第三回ドリカム杯決勝戦・前編!
ミスローブ対アビス。
ついにドリカム杯の頂点が決まる時が来た。
大会に出ていた面々も負けてなおその場に残るのはその世紀の一戦を肉眼に焼き付けるためだ。
「明日だね」
「……ちょうどいいですわ。貴女に伝えたいことがありますの、キラリ」
「改まってなに? っていうかなんでみんなここにいるの?」
宿舎の部屋を失った三人はなぜか同じホテルにいる。充分アイドルをしている彼女らがフェルパラマネーに困ることはないが、いかにも金持ちなレーゼまで同室でクイーンサイズベッド二つの四人部屋に泊まるのは変というか。
なんてことを気にしないのがレーゼである。
「貴女を私のライバルに認定します」
「そうですか」
「ほらその反応! 二回戦で戦った時からこっちはそのつもりでしたのに貴女はミスローブだのアビスだの言って! 私のことを気にしたことがあって!?」
「ないなぁ」
「だから宣言していますのよ! あまり上ばかり見て足元すくわれないように」
(本格的に自分を雑魚って認めている人のセリフだ……)
それでいいのかレーゼ、と思ったけど本人は意識してもらえることにご満悦なのか、それで良さそうだった。ほんじゃライバルライバル、とキラリは適当にあしらった。
どうせならクオンも一緒に泊まればよかったのに、と思う。あまり会話が弾む人ではないがはっきり言う人であるし、ミスローブと直接バトルした者同士なにか語り合うこともあると思ったのだが。
「明日、全て終わるんですね」
「泣いても笑っても、ですわね」
「もうみんな終わってるけどね」
あはは、とキラリだけ笑う。とっくに負けているのに決勝を特別視することもないだろう。強いて言うなら最高のライブを観れる瞬間が迫っているということだけ。
「キラリさん、お菓子と飲み物買ってきてください。反省会です」
「それはいいですわね。少し出しますわ、お金」
「……え、私をパシろうとしてない? ちょっと頭脳派」
が、レーゼにお金を押し付けられて、はぁ〜あ、と溜息を吐いて諦める。レーゼを利用した謀略はまさに頭脳派。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いやこの辺りのお店全然売ってないじゃん!」
考えることは皆一緒か、キラリはあっちへふらふら、こっちへフラフラしながら夜のフェルパラを彷徨う。
どうしたものかと連絡を取ると、結局帰ってこいと言われる始末。なんとも無駄足、と思ったところで。
「……お前か」
「……あっ! ミスローブ!」
ドリカム杯選手の宿舎、既にミスローブとアビスしかいないそこ、果樹の下、キラリがかつてそうしていたようにミスローブが座っていた。
彼女は立ち上がると柵を挟んでキラリと対面する。
「……ライブが終わるまで舞台裏で待っていてくれても良かったろう。見るに耐えないライブだったか?」
「いやそんなことは……」
ライブはそばで見ていたが、キラリはあの時逃げ出すようにミスローブを待つことなく帰った。
出会いがどうも良くなかったから、感動して泣いている姿を見られたくないというのが理由の一つだろう。
「色々あるんだよ、私にも。おめでとうって素直に言いたくないし」
「戦いの場だからな。勝っても負けても恨みっこなし、だ」
「ローブ、外せなかったし」
「明日は脱ぐ」
「明日じゃ遅い!」
キラリが初めて声を荒げる。きょとんと驚くミスローブ以上に、キラリが驚いて自分の口を塞いだ。相当根に持っているのだと、そんな自分が嫌であり、どこか嬉しさもある。
「……すまない、事情があって。舐めたり軽んじているわけではないのだ」
「……いいですよーだ。どの道それで負けたんだし」
「素晴らしかったよ、キラリのライブは」
「…………よく言うよ」
きっと本心なのだろう。それがわかるからこんなにも照れ臭い。
「明日、見に行くから。まあアビスに勝てるとまでは思わないけど」
「…………見に来るといい」
やけに声を潜めたミスローブを不審に思いつつ、キラリはその場を後にした。
あの宿舎も明日、明後日には消える。ドリカム杯も頂点に立った者の願いを叶えれば夢の後、というわけだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おっそーい! どこをほっつき歩いてましたの!?」
「いやもう何にも売ってなくて。困ったねぇ」
「お金は返してもらいますわ」
「これは私をほっつき歩かせた代として……」
女三人揃えばかしましい、祭りを控えて楽しげな時間が流れていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ついにこの日がやってきました! 第三回ドリカム杯決勝! 映えあるアイドルたちの中から勝ち上がったのはこの二人!
