契約
「それでは契約についてですが、ハル様の条件をおしゃってください。」
クレアは羽ペンと紙を取り出し、契約書を作る準備をしている。契約魔法を使う前に紙にも内容を記載するらしい。まあ当然か。
「まずはこちらをお納めください。」
俺は大金貨を3枚取り出し、クレアに渡す。
「ありがとうございます。では20金お返ししますね。」
「いえ、300金で結構です。その代わりメイド服の他にも数着、服を持たせてやってください。あとは生活必需品を。ちなみにエルフィリアは私物はあるんですか?」
「ないですね。わかりました。彼女の支度金として頂戴いたします。」
さすがに服が1着しないのは可哀そうだろう。それに女性ならではの生活必需品も必要だ。買いに行くのも手間だし、何よりこの面子でショッピングするのは色々と目立つ。いずれは自分で買いに行って貰うとして、とりあえず彼女の生活に必要なものは揃えておきたい。
「ではエルフィリアとの契約ですが、私からの要求は次の通りです。」
まず仕事内容。それは先程も言った通り、メイドと秘書だ。今まで俺は胡蝶の従業員としてアマネ達の身の回りの世話をしていたが、これからは支配人としての管理業務も増える。当然、雑務には手が回らなくなるだろう。だからエルフィリアにはその補佐をして貰いたい。あとは書類の整理や計算など、支配人業務の補佐だな。
「承知しました。エルフィリアも問題ありませんね?」
「はい、大丈夫です。」
「では続いてエルフィリアに対する条件ですが・・・1、衣食住の保障。2、ハル様への殺傷行為の禁止。この2つよろしいですか?」
基本的にはそれで問題ないが、その表現だと少し曖昧すぎる。「衣食住の保障」と言っても何を基準にすればいいのかわからない。そんな契約ではエルフィリアも安心出来ないだろう。俺は彼女を酷い扱いをするつもりはないし、アマネ達と同等の生活環境は提供したい。
「いえ、少し修正をお願いします。『私と同等の衣食住の提供。食べるものは同じ、住む場所も同じ。』でお願いします。あと『仕事時間に関しても私と同じ。私が休みなら、エルフィリアも休み』を付け加えてください。そして殺傷行為については外して頂いて結構です。」
こんなところだろう。
「なるほど、承知いたしました。確かにその方がエルフィリアも安心できますね。過重労働の心配もないですし。しかし殺傷行為は付けておいたほうがよろしいかと思いますが・・・?」
「私が間違った事をしたら力づくでも止めて欲しいので。コハル達もそうしてくれますしね。それにエルフィリアが私を殺める事はありませんよ。あったとしても、不可能です。私には心強い護衛がいますから。」
俺に手を出したからノーテファル王国は亡びた。つまりエルフィリアが俺に危害を加えようものなら・・・アマネ達が彼女の存在ごと消すだろう。アマネ達は俺の為に国一つ滅ぼすくらいの事は余裕でする。それくらい俺の事を大事にしてくれている。だからエルフィリアが殺意を向けてきたところでなんの問題もない。むしろ消されるのは彼女だ。
「それもそうですわね。コハル様達の目を掻い潜って何か出来るとは思えません。わかりました。ではそれで契約しましょう。」
「お願いします。」
「では最後に・・・エルフィリア。あなたから何かありますか?契約に条件を追加できるのは今だけですが。」
「えーっと・・・んー・・・あ、そうだ。ぼ、房事はしなくていいんですか?」
そう言えばそんな条件もあった気がする。
「そもそもエルフィリアの契約条件ってなんでした?」
「はい、この子は家事〇、料理〇、房事は条件付きで〇、特殊技能〇でございます。ちなみに戦闘は×とお伝えしましたが、実は少々心得があります。ただアマネ様達がいらっしゃるとなると・・・×と変わらないと思い、そうお伝えしました。」
まあアマネ達と同等の戦闘力なんてそうはいないだろうからな。
しかしエルフィリアは全て〇か。本当に優秀な子だ。
「ちなみに彼女の房事の条件と言うのはなんですか?」
「はい、エルフィリアの条件は『本人が房事してもいいと思うか』でございます。なのでハル様が気に入られたらOKという事ですね。」
「なるほど。ではその契約で問題ありません。房事をお願いする予定はないですが、やたらめったら契約で禁止事項を増やす意味もないので。」
契約を複雑にし過ぎると、色々不便になる気がする。何が禁止事項に引っ掛かるかわからなくなる。契約魔法については詳しくしらないが、契約違反をしたら何かしらのペナルティーはあるはずだ。
「かしこまりました。エルフィリアもそれでいいかしら?」
「はい。問題ありません。」
「ありがとう、エルフィリア。それでクレアさん、契約魔法についてですが、前回聞きそびれた事を1つ教えてください。契約に違反した場合、どうなるんですか?」
「そう言えば説明してませんでしたわね。奴隷が契約に違反した場合、魔法が発動して死に至ります。彼女の手の甲をご覧ください。」
