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妄想の帝国

妄想の帝国 その14 素晴らしきかな、第二の人生

作者: 天城冴

超高齢化社会に突入したとある国。終身雇用制度も崩壊寸前の中、なんとか元いた会社の関連会社に無事再就職を果たした人々。しかしそれは高齢化社会にむけた一種の実験施設に収容され被検者となることだった…

4月も終わり、よく晴れたある日。ニホンのあちこちで新しい人生のスタートが始まり落ち着き始めたころ。地方都市の郊外の施設では、初老の男女が中庭に集まっていた。

「只今より、第一期、メディカルトンニチ社の入社式を行います」

整列した人々の前にある壇上より、白髪交じりの男性がマイクを握り話し始めた。

「先月、私、ガスガスは人事部長として、40年余り勤め上げたトンニチ株式会社を無事退職いたしました。そして、今日、この日から再び、メディオカルトンニチ社に入社することになりました、お集まりの皆さんとともに!」

歓声があがる、とはいえほぼ60歳以上の集団のため、あまり覇気がない。

「昨今の少子高齢化、特に高齢化社会の到来により、以前の60歳定年が廃止され、65歳、70歳と退職年齢が上がってまいりました、さらに厚生年金保険料の納付も延長されまして。しかし…」

ガスガス氏はいったん言葉を切る。途端、聞いていた人々が喋りだした。

“そんなに働けるか不安だったよ”

“IT化の波にはついていけん。覚えたかと思ったらすぐバージョンアップだかがある”

“もう腰痛がひどくて、座り続けるのもつらくなってきたけど、前より仕事に時間がかかって”

人々から聞こえてきた声に応えるように再びガスガス氏は話はじめた。

「私も不安でした、前のように体は動かず、頭も働かない、それで、働き続けられることができるのだろうかと。しかし、我々の会社は、忠誠を尽くしてきた会社は我々を見捨てなかった、我々に第二の人生の場を与えてくれたのです!それがメディカルトンニチ社です!」

ワー、ワーワアア、聴衆から歓声があがる。

「我々がこれから入社するメディカルトンニチ社では、高齢者にあった働き方ができるのです。我々はモニター兼職員として、医療、介護の機器の開発研究援助を行います」

ガスガス氏は誇らしげにメディカルトンニチ社での仕事のすばらしさを語り始めた。

「高齢化が進むのは、ニホンだけではありません、世界的に高齢者は増えている。高齢者が安心して暮らせ、働くための補助器具、日常生活を快適にすごすための物品、そして心身ともに健康でいるための医薬品。これらの開発が急務となっております」

うん、うんと頷く人々。そういった高齢者対応の商品や薬を今現在利用しているものも少なくないのだろう、腰痛対応のあの製品がよかった、あの薬は効かないなどというおしゃべりも聞こえてきた。

「我々がこれから従事するのは、そういった高齢者のための品々を開発し、よりよくするための仕事です。時には試作品のモニターとなり、時にはデータの収集と分析の作業を行う、高齢者でもできる高齢者のための素晴らしい仕事です」

「これは誰でもできる仕事ではありません、トンニチ社の退職者のなかから選抜されたもののみが、メディカルトンニチ社に入社できるのです。そうです、我々は選ばれたのです!」

「しかも全員に個室の寮が用意されています。家賃やアパートの更新にお悩みの方も安心して働き続けられます。しかも三食つき、必要とあれば掃除、洗濯のサービスもあるのです」

おお、特に男性社員からどよめきがあがった。

“妻に任せっきりだったから不安だったんだよ”

“俺なんて独身とはいえ、ずっと実家住まいだったからな。親父もお袋も具合が悪くなって、今度は俺が家事と介護だとか妹に言われてビクビクしてたが”

“親の面倒も一緒に見てくれるんだろう、凄いよな”

“素晴らしいよ、僕なんか息子の就職の世話もしてもらったんだ。ひきこもりでどうしようかと思っていたが、メディカルトンニチ社の他所の部署で働けるようになったんだ”

うれしそうに語るのは男性だけではなかった。

“年取ると料理とか、掃除とかだんだん億劫になってきて、今更息子夫婦といっしょってのも”

“娘だっておんなじ、いや娘のほうがきついわよ、やれ野菜が足りないだの、運動しろだの。総菜を買っても味が濃いと健康に悪いって言われるし、第一高いからやめなさいって説教されるし”