言わずと知れたアイドルオブアイドル! 優勝候補筆頭のアビス‼︎
相対するは謎のダークホース! 下克上アイドルミスローブ‼︎
まずはそれぞれの選手にインタビューだ!
――――――――――――――――
既にライブの始まる直前、MCアイドルがアビスとミスローブの間に立つ。
この余興さえ終われば、即座に決戦の火蓋が切って落とされる。既に観客たちの熱狂もピークに近い。
「さ、待ちきれないのは蕩然ですがやっていきましょう。アビス、調子はどう?」
戦いの前、にしても相変わらず、アビスはつれなく答える。
「悪くない。むしろ熱くなっています。これも、鳥の子や星の子、そしてあのローブの子に当てられたからかしら」
表情は相変わらずながら珍しくよく喋るアビス。オーディエンスの中で桃色の髪のアイドルが一際大きな声で歓喜を示すと、軽く手を振るファンサービスまで。
「やばいやばい。泣くかも」
「……ミスローブのライブを見に来たんじゃ?」
「それはそれ。アビスのファンでもある」
なんて会話が客席であることを、ステージの上の二人は知らない。
だが笑う声があった。不敵に、心の底から楽しそうに、耐えきれずに呵々大笑まで至る。
「なんです? 突然」
「私の声を聞いて! ライブを見て気付かないか⁉︎ よもや忘れたとは言わせないぞ!」
ついにミスローブがその衣装を脱いだ。中から現れたのは紫と黒をメインにしたメタリックな衣装に、かつてキラリが見た通りの丸い目に鋭い眉、クールな面持ちの……。
思わず、アビスが後ずさった。表情も大きく崩れて冷や汗を流している。それを見るミスローブの表情は、僅かに怒気を孕んでいた。
「この顔には見覚えがあるだろう、アビス」
「アメノ……まさか……」
「久しいな」
「おおっとこれはどういうことでしょう! ミスローブまさかの正体、アビスと知り合いだったのか〜?」
流石に手慣れたMCであっても、この状況を落ち着かせるには不十分。二人の異様な因縁の正体が詳らかになるのはこれからである。
「お前に背中から刺され、フェルパラ海溝に突き落とされてから、この日をどれだけ待ちわびたことか……これは復讐だ。お前への怨みだけで私はここまできた!」
「……ふ、ふ。本当に恐ろしい人……今度こそ地獄まで叩き落としてあげる」
「えっ刺され……突き落と……?」
MCの理解が追いつかなくなったところで。
「だが私が倒すのはお前ではない。いるんだろう、マグマが」
「……そうね、私だけでは貴女にとどめを刺しきれない。すぐに起き上がるわ。貴女がいるんだもの」
瞬間、アビスの瞳がキラリ光った風に見えた。
いや瞳だけではない、身体中に神秘的な輝きが灯ると同時にまとめられていたアビスの髪が解け、真っ赤に色が変わる。瞳も太陽を映すような山吹色になり、何より頑なに硬かった表情がニヤリと下品な笑みを浮かべている。
「アメノォオーッ! またぶっ殺せるなんて最高にオレはついているぜェーッ!」
「マグマ……私もお前を殺すためにここまで来た……死合おう! 存分に!」
「なになに何事ですかァーっ!? アビスが突然別人のように……」
無粋なMCながら、この光景を見ている者の誰もが同じ困惑を抱いているだろう、とミスローブことアメノが注釈を加えた。
「アイドルオブアイドル、アイドルの中のアイドルという異名は元々二重人格アイドルだったアビス・マグマの異名だ。……危険な性格だからか隠していたのかもしれないが」
「それはちげぇな。アビスを鍛えていたんだよ。頂点に立てるくらいなぁ」
「ふん、お前がそれで鈍っていれば労せず勝てるだろう」
「やってみろよ負け犬」
「殺す」
「ら、ライブ始めますか! 私は理解をあきらめましたどうぞ!」
かくして因縁の決勝戦は始まる。
あらためまして『復讐アイドル』アメノ対『アイドルオブアイドル』アビス・マグマ。
尋常に。