれてしまう。


 他国でも急にかぶれに悩む人が増えるとルシウの木が原因だったことがある。定期的な伐採と風魔法による胞子の軌道変更を提案して手紙を書き終えた。


 毎晩、手紙の内容が決まらず頭を抱えている。

 今日は何か良い話の種が見つかりますように。できれば、当たり障りのない話題で。



 ◇



 本日は図書館で哲学の授業だ。

 教えるといっても、入門の範囲で留めている。ひとまず今は興味を持ってもらうことが大切だと判断したためだ。


「お妃様はみなこんな難しいものを小さい頃から勉強されているんですね。私なん……いえ、私にもできますでしょうか?」

「難解な思想を始めから理解していたわけではありません。先生方から詳細を教えていただいてご自分の知識にしていくんですよ」


 私の場合、お母様やお師匠様が先生だった。


 学び始めは頭がこんがらがりそうだった。新しい本を見ては顔を引きつらせていると、頭が知識を受け止められるよう心をリラックスさせてあげなさいとよく言われたものだ。


「できるできないじゃなくて、どんな世界が見られるんだろうってワクワクしてみると良いかもしれません」


 これはお師匠様からの受け売りの言葉だ。


 お師匠様は、私が上手く要約できると大げさとも言えるくらいいっぱい褒めてくれた。あの夜空のような紫色の瞳を細めて見てくれるのが嬉しかった。

 静かに話す落ち着いた声も、撫でてくれる優しい手も、恋しくなる。今はどこにいるかわからないけど、いつかまた巡り会えることを信じている。


 ダメだダメだ、仕事中だから気持ちを切り替えないと。

 

 私は著者の簡単な説明や内容の要約を伝えていった。身近なことにその考えが使われているとわかると、クラッセンさんは翡翠色の瞳を輝かせて感嘆の声を漏らす。


 ブラントミュラー卿は座って私たちのやり取りを見守っていたのだが、突然、すっと席を立った。

 それに気づいて辺りを見ると、私たち以外の来館者が続々と外に出ていく。あっという間に、周りに誰も居なくなってしまった。

 

 この既視感、何かが起こるとプロフェッショナルの本能が伝えてくる。


 すると、図書館の扉が開いて見知った人物が入ってきた。予想だにしない登場に二度見してしまう。


「わぁ~! ブルームさん久しぶり~!」


 人懐っこい微笑みを浮かべ話しかけてくる青年。少しクセのある黒色の髪に、ぱっちりとした蒼い瞳。


 ……なぜこのお方が平民の服を召されているのでしょうか?


 彼の登場に、ブラントミュラー卿がいつも以上に感情を殺した無表情になっていらっしゃる。本当の無ですわ。無。


 きっと彼の登場を予想できていなかったのだろう。


 紛れもなく、目の前にいらっしゃるこのお方はご兄弟だ。

 この突拍子もない行動、紛れもなく、マクシミリアン殿下の弟君だわ。


 アレクシス・バルヒェット・ティメアウス王子殿下。


 正直、以前お会いしたときは物静かな印象を受けたし、先日ブラントミュラー卿からお話を聞いた限りだと今もなお気を落とされているものだと思っていた。

 そのため、こんなのにもにこやかで明るい調子で話されると印象の差に面食らってしまう。


 立ち上がって挨拶をしようとしたら止められた。一体全体、どうされたのだろうか。


「アレクシスでん……」

「アレクって呼んでくれないの?」


 呼べるわけがない。

 そしてこれまでも呼んだためしがない。


 そう言われても、こんな公衆の面前で略称呼びができるはずがない。いや、2人きりであったとしてもこのやんごとなきお方の名前を軽々しく口にするなんて不敬罪だ。


 私は周りに居る変装した護衛騎士(観客)たちに助けを求める。彼らは一斉に目を伏せて、「何も聞いていません」といった様子だ。


 殿下がそう仰るのなら礼儀云々ではなく殿下の意に沿いなさいということなのだろうか……。

 

 ”暗黙の了解”に”見て見ぬフリ”。

 またなのですか。どうやらこれが常套手段のようですね。

 これがあなたたちのやり方なのね、ティメアウス近衛騎士団。


「ア……アレク、どうされたのですか?」

「リタさんに伝えたいことがあってきたんだ~」


 アレクシス殿下が指示を出すと、ブラントミュラー卿を含めた護衛騎士たちが部屋の外へと出ていく。クラッセンさんいはブラントミュラー卿がついているが、彼女が状況を呑み込めずキョトンとしているのが目に入ると不安になる。


