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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
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苦痛

 アマネとの晩酌という想定外のイベントはあったが、本日も胡蝶は無事開店。


 店が開くと同時に、予約客が雪崩れ込んでくる。普段ならそれを捌くのは俺の仕事だが、今日はアマネに捕まっていたので、嬢達がそれぞれ分担して何とかしてくれたようだ。


「ユリさん、すいません。私の仕事なのに。」


 待合室で客の対応をしていた嬢の1人であるユリに礼を言う。


「いえ、ハルさんにはいつもよくして頂いているので、偶にはお手伝いさせてください。私のお客様は到着が遅れていますので大丈夫です。それに他の子達も嫌な顔一つせず手伝ってくれてましたよ?」


 なんともありがたい話だ。


「ありがとうございます。でも今からは私がやりますので、ユリさんはお客様の到着までゆっくりしていてください。」

「はい、ではお言葉に甘えてそうさせて頂きますね。」


 客の到着が遅れているとはいえ、仕事前の嬢を疲れさすわけにはいかない。待合室の仕事は意外に多い。


 まあ多くしたのは俺なのだが。


 これも胡蝶を高級娼館として根付かせる為の戦略。当初俺が働き始めた時は無秩序に入ってきた客を嬢がそれぞれ接客するという方式だった。勿論その方法が駄目なわけではない。だが特別感は一切ない。


 そこでまず値上げと同時に予約制を導入。するとアマネの知名度もあり、自然と胡蝶は予約で埋まるようになり、一見さんは来なくなる。来ても断った。予約客しかいなくなったことで、来店の時間が予測出来るようになる。そして客の来店が予測が出来るようになった事で、色々と出来るサービスが増える。


 まず来店の時間を少しずつずらし、1人1人の対応を丁寧にする。来店したら待合室に案内、飲み物などのサービスを提供。少し待合室で休憩して貰った後、俺が「嬢の準備が出来ました」と部屋へ案内する。客が部屋に入ると、うちの最高の嬢が三つ指をついてお出迎えするというわけだ。


 これが想像以上に反響を呼び、今ではどこの娼館もこの手法を使っているらしい。なんでも待合室で待たされると緊張感が高まり、いざ部屋に入る時のドキドキ感がたまらないのだとか。正直その感覚はよくわからないが、客に喜んで貰えているのなら導入した甲斐があった。俺はただただ接客を丁寧に出来ればと思い始めた事だが、思いもよらぬ副産物があったらしい。


「お客様、お待たせしました。ユリさんの準備が出来ましたのでご案内させて頂きます。」 


 そんな事を思い出しながら、せっせといつもの業務をこなす。開店して2時間くらいは、予約客が途切れる事なく来店するので大忙しだ。






「今のユリさんの客で終わりか・・・。」


 軽く伸びをして、しばし小休止する。


 最後の予約客を案内したのであとは待機時間だ。街一の高級娼館なのに開始2時間でもう予約客が終わりなのかと思われがちだが、うちの客は金持ちだ。全員が惜しみなく大金を叩いて嬢を一晩丸ごと買う。数時間だけ買うという中途半端な客はうちには来ない。勿論数時間だけ買う事も可能だ。だが男なんてのは独占欲の塊。どの客も、せっかく最高の嬢を買うなら一晩全て独占したいという思いがあるらしい。


「さて・・・トラブルがなければ楽なんだが。」


 とはいってもトラブルが起きない日なんてない。トラブルが起きるのが娼館の日常のようなものだ。宿命といってもいいだろう。


「でも暇なのもなぁ・・・まぁ適当に掃除でもするか。」


 正直この空白の時間が一番の苦痛だ。トラブルが起こってその対応をしてる方がまだまし。何故ならどれだけ気を紛らせる為に仕事をしていても、あちらこちらの部屋から漏れてくる嬢達の艶めかしい吐息が嫌でも耳に入ってくるからだ。


 「・・・ア・・・ンッ・・・」


 それは今夜も例外ではない。


 これがあるからこの時間が嫌いなのだ。仕事だから仕方ないと言えば仕方ない。だが気まずいものは気まずい。嬢達のこういう一面を見た後、どういう顔をして彼女達と接すればいいのかわからない。1年経った今でもよくわからない。


 そんな俺を気遣ってか、嬢達はいつも俺に明るく接してくれる。きっと「気まずい」という感情が顔に出てしまっているのだろう。彼女達の世話をしなければいけないのは俺なのに、これでは立場が逆だ。


「でも慣れないんだよなぁ・・ただこれを止めるわけにはいかないし・・・。」


 俺は溜息を一つ吐く。


 実は部屋から嬢達の吐息や息遣いが俺に聞こえてくるのは、そういう魔法をアマネにかけてもらっているからだ。当然嬢の一夜を盗み聞きする為ではない。トラブルが起こった際、すぐに対応出来るようにする為だ。


「提案したのは俺だから我慢しないといけないのはわかってるんだが・・・。」


 そしてこれは勿論嬢達から許可を貰った上で行っている事だ。


 いくら彼女達のフォローをする為とはいえ、盗み聞ぎされるのは正直嫌がるかなと思った。だが俺が事情を説明し、これを提案したところ、全員が「よろしくお願いします」と快く承諾してくれた。


 だからそんな俺が今更嫌とか無理とか言えない。


「・・・なんでだよ!俺はお前の為を・・・!」


 そんな事を考えつつ、気を紛らせる為に掃除をしていたら、どこかの部屋から叫び声が聞こえた。


 どうやら今日もトラブルが起こってくれたようだ。喜ぶことではないが、俺にとってはやる事が出来たので非常に助かる。


 俺は足早にその嬢の部屋へと向かう。

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