「さあ、今日から素晴らしい第二の人生のスタートです、メディカルトンニチ社のために一生懸命一緒に働きましょう」

ガスガス氏の演説が終わった。人々は今日から働く新しい部署に向かい、そして新しい住まいに帰ることになった、職場の隣の社員寮に。


「さあ、今日から社畜老人たちのご入所だぞ」

隣の中庭での入社式が終わったのを見届け、メディカルトンニチ社の寮職員の一人が寮のロビーの床にモップをかけ始めた。

「おい、おい、聞こえたらどうする。って、まだ来ないか新入老人社員様は」

「これから、各部署でモニターやるんだろ、介護機器のさ。それぞれのケースに最適の被検者が選ばれてるんだろう、ここに入社したものは皆そうさ。開発中の実験薬を服用する奴もいるらしいけど」

「選ばれたって言っても、要は数年後には介護が必要になること間違いなしの、家族にも同居を拒まれたオッサン、オバサンだろ」

「まあ、そうだろうな。再就職先もなく、働けず食べていけるほどの年金も資産もない。さらに予測では数年先に病気やら骨折やらする連中だ。おまけに頑固でプライドも高い、家事は苦手かできない。そのくせ素直にお財布にやさしいが質は低そうな施設になんて入ってくれそうもない」

「子供や孫にとってはこの先お荷物になりかねないって、だから家族も同意したんだろ、モニター規約にさ」

「ああ、あの“就業中および寮生活中の事故についての保証はなく、病気怪我の治療もメディカルトンニチ社の規定に従い行うことに同意します”ってやつ?要はどうなっても家族は文句言いませんってことだよな。独身が条件ってことで離婚したってケースもあるぜ。離婚補償金とかがもらえるって喜んだ元奥さんも結構いたらしい」

「そうだよな、濡れ落ち葉の旦那に張り付かれるより、気楽に一人で暮らしたいって、お袋の友達もいってたよ。独身のプライドばっかり高いお局オバサンの面倒みなくてすんでよかったといってた友達もいたよ。うちは親父が死んだし、親戚づきあいもあんまりないから関係ないけど」

「まあ俺んとこは夫婦でなんとかやってくれてるから、助かるよ。連れ合いは“子供の面倒見てくれるから、同居でもいい”っていってくれてるけどな。ガスガスみたいなモーレツ社員なら嫌がるだろうな、邪魔になるだけだし」

「たしかに、ああいうオヤジは嫌だけどさ。この扱いはちょっとさ。だって、いくらキレイごとを言ったって、実験体だろ、メディカルトンニチの社員はさ」

「なにしろ研究途中で安全性未確認の機器や薬のモニターだからな、つまりはあいつらで安全性を確認してるってことで。それだけじゃない、あいつらの親も介護の名目でいろいろ条件換えた施設に収容してんだよな」

「で、その研究成果で会社は利益をあげるってわけか。あいつらにパソコンでの書類仕事も営業周りのもう無理だしな」

「体力やら知力が衰えてるっていうのもあるけど、考え方が古すぎるんだってさ。いまだに取引先の女性部長とかアジア系、アフリカ系の社長とかに失礼な態度とったりするって本社の若手社員がいってたらしい。相手にニホン語がわからねえと思ってトンデモないこと言ったりして後でバレてさ」

「SNSとかで、余計なツィートとか写真上げて、犯罪行為とかグレーゾーンの卑劣卑怯なことをやらかしちゃったオッサン、オバサンもいるんだろう」

「それだけじゃなくイスラム教徒の新入社員に飲酒を強要しようとして、人事部長に羽交い絞めにされたらしいぞ、ガスガスは」

「え、あいつ部長とか言ってなかったっけ」

「あー、60歳で退職させられ再雇用だったんだよ、先々月で65になって。5年以上前に一年だけ部長。いや就活生になんかして半年足らずで辞めたんだっけ」

「それで再雇用できたのかよ、いいなあ、あいつらの世代はよ」

「そのころは政治家だったかの知り合いがいたらしいぜ。もっともそのお偉方も死んじまったらしいけどな」

「つまりは会社でも家庭でも粗大ごみ集団ってわけか、メディカルトンニチ社の新老人社員たちは」

「そだな、だけどプライドは高いから扱いが難しいんだよ。でもさ、会社には忠実っていうか、会社のためっていう口実になんでもするつもりの奴等だし」

「それで“選ばれた社員”といって実験体に志願させたってわけか、しかも再就職するから退職金も年金もなし。実験中事故があって死んでも仕方なし、病気になってもさらに新薬のモニターになるだけ。わ、言ってみたら、ほんと人体実験の被験者じゃん」

