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第三回ドリカム杯一回戦第一試合!

 そこは地獄か天国か。

 輝きを求める者、アイドルになりたい者だけが行くことができる幻影のアイドル空間、夢の世界のようなそこは、アイドルとして頂点に立てばどんな願いでも叶えられるという。

 願いを抜きにして、キラキラと輝くステージの上、努力を積み重ねたアイドルが歌い、踊り、その頂点に立った時。

 

 一人目のアイドルは願った。この世界から誰も出られないようにしてほしいと。

 いつしかそこは地獄へと変わった。研鑽し、優勝することで元の世界へ戻ることを望むために。


 二人目のアイドルは願った。――その願いを、誰も覚えていない。

 だがその時から、誰もが、自分自身の手で頂点を掴まねば安寧は訪れないと理解した。


 

 ――そして今、三人目のアイドルが生まれようとしていた。



 熱狂! 歓声! 空気を裂かん少女の声が! 雲を出現させるほどの熱気が! 会場を包み込んでいた!!

 願いを叶えるためのアイドルトーナメント、ドリカム杯の第三回大会の幕開けに、少女たちはとにかく興奮していた!

 ここから出られない、そんな絶望を抱えたものはこのアイドル空間の街中でオブジェのようになって固まっている。巨大ドームの中に特設された商店街のような空間にいるのは動かない少女たちだけではない。

 外に出るという願いを叶えるために研鑽する者、それと関係なく純粋に輝きたいと願う者、来てしまった以上はアイドルになろうとする者。

 このドリカム杯こそ、そんな少女たち全員の集合場所。実力を示すために、願いを叶えるために各地から圧倒的なアイドル力を持ったアイドルが集まってくる。


『キラリ』もそんなアイドルの一人だった。頭の両側を星の髪飾りでツインテールにした桃色の髪を持つ若き少女だ。地道な活動が功を奏して無事にドリカム杯の出場資格を得て、順調に決勝大会にまで残った。

 この決勝大会、十六人のアイドルからなるトーナメントで既にキラリはトップ十六という立ち位置になる。だがその中でも実力差は天と地ほどの差があった。

 例えば優勝候補筆頭であるアビス、黒い髪を桃色のリボンでまとめた神経質そうな女性は、しかし歌も踊りもトップクラス、天才の名を欲しいがままにしている。

 アイドルにつけられる異名も『アイドル・オブ・アイドル』という頂点に立つべき者に与えられるようなもので、誰もが彼女に注目している。

 アイドルの異名というのはこの世界から与えられる称号で、これをもらえるだけでも立派なものだが、キラリに与えられたのは『シャイニングアイドル』というパッとしないものだった。



(……まあ、ほどほどに頑張ろう。うん)

 そもそもキラリは優勝にそこまでの興味があるわけでもない。彼女がここにいる理由はこの世界に選ばれたからであって、野心もなければ叶えたい願いもない。

 ただ、ここにいる以上はアイドルになっておこう、という惰性で、どうせ出場できるならいけるとこまで行こう、という程度の意欲。

 待ち時間、他のアイドル達は真剣にトレーニングをしたり、歌詞を読んで心を研ぎ澄ましたり、アビスは瞑想しているのか深い呼吸以外に物音一つ立てない様子だったり。

 キラリはそんな様子をだらだらと見て回る。会場に特設された宿舎には何でも揃っていて、退屈を紛らわせるには充分だった。

 やがて宿舎を出て芝生の広がる中庭に出る。噴水や果樹がなっているどこか幻想的な場所である。

 そこで宿舎の周りを見て回り衣装と、何回戦でどの歌を歌うか、くらいは考えていよう、としたところで。

 曲がり角、ばったりと奇妙な女と出会う。

 全身をボロキレのローブでまとった、アイドルというより不審者と呼ぶべき人だ。ただ出場者リストにもこの姿も顔も隠したボロキレローブで映っているのだから、それなりに実力のあるアイドルなのだろう。ただ突然目の前に現れたのだから面食らう。


「わ、あの、すいません」

「いやこちらこそ。……落ち着きがないな」

「いつもこんなです。気になさらず」

「ふん。……やる気が感じられないな」


 女性はハスキーボイスでクールであるが、言葉のどこかに棘がある。流石にキラリもムッとして目を細めて睨むが、ローブの女は平然としている。

 

「全員が全員優勝して願い叶えたいわけじゃないでしょう。私は今の自分がどこまでできるか知れるだけでいいんで」


 軽く、少し嫌味に言うと、ローブはその中から腕を出してキラリの胸倉をつかんだ。瞬間、陰に隠れた眼から殺気に近い敵意をぶつけられる。


「ああだろうな、そうだろうとも! だからこそ私はお前などには負けない! 絶対に!!」


 叫ぶような声量で、念を押すようにローブの女は言うが、キラリが驚いているのに気付くとハッとして、すぐに解放して足早に去る。


「時間を無駄にした。失礼」

「……なに、あいつ」


 奇妙な存在に眉を顰めつつ、キラリは溜息を吐いてほぅっと力を抜く。

 ――それだけでもう普段通りだ。



=======================


 ドリカム杯! 一回戦・第一試合!!


 どこか無気力な雰囲気のある『シャイニングアイドル』キラリ!


 VS


 知的に眼鏡が光る『ジーニアスアイドル』ブレン!