「あの娘のことが心配? 彼らは母上さんたちの息がかかっていない騎士だから大丈夫だよ」

「……」


 伝えたいこと

 母上

 息がかかっていない騎士


 プロフェッショナルの勘がアレクシス殿下のお言葉から嫌な予感を拾い上げていく。これから何か、よくないことを告げられる気がしてならない。


「いい? 今日はこのままルートヴィヒに送ってもらってヴァルター公爵邸へ行って。まる1日は公爵邸の外に出ちゃだめだよ?」

「どういうことなのです?」

「ブルームさんが住んでいる区域に虫が寄り始めたから駆除しなきゃいけないんだ」

「む、虫?!」

「物の例えだよ。母上の周りが厄介なことをしているようだ」


 漆黒の前髪の間から覗く蒼い瞳がこちらを見据えている。先ほどまでの笑顔とは打って変わり、見る者を圧倒するような力強い眼差し。その気迫に息を飲んだ。


 アレクシス殿下が仰るには、その主犯格はヴァルター公爵家と敵対する派閥、グヴィナー侯爵家派の貴族。つまり、アレクシス殿下のお母様のお家と親しい貴族らしい。


 結び(ネクトーラ)の魔法使いを知る数少ない王族関係者が、繁栄の魔法を発動させないよう妨害を企てているようだ。


 彼らは繁栄の魔法が発動しなければマクシミリアン殿下は王太子にふさわしくないと主張できると考えているらしい。

 なんとも稚拙で身勝手な計画だ。結び(ネクトーラ)の魔法使いの魔法を逆手に取ろうとされたことにも憤りを感じる。

 

「リタ・ブルーム。僕があなたを守るから、どうか()()()()()()()()()()()

結び(ネクトーラ)の魔法使いの名において、必ず」

 

 助けるのではない、救う。

 ブラントミュラー卿にお聞きした殿下たちのお話が思い出される。


 アレクシス殿下はマクシミリアン殿下との未来のために戦われている。実のお母様や、その近しい貴族と。本来であれば彼らの考えを受け入れた方がアレクシス殿下は今後苦労しないかもしれない。理由はいかようであれ、守ってくれるだろう。


 それに、オリーヴィア王妃殿下はアレクシス殿下のためを思ってなされている。


「アレクシスでん……」

()()()だよ~?」


 笑顔で圧をおかけになる。どうしてそのように呼び方にこだわられるのでしょうか。

 そして貫き通そうとされるこの芯の強さ、やはりマクシミリアン殿下のご兄弟……。


「どうしてアレクがそこまでされるのですか?」

「ティメアウスの繁栄のために最善の選択をしたまでだよ。ただでさえ先王が領土を広げすぎたから維持するのが大変なのに、身内で足の引っ張り合いをしている内に他国に攻め込まれたら滅んでしまうでしょ?」


 反論はできない。


 そうなった国を見たことがある。忘れたくも忘れることを許されない記憶。

 

 薔薇の花のピアスに触れた。

 胸の中に沸き起こる感情を抑えたかった。

 

 お客様(アレクシス殿下)の前で動揺するわけにはいかない。


「それに、また兄上と話したいんだ。政治のことじゃなくて、何気ないことをね、当たり前のように話したいよ」


 寂しそうな微笑みをお向けになってそう話される殿下のことを、お手紙でマクシミリアン殿下にお伝えできたらどれほどよいだろうか。


 今はまだできない。でもいつかきっと2人が同じ場所に立って笑い合える日が来るよう、私は結び(ネクトーラ)の魔法使いとしての職務を全うしよう。



 訪れた国の人々を結び王国に繁栄を呼び込む。

 大いなる力の使者として。

またもやブラントミュラー卿に連れられて図書館から出ることになったフローラ。

変装した護衛騎士団たちの平民服がどこで売られていたものか興味津々です。しかし機密事項に当たるため誰も教えてくれませんでした。

しゅんとして諦めるフローラが可哀想になり、ブラントミュラー卿は普段利用している仕立て屋の話を彼女にするのでした。

彼はだんだんフローラの扱い方を得てきたようです。

お客様に合わせて事前に話題を用意してくる心構え、まさにプロフェッショナルだ、と後にリタは称賛するのでした。

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