クレアはエルフィリアの手を掴み、手の甲を見せてきた。そこには星を複数重ねたような複雑な紋章が描かれている。これが契約魔法の印なのだろうか。
「こちらの紋章が奴隷契約の証になります。奴隷が契約違反を犯すと、激痛と共にこの紋章の一部が黒く塗り潰されます。そして3回違反を犯すと完全に黒くなり、その奴隷は死に至ります。」
「激痛だけで行動が阻害されるわけではないんですか?例えば激痛に耐えながら主人を殺す。それが1回目の違反ならどれは死にませんよね?」
「確かにその通りです。ですが激痛に耐えられる奴隷を私は見た事がございません。それに『殺傷行為の禁止』の契約している場合、殺意を向けただけでも違反になります。ですので大抵は殺傷行為に移るまでに激痛が走りますし、実際殺そうとする際には複数回違反してる事がほとんどです。」
なるほど、確かに殺意なんて隠せるものじゃない。殺意を抱いた段階で違反とされるのなら、殺傷行為は難しいだろう。しかし魔法は本当に凄いな、そんなに細かくルールを縛れるのか。万能過ぎて逆に恐ろしいくらいだ。
「ちなみに主人が違反した場合は?」
「特になにもありませんわ。」
「・・・房事禁止で契約しても主人は襲おうと思えば襲えると?」
「ええ。その通りです。理不尽に思えるかもしれませんが、奴隷を高額で購入しているのは主人です。当然の権利です。ただ救済処置として、主人が契約違反した場合、一応奴隷商に訴える事は出来ます。それによって『契約を守らない主人』と言う事実が知れ渡り、奴隷を購入し辛くなります。」
どうやら主人が契約に違反しても罰を与える事は出来ないようだ。唯一出来るのが、クレアの言う「契約を守らない主人だ」と周囲に触れて回る事だけ。それで果たして抑止力になるのだろうか。
「奴隷をよく購入する方でしたら抑止力にはなります。評判が悪いと、奴隷も買われたがらないですからね。まあ滅多に奴隷を買わない人にはあまり意味はないですが・・・ただそういう人には奴隷も中々首を縦に振りません。ある意味どっちもどっちですね。」
「では何故エルフィリアは私に買われようと思ったんでしょうか?」
俺は奴隷なんて買ったことが無い。滅多に買わない人間の部類に入るだろう。それなのに何故エルフィリアは俺に買われる事を承諾したのだろうか。
「ああそれは同じエルフ族であるコハル様がおられるからでしょう。今日お連れの方も狐人族です。」
クレアがチラッとサクヤの方を見る。
そう言う事か。コハルやサクヤ達と上手くやっているから、ハーフエルフであるエルフィリアは俺に買われる事を承諾した。別に俺の事を気に入ったとかではなく、酷い扱いや差別を受けないと思ったからなのかもしれない。
「エルフィリアにちゃんと気に入って貰えるよう頑張らないといけませんね。」
「あら、この子はハル様の事気に入ってると思いますよ?」
「は、はい・・・お気に入りです・・・」
エルフィリアが目を潤ませながら上目遣いで見つめてくる。
何この子、可愛い。
「そ、それはよかったです。ところでエルフィリアの特殊技能〇ってなんです?何が出来るんですか?」
エルフィリアにまじまじと見つめられるのは照れる。
つい話題を逸らしてしまった。
「あ、それも言っておりませんでしたね。ハル様がご希望される奴隷の仕事内容には関係なかったので省略してしまいました。エルフィリアは特殊技能として錬金が行えます。回復薬など作れますし、簡単なアクセサリーも製作可能です。」
「それは凄い。気が向いた時には是非作ってもらいたいですね。」
錬金術師というやつか。それは面白い。
――ツンツン
何故かサクヤが急に脇腹をつついてきた。
「ん・・・?」
サクヤが目で何かを訴えてくる。
なるほど、これはあれか。サクヤも出来ると。そう言いたいのだろう。というかこの子達、マジで何でも出来るな・・・
「ハル様?」
「いえ、なんでもないです。」
「そうですか?ところでエルフィリアの契約に錬金術も入れます?」
「あ、はい。『気が向いた時』でいいのでお願いします。」
「わかりました。他に何かありますか?なければ契約魔法に移りますが。」
「私は大丈夫です。エルフィリアもいいか?」
「はい。わ、私も・・・大丈夫です。」
聞きたい事も大方聞けた。細かい事についてはエルフィリアと直接やり取りすればいいだろう。早くエルフィリアを連れて胡蝶に帰りたい。色々教える事があるしな・・・って、そうだ、大事な契約条件を1つ忘れてる。
「すいません。一つ契約に追加してください。『私とアマネ達の私生活や仕事内容について一切口外しない事』。というより私達が関わってる事については他言無用、秘密厳守でお願いしたいです。」
「承知いたしました。エルフィリアもそれでいいわね?」
「はい、問題ありません。」