=======================


「正々堂々と戦いましょう」

「ん、こちらこそよろしく」


 金髪ボブカットのブレンは赤渕眼鏡を光らせて握手を求める。背は自分よりいくらか低く、けれど胸は大きいので動きにくそうだな、とキラリは思う。敏捷性と軽さはダンスにおいて武器になるが、その逆はどうだろう。


「君って優勝して願い叶えたい系の人?」

「……いえ、私が優勝できる確率はゼロに近いでしょう。ここまで勝ち上がってこれたのも奇跡のようなものかと思っています」


 それは、キラリも同じことを考えていた。確かに予選大会のようなものもあるが、審査員は観客の他のアイドルたちとこの『世界』という運営側なのだ。意志を持つか持たぬかも分からない世界の判断一つ一つの意味など理解しようとするだけ無駄だが、キラリは自分が選ばれるのを奇妙に思ってはいる。


「……しかし、選ばれた以上全力を尽くしたいとも思います」


 ステージに向かうブレン、その声音には確かな期待と挑戦への興奮があった。




=============================


『Simple Brain!!』 作詞曲:ブレン


 ねえ いつまでそんなところにいるの?

 早くここまでおいで 立ち上がってみて

 まずは声出してみようよ そしたら足を動かそうよ

 ワンツー ワンツー ステップ刻んで そしたら楽しくなっちゃうよ

 何も考えないでみたい 今はただ熱中してたいの

 (みぎ)(ひだり)(まえ)(うしろ) それじゃ動いてないのと一緒だ・ね


 サンキュー サンキュー エール送って 一緒に楽しくなりたいよ

 今 私 君 二人 それで諦めないでよ一緒に・ね

 

 もっと単純に考えてみたい 君と簡単に踊ってみたい 全部適当にね!



=========================


 ブレンのどこか子供めいたアニメ声も小さな体も、その応援するような歌とあどけない振り付けが相まって、微笑ましさと喜ばしさを覚える和やかなステージだった。

 頭脳派アイドル、という触れ込みでありながら純粋に応援したくなる雰囲気に会場は飲まれつつある。

 舞台裏に来たブレンは汗をぬぐいながら、次に舞台へと上がるキラリを見た。


「勝負ですね、どちらが勝つか」

「……うん。まあ、いつも通りにね」


 一回戦、二回戦はフルバージョンではなく省略された歌での戦いになる。

 だがキラリとてただ何もしなかったわけではない。己にできることはきちんとしてきた。

 惰性の力というのは凄いもので、そういう新しいことへの挑戦さえもなんとなくしてしまうのである。


 ……いざステージに立つと、今まで小さなハコでライブしてきたキラリにとって、空間の熱狂に驚いた。

 スポットライトも観客の熱気も比べ物にならない。空気が震え、光が熱を帯び、そこにいるだけで熱が出たかのような昂揚感。

 惰性アイドルだなんて自虐したこともあったが、なるほど自分にはまだアイドルとしてやりたいことがあったらしい、なんて自嘲して、キラリは目を閉じる。

 オンステージ。


===========================


『Shining Idol』 作詞曲:キラリ


 Ah……憧れのShining Shining On Stage……


 いつも憧れていたんだ どこか心の奥底で想ってたんだ

 Shining Idol 誰もが憧れる光 その輝き

 綺麗だなって なりたいなって 私だけじゃない 君もそう

 女の子の憧れ わかるよ みんなそう だからそう 気付いた瞬間がSTART!

 On Stage! 夢にまで見たライブシーン 心が熱くて涙が出そう

 私の 私のためだけじゃないStage これが これが 憧れのShining Shining Idol……

 Wow Oh……


============================


 いい感じにいつもの自分を出し切った、とキラリはちょっと自己満足。観客の反応もブレンの時より良さそうだ。

 ぺこりと頭を下げて舞台裏に戻ると、ブレンが拍手で出迎えた。


「……凄く感動的なステージでした。普段と歌声が全然違って、よく伸びる歌声です。それに、表現も……」

「まだ結果出てないでしょ。自分が負けたか勝ったかもわからないのに敵を褒めるのってヤじゃない?」

「ヤじゃないです。……素敵なステージを演出できるアイドルは、誰だって尊敬対象ですから」

「……へぇ~」


 嘘を吐いていない雰囲気で、自分ならそうは思えないなとキラリは感嘆の声を漏らす。自分なら負けると悔しいし、勝ったら嬉しい、そんな気持ちが真っ先に来る。


 やがて投票が終わり、勝者はキラリと相成った。


「おー、トップエイトだ」

「おめでとうございます」


 あまり感情を出さないキラリに、心の底から応援するブレン。どうも勝者と敗者の雰囲気ではないが、二人の間に流れる空気は和やかであった。


「ブレンは悔しそうじゃないね」

「あんなステージを間近で見られたんですから、後悔はないですよ」


 そう笑ってみせるブレンの表情に嘘はないが、僅かに影が差しているようでもある。……悔しくないと言えば嘘になる。それでもキラリのステージの良さを感じたのもまた事実。


「応援していますからね!」

「うん。ブレンも、またなんかあったらしくよろ」

「し、しくよろ……」


 とかく一回戦の勝者は決した。戦いである以上、勝者と敗者は存在し、決定的な違いがある。

 もはや宿舎にも来れなくなるブレンを、キラリはそっと見送る。

 この世界にいればまた彼女のステージを見る事ができるだろう。けれど今、雌雄を決する戦いをしたこの瞬間こそ、最も熱い感情で結ばれているのだ。

 ま、頑張るか、とキラリは軽く思うだけであったが。

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