たどり着いた答え
鬱蒼とした森。覆い茂った木々。舞子は今日も森を歩いていた。
毎度思うことなのだが、唯斗の家はなぜあんな所にあるのだろうか。落ちている枝のせいで足場が悪く、歩きにくいこと、この上ない。このせいで舞子は車を持っているが、この森の中へは乗り入れることができない。いつも森の入り口まで車で来て、そこから歩く羽目になるのだ。非常に不便である。
夏休みの間、可能な限り毎日通うとは言ったが、舞子は自分の発言を早々に後悔していた。あんなこと、言うんじゃなかった……。今日も暑い。それは、太陽が木に遮られている森でも同じだった。さすが夏である。
長い道のりを歩き、ようやく家に着く。息を切らしながらチャイムを鳴らし、唯斗が出てくるのを待つ。
しばらくして、ドアが開いた。
「今日も来たのか」
「何その言い方。毎日行くって言ったでしょ。来てあげてるのよ、こっちは」
「毎日来てて、その疲れようは呆れる」
「うるさいわね。あなたがこんなところに家建てるからでしょ」
軽く口論になりながら、舞子は家に入る。唯斗の所に通い始めて、約一週間が経った。彼女がわかってきたことは、唯斗の生活習慣と、彼といるとすぐに言い合いになることくらいである。自分は彼とは馬が合わないのであろう。舞子は、つくづくそう思う。
「で、今日は何をすればいいの」
「生憎だが、今日は本当に頼めることがない」
「…………」
「どうした」
「そういうことは、事前に連絡してって、いつも言ってるでしょうが!!」
実は度々こういったことがあった。そうなった場合、舞子は疲れ損である。だから、それを未然に防ごうと、互いに連絡先を交換し、唯斗に連絡するようにお願いしたのだ。
ただ、唯斗はいつも連絡を忘れるため、結局こうして当日に言われるしかなかった。仕方が無い。きっと彼も忙しいのだ。と我慢はしてきたが、今日はもう我慢の限界であった。
「これで何回目よ! 私だって暇じゃないのよ? これでも一応教師なんだから、やることが山積みなの!」
「なら、ここに持ってくればいいだろう」
「そんな簡単に持ってこられるような量じゃないのよ!」
「仕方ないだろう。頼めることがないのだから」
唯斗は悪びれる様子もなく、淡々と話す。それがまた、舞子の苛立ちを促進させた。
「もういい! 二度と来ないから」
「待て、それは困る」
それまで椅子に座っていた唯斗は、慌てて立ち上がる。
「協力してくれると約束しただろう。今のところ、私が信頼出来るのは、お前しかいない。だから、今いなくなられたら困る」
「だったら、ちゃんと連絡して!」
「…………」
「返事!」
「はい」
唯斗は、渋々返事をする。それをしっかりと聞いた舞子は帰り支度をし、玄関へ向かう。
「いい? 今度忘れたら、本当に二度と来ないから」
そう言うと、荒々しくドアを閉め、舞子は家を出た。まだ怒りはおさまっていなかった。
「はーっ、疲れた……」
その日の夜、舞子はようやく仕事のノルマを終えた。いつもの日課のはずなのに、今日は特に疲れていた。それもそのはず。舞子は今日、唯斗の家に行き、何もすることなく帰ってきたのだ。
「あのバカの家に行ったのは、本当に余計だったわ」
彼の顔を思い出す度に腹が立ってくる。
「……シャワー浴びよう」
今更一人でイラついていても仕方がない。舞子は、お風呂場に向かおうと立ち上がった。
その時、携帯のバイブがなった。何だろう。携帯を開くと、なんと、唯斗からメールが来ていた。よく分からないまま、メールを開く。
『夜分にすまない。ひとつ聞きたいことを思い出した。お前は、あんぱんは粒あん派か? それともこしあん派か?』
「……は?」
なんだ、このメールは。思わず拍子抜けしてしまった。こんなこと、わざわざメールしてまで聞くものだろうか。そもそも何のために聞いてきたのか。謎である。とりあえず舞子は、『こしあん派』と返事をした。まさか、初めてのやりとりがあんぱんの話題にになるとはとは思わなかった。またバイブレーションが鳴る。唯斗からの返信であった。
「早っ」
開くと、
『私もだ。気が合うな。やはり私たちは仲間だ』
「いや、単純すぎる」
こんな薄いつながりで、仲間だと言われたのは初めてだ。彼はいったいどんな人生を送ってきたのだろう。いやそれ以前にどんな人付き合いをしたら、あんぱんの好みの一致で相手のことを仲間と呼べるようになるのだろうか。
「……本当、謎だわ」
舞子は、今度こそシャワーを浴びようと立ち上がった。がその瞬間、携帯が震えた。
「今度は何よ!」
思わず携帯に向かって怒鳴る。
『今日は済まなかった。お詫びにと言ってはなんだが、私に出来ることなら何でもするつもりだ。この際だから、聞いておきたい。やりたいことは見つかったか』
「謝罪が後……」
なぜあんぱん云々を先にしたのか。優先順位がまるで逆である。舞子はこれにどう返信したらいいのか分からなかった。
舞子だって、伊達に二週間も通っていた訳では無い。毎日、ちゃんと考えてはいたのだ。舞子が、本当にやりたいこと、やるべき事、「あの子」が望むことを。
ある程度ひとつの答えにたどり着いたものの、果たして、この答えでいいのだろうか。不安であった。
『何が正解かなんて、分からない』
ふと、唯斗の言葉を思い出す。
そうだ。正解なんて誰にもわからない。この道が正解だと信じて、進んでいくしかないのだ。
舞子は、メールに返信をした。
『私は、これからも変わらずあなたの研究に協力するわ』
『本当にそれでいいのか?』
『私、分かったの。あなたに協力することで、私の目的も果たされるって。だから、これでいいの』
『お前の目的は、なんだ』
『私の目的は、立花久美子を守ること。もう、悲劇は繰り返させない。絶対にあの子のようにはさせないわ』
これが、舞子の出した答えだった。立花久美子を守ることで、あの子の弔いになると、彼女は考えたのだ。
『私も同じだ。互いに彼女を守ろう。これからもよろしく頼む、舞子』
唯斗からの返信を読み、舞子は携帯を閉じた。
「私、頑張るから。……だから、見守っていてね」
舞子は携帯を握りしめて、大切なあの子の名を呼んだ。
「――――――」