表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の名前  作者: あお
7/20

嘘つきの末路は

 いつもの伊都の部屋。伊都とフーカは特にやることもなく、ゴロゴロとしていた。

「あー、課題のやる気が出ねぇ」

「そうやって言ってると、夏休みなんてあっという間に終わるわよ」

「分かってるけどさー、やる気出ねぇんだよなぁ。暑いしさ」

 伊都は、ゴロンと寝返りを打つ。

「……何か気分転換して、クールダウンしたら?」

「あ、そう言えば冷凍庫にアイスがあったわ。フーカ、取ってきてくれ」

「自分で行きなさいよ」

「頼む。今度どっか連れてってやるから」

「……はぁ、仕方ないわね」

 フーカは、ゆっくりとベッドから降りて、部屋を出ようとドアを開けた。

 だが、部屋の外は真っ暗だった。慌てて目を擦ってみるが、何も変わらない。

 フーカは後ろを振り返り、伊都に異変を知らせようとした。だが、先程まで部屋だったはずのそこには、何も無かった。

「え?……伊都?」

 フーカは、完全なる闇の中にいた。誰もいない。誰かいる気配すらない。ここはどこだろう。異世界にでも来てしまったのだろうか。

 彼女はひとりぼっちであった。そう考えると、途端に不安に襲われた。この状況をどうにかしようと、光を求め、彼女は歩き回る。すると、目の前に光を纏った人物が現れた。

 誰であろうか。よく見れば、姿かたちに見覚えがある。いや、そっくりだ。昨日、鏡で見た、彼女自身にそっくりなのだ。

「えっ、私……?」

 なんと、彼女の前に現れたのは、彼女自身であった。光に包まれた彼女は、フーカの顔を見つめ、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「嘘つき」

 そして、低い声でそう言った。

「……え?」

「嘘つきは、最後はひとりぼっちになる。だから」

 彼女は、フーカに顔を近づけ、耳元で囁いた。

「あなたは、ずっと、ひとりぼっち」

 その瞬間、フーカの立っていた地面は穴となり、彼女の体は真っ逆さまに落ちていく。

「きゃあああっ!」

 穴はどこまでもどこまでも続いており、いつまで経っても地面にはつかない。

 この先に待っているのは、きっと孤独の地獄だ。戻りたくない過去、思い出したくないあの時。抜け出したはずの、あの孤独の日々。

「いやだ、いやだ!」

 彼女は、空中で必死にもがいた。だが、そんなものは効くはずもなく、虚しくも体は落ちていく。

「いやだ、こんなの!」

 フーカは叫んだ。

「もう、一人はいやだ!!」


「っ!!」

 フーカは、突然目を覚ました。彼女の目に一番最初に飛び込んできたのは、見慣れた部屋の天井だった。

「夢か……」

 随分と、気味の悪い夢であった。夢の中で、もう一人の自分にいわれた言葉が、今も彼女の耳に残っている。


『嘘つき』


「嘘……」

 人は誰しも、他人に対して嘘の一つや二つはついているものだ。もちろん、フーカは現在進行形で伊都についている。自分は家出少女だという嘘を。

 本当のことを言う勇気はない。だから嘘をついた。しかし、嘘は嘘だ。いつバレてもおかしくない。分かっている。分かっているのだが……。

「…………」

 ふと壁にかけてある時計を見ると、もう九時を回っていた。彼女にしては、遅い目覚めである。

 こんな時間なのに、カーテンはまだ閉まっている。きっと、伊都もまだ寝ているのだろう。

 仕方がない。伊都を起こそう。フーカは伊都の布団をめくった。

「イト、もう九時よ。起き……」

 フーカは固まった。

「いない……」

 布団の中に伊都はいなかった。

「え、どういうこと?」

 フーカは焦って、部屋中を探し回った。しかしどこにも伊都はいない。

「イト? どこなの、イト!」

 その時、彼女は思った。

 そうか。自分より早く起きて、リビングで朝食をとっているのか、と。ならば話は早い。階段を降りてリビングに行けば、彼はいるのだ。

 フーカは、部屋のドアに手をかけた。しかし、彼女は開けるのを躊躇した。夢ではこのドアを開けたら、真っ暗だった。そこから、世界がおかしくなっていったのだ。

 ここは現実。そんなことはあるはずがない。分かってはいても、なかなか彼女はドアを開けられずにいた。

 もし開けたら、すべてが終わってしまうのではないだろうか。この平凡な日常も、伊都という存在も、全部失ってしまうのではないか。そう思うと怖くて、開けられなかったのだ。


『あなたは、ずっと、ひとりぼっち』


 あの声が蘇る。一人とは、こんなにも不安になるものだったのだ。過去を思い出し、フーカは震える。

「誰か、助けて……!」

 そして、祈るように彼の名前を呼び続けた。

「イト! 助けて!」

 部屋のドアが開いた。そこにたっていたのは、伊都だった。

「ただいまー。おー、起きてたのか」

 お気楽な声で、彼は言う。フーカは、咄嗟に伊都に抱きついた。

「おわっ! え、ちょ、どうしたんだよ」

「バカ!! どこ行ってたのよ、心配したじゃない!」

「いや、どこって、ちょっと出かけて……ちょ、痛いって」

 しかし、フーカは抱きついたその手を緩めない。もし緩めたら、消えてなくなりそうな気がしたからだ。

「……もう会えないかと思った」

「なんでだよ」

「分からない」

「もっとなんでだよ。あと、痛いんだけど……」

「このままがいいの」

「えー」

「お願い、もう少しだけ」

 伊都の温もりを感じたい。

 伊都の存在を実感したい。

 フーカは、こうしている事で、その思いが満たされていく気がした。

 私はひとりじゃない。

 彼女は確かにそう思った。



 しばらくして、フーカはようやく伊都から離れた。

「暑っつ」

「離れて第一声がそれかよ」

「だって、暑いんだもの」

「お前から抱きつきに来たんだろ……」

 すっかり、いつものフーカに戻っていた。

「で、どこへ行ってたの?」

「ああ、ちょっと買い物に」

「買い物?」

「まあ、その……渡した方が早いな」

 そう言うと、伊都は、持っていた袋をフーカに渡した。袋の中には、洋服が入っている。よく分からないまま、中を取り出して見てみると、青い格子柄のワンピースが出てきた。

「それ、やるよ」

「……え、私に?」

「おう」

「……なんで?」

「お前、あの古いパーカーの下に、いつも俺のお下がり着てるだろ」

「ええ、そうね」

「でも、母さんが、やっぱり女子用の服もあった方がいいって」

「……なるほどね。それで、お母さんに言われて、私に内緒で買ってきたと」

「そういうことだ」

 何とも伊都らしい理由であった。それでも、フーカは嬉しかった。自分の為に、彼がこれを選んで、わざわざ買ってきてくれたということが。

「ありがとう。大切にするわ」

「おう」

 フーカは、丁寧にワンピースを畳むと、ようやくカーテンを開けた。夏の日差しが、窓から差し込み、眩しさに思わず目を細める。

 空は、青く青く澄み渡っていた。これは、夢ではない。確かに現実だ。

 なぜそう思えたのかは分からない。だが、今いるこの世界は、本物だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