「そういうことだよ。この寮だって、食事は健康維持のための食事、介護のための食事を開発するためのものだ。各寮によって、栄養とか味付けとか微妙に変えてんだよ。部屋だって日当たり、温度、空調、配置もデータをとりやすいように作ってある。さらに、どれぐらいの頻度に掃除すればいいか、着替えをすればいいか、全部チェックしてるんだよ、最高級の介護のためにってな」

「逆にどれだけの酷さまで人は耐えられるかっていうのを調べる寮もあるんだろ、職員の質も最低って寮がさ」

「引きこもりが長い男性、特にコミュ障とかいうの、ああいうのをロクに訓練もしないで料理、洗濯、掃除、介護とかをやらせたら、どうなるかってさ」

「げ、間違えて喧嘩とかになって、どっちかが怪我したり、死んだらどうすんだよ」

「それも研究のうちっていうことなんだろ。なにしろ引きこもりも増えてる。社会復帰させないと生活保護が増えて大変。でも長年無職だった奴がやれそうで人手不足っていうと介護だっていうし」

「そうかもしれんけど、メディカルトンニチ社の社員の子供とかも結構入ってんだろ、寮の研修生に。親子で実験台かよ。下手すりゃ孫、子、親の三代だ」

「まあ、鉢合わせとかしないように配置はしてるらしいからな」

「でもよ、独身が条件だろ、離婚した奴って、わざわざそのために離婚したのか。そんなことするかね普通」

「普通じゃないんだろ。奥さんのほうが介護疲れに、引きこもりの子供に手が負えないってさ。ニートの兄貴は嫌だけど、母親は引き取るからって兄弟が言ったケースもあったな」

「リアルな現代家族像か、能無しなうえに癒し系の可愛いお婆ちゃん、お祖父ちゃんにもなれない奴等は家族からも捨てられるってことかよ。そんな連中の監督、管理、監視をやらなきゃならないとはね。はあ、気が重くなりそうだよ。でもこれも仕事がだからな」

「そ、俺らは寮の監督者として、社員の生活を監督、管理、監視して上に報告すんの。いい研究データとるためにさ」

「夜間外出もチェックだろ、まあ寮の規則ですっていえば従うだろうけど」

「従わなくたって監視カメラがあちこちにあるから行動は筒抜けだ。違反の常習者は健康を損なうのか、扱いにくい要介護者になるかとかも調べたいらしいし」

「第二の人生とかいってるけど、これじゃメディカルトンニチ社の実験台人生じゃん」

「いいじゃないか、本人たちは幸せそうだしな。もともと奴等トンニチ社の社畜だったわけだし」

「そうだな。寮完備の高齢者向けの楽な仕事なんて、そうそうあるわけないのに、勤めてた会社の推薦だからって飛びつくなんて、ほんと考えが浅いってか想像力ないよな」

「あいつらの同期って人で早期退職した人が言ってたけどさ、“積極的に老人を使うなんてないよ、裏があるさ、大企業様には”って、ほんとそうだよな」

「その人、田舎で起業とかした人だろ、退職前から入念に準備してたとかで、雑誌にのってたぜ」

「そういう才能とか、先見の明のない奴等なんだよ、新しく入った老人社員様たちは。会社に喜んで騙されてんだから」

ボーン、ロビーの柱時計が三時を告げた。

「さて、そろそろ入所者がやってくるぞ。部屋割りの表やら、食事のメニュー表やらスケジュールとか渡す用意しないと」

「ま、ほとんど無意味な社員研修とか受けてた連中だから大丈夫だろ」

「そうだな、第二の社畜人生の訓練を進んでやり遂げるんじゃないか」

と笑いながら話す二人。

 ロビーの入り口に人影がみえた。

「すみません、寮の入居手続きを」

希望に胸を膨らませ、初日の研修を終えたばかりの新老人社員が入ってきた。


結局、人間が使うものは最終的に人間がモニターにならないとうまくいかないらしいですね。とくに精神、脳関係の薬とか。使い勝手なども人間にきかないとわからないですし、お猿やネズミちゃんは返事をしてくれませんので。

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