第三回ドリカム杯準決勝第二試合!
不安で。
不安で。
不安で。
なんだか余計なことばかり考えている気がする。それもいつも、いつもだ。
考えても仕方ない、前向きに考えないと対策にもならない。とわかっていても無意味な不安ばかり募らせる。
だってそう、自分と相手はそもそも格が違う。アイドルオブアイドルのアビスと比べれば誰だって霞んで見える。
不安で動く指は止まらない。指同士がぶつかり続けて爪にヒビが入っていた。赤くなった指で髪をいじっていたら変な巻き癖がついた。でも指をどうにかしていないと不安で、不安で。
アビスと二回戦で戦ったグランの方が自分より格上だった。このエアリアスの名前を知る人は少ない。ベストフォーの中でも最低の実力であることは間違いないだろう。キラリとミスローブの戦いを見て確信した。私が最低だ。
自分がこの場に立つのがおこがましい。アビスと戦うのがおこがましい。自分がなぜこんな大舞台に、そう思うだけで不安で。
練習にも身が入らない。キラリのように新曲を考える気にもならない。尚更勝てるわけもなくて、パフォーマンスだって普段の半分程度しか出ないのではないか。
助けて! なんて心で叫んでも虚しく闇に消えるだけ。いっそ本当に誰かに助けを求めようかと思ったが、あまりに無様なのでこらえる。
髪の毛がくるくるになったところで、試合が近づいてくる。
間近に見るアビスは、本当に美しい。名の通りの深海を思わせる深く暗い闇のような群青色の髪、どこか濡れたような瞳、水の底からこの瞬間現れたような、エメラルドブルーの青を体に宿したかのような。
そして彼女は、無表情アイドルクオンに匹敵するほど無表情で寡黙だ。いまだにドリカム杯が始まってからエアリアスは彼女の声をステージ以外で聞いていない。
圧迫感、というより威圧感のようだ。アイドルオブアイドルの名を冠する王者を前に、まさしく蛇に睨まれたカエルになっていた。
ああしんどい。つらい。くるしい。この舞台裏に生きているだけで息をしているだけで耐え難いほどの苦痛だ。
喉が震える。酸っぱいものが込み上げてくる。なんだか泣けてくる。足が震えるのに動こうとしない。目は開いているのに前が見えない。
絶望の底とはこのような場所なのか。元より不安が多く、メンタルの弱いエアリアスは極限にまで追い詰められた。
「あなた、ライブしないの?」
「……ふぇぇぇっ!?」
そこからは早かった。銃声に驚き羽ばたくアヒルのように飛び立ったエアリアスは、そのままステージに飛び込んだ。
光。
歓声。
観客の熱気。
興奮というのは、人を変えるものだ。注目、叱咤激励、罵詈雑言、そこにあるのは良かれ悪かれ誰もがお前を見ているという意思表示。
恐怖と喜び、極端な感情の揺さぶり。
これがあるからエアリアスは、ステージに上がるのだ。
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『Flyer over』 作詞曲:エアリアス
どこまでもFly High Sky High Over!
Ah 地べたを歩いてたって仕方ない 駆け上がれ 空へ 心で Flyer
自力で飛べなくたって Flyer 目線は常に高みへ higher
上向きすぎてのけぞって ひっくり返ったら笑おう HAHAHA!
空の高さは見える範囲 手を伸ばして届かなくたって その気になれば行けるはず
だからGO UP GO UP 限界まで飛んでみよう 両足バタつかせるくらい どんな鳥だってしているさ
High up High up never give up 自由な鳥くらい時間くらいはあるだろう?
いつまでも Fly High Sky High Over
はぁ……いつまで俯いたってしょうもない 今登れ 天へ 心持ち jumper
気力が持てなくたって 泣いた目元も常に向かうは upper
上向きすぎて諦めるくらいなら じっくり耐えてから踊ろうcrap crap!
空の高みを超える決意 跳ねて飛んで届かなくたって その時がくる行けるはず
そうさflyer flyer 千回だってやってみよう 本当に飛ぶなんてこと どんな人だってしてないさ
get up get up never giveup 諦めないくらいの夢くらいはあるだろう?