危ない危ない、一番大事な条件を忘れるところだった。アマネ達には色々と秘密がある。全員が異種族なのもそうだし、普通の娼婦ではない事もそうだ。さらには俺もまだ知らない胡蝶の目的の事だってある。浮遊島に住んでる事もそうだし、ヒスイの正体についても秘密にしておいたほうがいいだろう。
エルフィリアはこれから俺達の側で仕事をする事になる。それはつまり胡蝶やアマネ達の秘密を自然と目にする事になる。だから口外厳禁と契約で縛るのは必須だ。
「それでは今度こそ契約魔法に移ります。ハル様、こちらにお立ちくださいませ。エルフィリアはその正面に。・・・次にエルフィリアの奴隷紋章の上にハル様の手を重ねてください・・・はい、それで大丈夫です。」
エルフィリアは体温が低いのか、手がとても冷たかった。こんなに冷たくて大丈夫なのかと心配になるレベルだ。ただ女の子の肌に触れるのは少しドキドキする。
これは結構恥ずかしいな・・・
一方のエルフィリアは、無表情のまま俺を見つめてくる。特に緊張している様子もない。
「では契約を始めます。」
クレアは契約書をテーブルの上に置き、手をかざす。
「古の盟約に従い、主従契約をここに交わさん。主においては・・・」
呪文のような言葉を口にするクレア。もしかしてこれが詠唱と言うやつなのだろうか。魔法の実行には詠唱を伴うのが一般的だと聞いてはいたが、耳にするのは初めてだ。アマネ達はいつも無詠唱だからな。しかしまさかクレアが魔法を使うとは思わなかった。もしかして奴隷商人は契約魔法を使えないとなれないのだろうか?
「・・・においてここに契約を結ばん。」
いつの間にかクレアの詠唱は終わっていた。
どうやら契約魔法は詠唱に先程の契約条件を加えないと発動しないらしい。紙に色々メモしていたのは、詠唱を言い間違えたりしない為か。
「それではハル様、『エルフィリアの主人としてここに契約する』と口にしてくださいませ。」
「エルフィリアの主人としてここに契約する。」
「では次はエルフィリア。わかっていますね?」
「はい。私エルフィリアはハル様の奴隷としてここに契約します。」
俺とエルフィリアがそれぞれ合意の言葉を口にした瞬間、エルフィリアの手の甲が光り輝く。そして光は紋章に吸い込まれるように収束した。
「お疲れ様でした。以上で契約は終了です。これでエルフィリアは正式にハル様の奴隷になりました。何卒彼女をよろしくお願いします。」
クレアが軽く頭を下げる。
「もちろんです。」
「ふふ、大変だと思いますが頑張ってくださいね?」
大変?何が?
というかどういう意味だ。
「とりあえずエルフィリア、よろしくな。」
「・・・よろしくお願いします、ご主人様。それより早く手をどけて頂けますか?気持ち悪いので触らないでください。あとあまり私に近寄らないでください。」
・・・え?
契約が終わった瞬間、エルフィリアの態度が急変したんだけど・・・さっきまでの慎ましやかな彼女はどこへ行ったんだ。
「じろじろ見ないでください。変態。殴りますよ。」
しかも何かコハルみたいな事言い始めた。
何このハーフエルフ、怖いんだけど。
「コ、コハル・・・?」
「んー?もともとこういう子だとは思ってたわよ?」
「は!?知ってたなら教えろよ!?」
「えー、それじゃ面白くないもの。」
面白いとかじゃないだろ。というかサクヤにユイカも必死に笑いを噛み殺してやがる。まさかこいつらも気付いていたのか・・・っていうか言えよ!なんでだよ!
「ご主人様。いつまでここにいるんですか。商談は終わりなんですよね?ならここにいるのは時間の無駄です。帰りませんか?どれだけ愚図で薄鈍なんですか?」
このハーフエルフ、口悪すぎるんだが。
「あらあら、早速エルフィリアの悪癖が出ましたわね。この子、美人で優秀なんですけど・・・口が悪いので中々売れなかったんです。」
「え、さっきの態度は・・・?」
「演技させてただけですわ。」
なんだと。この女、俺に不良在庫を売り付けやがったのか。
これは完全にしてやられた。
「やってくれますね・・・まあそれでも俺は満足してますが。」
口は悪いかもしれないが、エルフィリアは完全な不良在庫奴隷と言う訳でもないだろう。優秀なのは事実だろうし、見た目も文句なし。つまりこの口の悪さと性格が問題なだけだ。それなら問題ない。仕事さえちゃんとしてくれるのであればそれでいい。
「ではそろそろ失礼します。クレアさん、本日はありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございます。またご贔屓にどうぞ。」
「考えておきます。・・・じゃあエルフィリア、行こうか。」
エルフィリアに出来るだけ優しく声をかける。
「やっとですか。低能で愚劣なご主人様で先が思いやられます。・・・って何ボーっとしてるんですか。帰らないんですか。早く私を案内してください。行き先知らないんですから。あとその気持ち悪い声色やめてくださいませんか。鳥肌立ちます。」
本当に口悪いな、このハーフエルフ。
先が思いやられるのはこっちだぞ。




