飛んで火にいる夏の鶏
いつかは尽きる命――。
不死鳥のごとく永久に生きていたいのは、この世に生を受けた者すべての叶えられない望み。それが叶えられないのだとすれば、せめて記憶と意思だけでも残せないだろうかと考え、それを転生と呼んだ――。
だが、科学的に転生なんてありえない。今の生活がくだらないからといって、易々と次の人生へ移り変われるはずがないのだ。
死後の世界に「輪廻転生」があったとしても、生きている今、到底信じられないだろう。
……でも……。
そんな転生物語に憧れている俺がいる。
俺は……転生したいと願っている。
鳳凰のような鋭い眼光を持ち、千年以上の長い月日の流れを見守り続けたい。大きな翼を羽ばたかせて高く飛び立ち、大空から下界の様子を見下ろしてやりたい――。
だが俺は、その為になんの努力もしていない。火の鳥はその身を炎に焦がし燃え盛っている。永遠に消えることのない炎にまとわれている。
体に炎をまとえば、俺も不死鳥のごとく永遠に命の炎を燃やし続けられるのではないだろうか――。
――死ぬような努力をすれば、道は開かれるのだ――。
――今日は一月十五日。小正月。
ちょうどいいことに、目の前には「どんど焼き」の炎が立ち上がっている。ゴウゴウ音を立て、炎と煙が冬の黒く分厚い雲へと吸い込まれていく。
どんど焼きの所だけ丸く雪がどけてあり、その周りの積もった白い雪は踏むたびにギュッギュッと冷たく軋む音を立てる。時折、竹の節がパンッ! と大きな音を立てると周りからざわめきが起こり、小さい子供達は耳を塞いだり、親の後ろに隠れたりしている。
雪の上を裸足で歩かされたせいで、足には感覚がほとんどない……。
この世に未練などは――ない――。
一瞬の隙を見つけると、俺は決意を固め駆け出した――。
熱気が顔から伝わり息をするのも苦しい――。炎の揺らめきが近付こうとする俺を強く拒む――!
『貴様などに聖なる炎を汚させるものか――!』
炎の声が聞こえた――だが、俺は逃げない――。
――なんの努力も苦労せずに「鳳凰輪廻転生」など、ありえないのだ――。
――熱っ! 一気に体に燃え移り広がる炎に、たまらず悲鳴を上げてしまった。
――コケー!
「ああー! ダメだよコッコ!」
「まあ大変、水を掛けて! コッコが焼鳥になっちゃうわ(笑)」
ビシャ!
――冷てえっ!
「火の用心」と書かれた赤いバケツの水を掛けられると、白い羽に燃え移っていた火は一瞬で消え、黒ずんで臭い灰色の煙をシュ~っと上げる。トサカや顔面が少しヒリヒリする……。
翼をバサバサさせて掛けられた水を払い飛ばす。火も怖かったが……水も怖い。羽が濡れるから夏でも水を掛けられるのは大嫌いだ。
真冬に水なんか掛けられたら風邪を引いてしまう――。羽毛で包まれているとはいえ、こっちは真っ裸なんだぜ!
「バカなニワトリだなあ。自分から焼鳥になって酒の肴にでもなろうとしたのか?」
「ハハハ、焼き立ての焼鳥は旨そうだなあ」
紙コップの日本酒を片手に火を囲んでいるおっさん達が、わ――笑っていやがる――?
「飛んで火にいる夏の鶏だな。あ~冬の鶏だな、ハッハッハー」
「いやいや、ニワトリなんかよりも鴨の方が旨いよ」
「ちげーねー」
コケー! 上等だコケ~! やってやらあ、バカにしやがって! だいたい(笑)ってなんだ! 人が……いや、鶏が死ぬかもしれないって時によおー!
「大丈夫? コッコ……」
女の子に両手で掴まえられると、犬や猫を運ぶ「ポータブルケージ」に入れられるのだが……。
――なんで犬猫専用なんだよ! ニワトリ専用の可愛らしいポータブルケージがあってもいいじゃねーかよ!
つーかコレ、前に猫を飼っていた飼い主のお下がりだから――猫の匂がプンプンするんだよ! ニワトリが猫とかイタチとかが嫌いなのくらい知っているだろ? 猫の匂いが怖くて怖くて、毎回入る度に鳥肌が立つんだよ~!
コケ! コケ! 出せ! 出せ!
つーか、雪の降る神社なんかに俺を連れてきて、みんなの見せ物にするんじゃねーよ。そりゃあ、誰かが「焼鳥にして食っちまおうか」て言い出すに決まってるだろーが。
でもな、卵も産めずに毎朝四時半頃から鳴き叫ぶ雄鶏の俺にとってその一言は、――ぜんぜん冗談に聞こえねーんだよコケ~!
「もう大丈夫よ、コッコ」
コッコ……コッコ……コケー! はあ、はあ、はあ……、なぜ止めたんだよ……、俺の転生を……。
「コッコ、火は危ないから近付いたら駄目だよ。ここに入っていれば安心だからね」
……じゃあ、連れてくるんじゃねーよ――こんな危険な場所に!
「帰って一緒にお餅食べようね」
お餅……。
クチバシにまとわり付くから嫌いなんだよ――! カピカピになると取れねーんだよ! 上白米をくれよ、国産のコシヒカリを!
「うんうんよちよち。いい子ね」
……。
女の子がよいしょっと重たいケージを両手で抱え上げてくれる。ケージの中には半分に割れたビスケットと、小さな雪玉が入っている。
ビスケットを食べて、喉が渇いたら雪玉を食えってか……。
コーコーコー。
「うんうんよちよち、うんうんよちよち」
……。
……転生するのは……この子が大きくなってからにするか……。雪が降り積もる神社の階段は滑りやすいから……、
俺を落っことしたりするんじゃねーぞ。
読んでいただきありがとうございます!
どんど焼きでの火傷や火事には気を付けましょう。
※ペットを飼う場合は、責任をもって飼いましょう。
※ヒヨコに「ピヨちゃん」と名付けると、ニワトリになったときに後悔するので推奨できません。