一緒に Fly High Sky High Over
私も目指すよFly High Sky High Over
(あぁ……やっぱりライブって気持ちいい……♡)
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「すごく軽やかに楽しそうに踊るなぁ。あれじゃ私三位にもなれないじゃん」
本当に羽があるのかと思うほど軽やかな動きに長い髪が揺れる。ミスローブの勇ましいライブが剛であるならば、エアリアスの歌と踊りはハイスピードな柔のものだ。
どちらが一概に良いと言えないとはいえ、華やかさならエアリアスに軍配があがる。
「なに完敗発言していますの!? 贔屓目に見ても貴女の圧勝ですわ!」
「……圧勝とまでは言えずとも、ここまで来ると個性が異なります。甲乙はつけがたいかと」
「安定しているのは間違いなくキラリ。そもそもエアリアスはメンタルや体調で大きく調子が変わるアイドル、今回絶好調なだけでここまで勝ち上がれていることが奇跡」
みんながキラリの肩を持つ。レーゼにブレンに……。
「あれ、誰?」
「クオン」
「ああ、ミスローブに負けた無表情アイドル」
思い出してみれば、なかなか印象深いアイドルだった。顔を見ても思い出せないくらいだったのにそうとわかればあの時のライブの異様な迫力と完成された歌唱と動きが思い出される。
「アビスのライブ見にきたの?」
「一応。どちらかと言えばミスローブのライブ。ファンになった」
「わかる。私も」
「気が合う」
「だね」
話が合うには趣味が合うからかーー同じアイドルに負けたからか。
キラリはやはり負けた。ミスローブに、完膚なきまでに負けた。
結局、あとはこうしてファンの活動をするだけだった。ブレンが、レーゼが、クオンがそうしているように。
なのでキラリも決勝を見るために会場に残っているというわけだ。敗北はそれほど苦くないし、新しい好きなアイドルが生まれたのだから喜びが強い。このフェルパラの頂点を決める戦いなど見なければ損だろう。
「ミスローブ対アビス、今から楽しみだ」
「……エアリアスが勝つ可能性は?」
「ないでしょ」
キラリは断言した。
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アビスかステージに上がった瞬間、静寂を保つ彼女とは反対に観客たちは熱狂し、それぞれが思いの丈をぶつけていく。
「うわーーーーーーーっ! アビス好きーーーっ! 顔が良いーーーっ!」
みっともない観客もいたものだ、とブレンが横を見るとそう叫んでいたのは他の人の三倍くらい多くサイリウムを持ったキラリがいた。知られざる一面に驚くあまりメガネがズレる。
「アビジュザマーーー!!!」
「こら! みっともないですわ!」
厄介ファンと化したキラリとレーゼがわちゃわちゃ争う中、変わらない無表情のクオンがいて、自分も強くあろうと密かに思うブレンであった。
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『deep blue』 作詞曲 アビス
どれほど高みならば満足するのでしょうか
空の高みを 宙の高みを 届いてもこの心は満ち足りやしない
何のために歌い 誰のために 存在するのでしょう
言葉じゃ足りない 踊ってもまだ足りない
この気持ちは未だに飢えている
深海の流れのように 緩やかじゃいられない
いつかは激しく きっと もっと
誰かに伝えたい 誰かにぶつけたい
いつか
どれほどの深みならば満足するのでしょうか
海の深みを 技の極みを 極めてもこの心は満ち足りやしない
誰のために鍛え 誰のために 輝くのでしょう
自分のためじゃない 誰かのためでもない
この気持ちはまだ増えていく
青空の凪のように 止まってはいられない
誰かと激しく もっと 愛を
誰かと笑っていたい 誰かと泣いてみたい
いつか
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アビスがステージを終える。エアリアスはその姿に感涙しながら、自分の敗北を如実に感じながらも拍手を送る。
「さすがです。……言うことないです、私なんかからじゃ」
「あなたもすごかったわ」
アビスは短く言うと、顔も向けず足早に舞台裏から去った。
エアリアスには、その一言で、充分すぎた。
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「アビシュ様……………………」
「うわ、鼻水出てますわよ。ほら、ちーんなさい」
レーゼのハンカチに容赦なくぶちまけられる体液。これは捨てようと確信させる一撃にクオンさえ少し距離を置く。
が厄介ファンは気にしない。むしろ強い。
「やっぱりこうどこまでも繊細なところが素晴らしいんですわ。動きは動のエアリアスに対して静のアビスみたいに言われるんだろうけど僅かに動くだけの腕の動き指の角度ステップに膝の角度まで全て計算されている完璧な采配に今の心境のライバルがいないことの虚しさとそれでもなお求め続け研鑽をする飽くなきアイドル道を進む姿を体現した歌詞に儚げな歌声から徐々に盛り上がる……」
「ライブは終わった。退場」
「まだ話半分なのに!」
全員呆れるほかなかった。