コハル
「ハルさん、こちらですわ。」
コハルが行きたいという店は、飲食街の端にあるらしく、まだ結構歩くそうだ。ただそんな事より、俺は彼女に言っておきたい事が1つある。
「なあ、コハル。人に口調の事を言っておいて自分はそのままなのはどうかと思うんだが?」
ヨギリの廓詞同様、コハルのこの話し方は娼婦の時の口調だ。
「わ、わかったわよ・・・これでいい?」
どこか照れ臭そうに口調を変えるコハル。
「うん、それで頼む。」
「もう、わがままなんだから。お姉さん困っちゃうわ。」
「どっちがだよ。で、店はまだか?」
飲食街に入ってから結構歩いた。もう到着してもおかしくないだろう。
「えっと・・・あ、ここよ。ここにしましょう。」
コハルがとある飲食店の前で立ち止まる。だがここは確か酒場だったはずだ。俺は入った事がないのでよく知らないが、こんな時間からやっているのだろうか。
「夜は酒場だけど、朝は朝食を出している店なのよ。まあ私達にとっては夕食の時間だから少々物足りないかもしれないけどね。でも味は保証するわ。」
「へぇ、コハルはよく来るのか?」
「ううん、前に一度ヨギリやアマネと来たくらいよ。女1人で外食はやっぱりしにくいしね。」
そんなものなのだろうか。大体1人が嫌なら誰かと来ればいいだろう。コハルが誘えば食事に付き合ってくれそうな男はいくらでもいそうだが。
「はぁ・・・ハルさんは本当に女心がわからないんだから・・・。娼館の外で客となんて付き合いたくないわ。プライベートの時間まで仕事したくないもの。だから休みの日も大抵家にいるのよ?」
確かにそれもそうか。以前、嬢達に休みの日は何をして過ごしているのか聞いた事がある。大半の子達が家にいると言っていた。その当時はそれを不思議に思ったものだが・・・なるほど。納得のいく理由だ。
「それにこんな仕事してると友人なんて出来ないわ。皆と生活する時間帯が違うし、友人が出来ても自然と疎遠になるのよ。」
「ああ、わかる。俺も遊びに行く相手なんていないしな。」
俺も友人が出来た試しはない。アマネに会うまでは野垂れ死にそうになりながら必死に生きていただけ。アマネに拾われてからは娼館で働く毎日。家と娼館を往復するだけの昼夜逆転した生活。友人も出来なくて当然だ。
「悪い。くだらない事を聞いた。俺も知り合いなんてコハル達しかいないわ。」
「そうでしょ?わかってくれたのならいいわ。・・・で、でもハルさんが誘ってくれるなら・・・と、特別に行って上げなくもないわよ?」
優しいコハルの事だ、きっと独りぼっちの俺を気遣ってくれてるのだろう。だがせっかくの休みを彼女から奪うわけにはいかない。コハルや嬢達にはしっかりと体を休め英気を養って欲しい。
「さすがに誘わないよ。プライベートの時まで俺と顔合わせたくなんてないだろ?それこそ仕事と変わらないじゃないか。」
「こ、この・・・ばかっ!!!さっさと店に入るわよ!!!」
怒鳴られた。そしてコハルが持っていた手提げバッグでおもいっきり殴られた。酷い。何でだ。何で俺は今殴られたのだ。わけがわからない。休日は好きに過ごしてくれという俺なりの気遣いなのに。俺の優しさに感激するとこだろうが。
「ぶつぶつうるさいわよ!ほら!早く来なさい!」
コハルが腕を絡めてくる。そしてそのまま店に引きずり込まれる。きっと腹が減ってイライラしてるのだろう。そうに違いない。
「おお、確かに美味そうだな。」
店に入ると、ウェイトレスが俺たちを席へ案内してくれた。早朝だから客もまばらで、閑散してると思いきや、店の中はほぼ満席だ。どうやらこの店の朝食は大人気らしい。しかしこれだけの賑わいだ。コハルの言う通り、味も良いに違いない。周囲から美味しそうな料理の匂いが漂ってくるし、これは期待が出来そうだ。
「何にしようかな。」
「ハルさん、オススメはこれとこれよ。」
メニューを見ながら悩んでいたら、コハルがオススメを指差して教えてくれた。1つはパンと野菜のスープ。もう1つはパンと魚のスープのようだ。しかし両方スープとは・・・まあ朝食の時間帯なので仕方ないのかもしれないが。
「そうなんだ。うーん、どうしようかな。」
だが仕事明けの俺にとって、これは朝食ではなく夕食。やはりここは肉をがっつり食べたい。そういった料理はないのだろうかと俺がメニューに目を通していると・・・
「オススメはこれとこれ。わかる?これとこれよ?」
テーブルに置いてあったメニューを、穴が開きそうな勢いで叩くコハル。これはあれだ。これのどちらかを選ばないと殺されるやつだ。
「・・・じゃあ魚のスープとパンにするよ。」
渋々オススメの1つを選ぶと、コハルは嬉しそうにもう1つの方にするとはしゃいでいる。何だこの茶番。
「なんかごめんね?オススメを押し付けちゃったみたいで。別に気にしないで好きなの選んでもよかったのに。」
嘘だ。絶対嘘だ。
「でもこれ本当に美味しいのよ。私、どっちも好きなの。半分こしましょうね?」
「いや、両方食べたいならもう1個ずつ頼めば・・・っ・・・ん?」
足に何か当たった気がする。不思議に思い俺はテーブルの下を見るが、変わった様子はない。今のはなんだったのだろう。
「だからコハル、両方食べたいなら2つずつ頼めば・・・いっ・・・痛・・・!」
これは・・・コハルが俺の事を蹴っているのか。っていうかこの女、何しやがる。しかも今のは相当本気で蹴りやがった。めっちゃ痛い。
「コハル!お前今蹴っただ・・・痛い、痛い!痛いから!」
おかしい。コハルってこんな暴力的な女だっけ。お淑やかで優しく笑っているお姉さんって感じだったはずなのに。
「ふふ、何か言った?ハルさん?」
「い、言ってない。俺もコハルが頼んだの食べたいから半分こしてくれ。」
「しょうがないわね、ハルさんは。今日は特別よ?」
えー・・・。理不尽過ぎる。
でもまあこんなに楽しそうにしているコハルを見るのは久しぶりだ。娼館ではいつも作り笑いしかしていないので大丈夫かと気にはなっていた。やはり愚痴やストレスが相当溜まっていたのだろう。
「でも・・・コハルが楽しそうだから俺は嬉しい。息抜きに付き合うのも俺の役目だしな。それでコハル、話ってなに?」
「え?・・・何のこと?」
首を傾げるコハル。本気でわかっていないようだ。
「いやいや、俺を誘ったって事はなにか深刻な悩みとか愚痴とか・・・大事な話があるんだろ?だからそれを聞くよと言ってるんだが・・・。」
「ハルさん、何言ってるの?頭大丈夫?そんなのないわよ?私はただハルさんとご飯食べようと思っただけよ?」
なら何故俺はさっきからコハルに殴る蹴るされているんだろう。あれがストレス発散でもなんでもないなら本当にただの暴力なんだが。
「ほら、ハルさんお料理がきたわよ。さあ食べましょう。」
「ああ、うん、そうだね。もう何でもいいや。」
色々考えてたのがアホらしくなった。もう普通にここはコハルとの食事を楽しむとしよう。きっとそれが正しい。それに余計な事を言ったら・・・また数発くらいコハルに蹴られそうだ。




