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青の名前  作者: あお
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将来の夢

 二学期の中間テストが終わった頃。面談が始まった。

 放課後に先生と進路や成績のことについて語り合わなくてはいけない。成績があまり良くない伊都には、非常に憂鬱な時間である。

 今日は伊都の番であった。担任である穂積のホーム、進路指導室の前で待っていると、中から穂積が出てきた。

「入っていいぞ」

「あ、はい」

 置いてある椅子に座り、穂積と対面する。進路指導室に来るのは、夏休み前以来であった。まだそれほど経っていないことに、若干のショックを抱きながらも、面談は始まった。

「霧野くん。君は、進学で考えているんだったね」

 確かめるように穂積は聞いてきた。

「はい」

「それで、志望校がここだったね」

 穂積は、パソコンの画面に、伊都の志望校の公式サイトを映し出した。そこは偏差値があまり高くなく、いわゆるFラン大学と呼ばれている所だった。

「まあ、はい」

「なんでここに行きたいんだ?」

 穂積は珍しい質問をした。いや、質問自体は普通なのだが、一学期の面談の時には聞いては来なかったのだ。

 なぜ、今なのだろう。不思議に思いながらも、伊都はこう答えた。

「俺がいかれそうなところって、そこしかないかなって」

 正直、そこに行ったからと言って、身になるかというと、そうは思わなかった。

 だが、仕方ないのだ。将来のためには、大学卒業という肩書きを得なければならない。母親からそう言われている。不本意でも、行くしかないのだ。

「なるほどね。……ところで霧野くん」

「はい」

「君には、将来の夢ってあるのかい?」

 予想外の質問に、伊都は戸惑う。

「夢は……特にないですね」

 そんなものは、小学校卒業と同時に捨ててきた。

「そうか、ないのか。正義感が強いから、てっきり警察官と言うものだと思っていた」

「そんな単純な……」

 というか、警察官に失礼では? 伊都は思ったが、

「いや、大抵は夢なんてそんなもんだ」

「そうですかね……?」

 いまいちピンと来ない顔をしていると、穂積はこう聞いてきた。

「じゃあ、好きなものはなんだ?」

「好きなもの?」

「なんでもいい。ぱっと思いつくのはなんだ?」

 うーん、と考える。ぱっと思いついたのは、フーカの顔だった。

 いやいやいや! とあわてて脳内から消す。

 しかし、それ以外がなかなか思いつかない。それもそのはず。この間、彼女と一年後の再会を誓ったものの、それから毎日毎日フーカのことばかり考えているのだ。

 まあ虚しくなるだけなので、それを誤魔化すように家ではひたすらゲームをしている。前は趣味だったゲームが、今や誤魔化すための道具になっているのだ。

「……あ、ゲーム」

 そうだ。ゲーム。ゲームをやっている間だけは、どんなにつらいことも忘れられた。考えてみれば、今までもそうやって乗り越えてきたのだ。

「ゲームが好きなんだね」

「まあ……はい」

「じゃあ、ゲームのことを学べる所に行くのはどうだ?」

「え、ゲームですか?」

「そうだ」

 考えたこともなかった。伊都は目をぱちくりさせる。

「えーと、ゲームプログラマーを目指せる所は……」

 穂積は、パソコンで大学を調べ始める。

「おっ、あったな」

 続々とヒットしたようだ。「ここなんかどうだ?」と、穂積は候補のひとつを見せてくる。

 そこは、隣町の私立大学。伊都も名前くらいは知っていたので、知名度はあるのだろう。写真を見ると、キャンパスも広い。設備も整っていて、評判も良さそうであった。

「……ここ、いいですね」

「お、気に入ったかな?」

「まあ、はい」

 サイトを見れば見るほど、伊都は、ここに行きたいという気持ちが高まってきた。

 続いて穂積は、「偏差値」というボタンをクリックした。そこに書かれていた数字は、伊都の前までの志望校のプラス二十ほどだった。

「……偏差値、やばくないですか?」

「そうだな」

「え、俺、無理じゃないですか」

「今のところはな」

「いや、今だけじゃなくて、多分これからも無理です」

「なんでだ?」

「だって、あと一年とちょっとですよ? 二十も上げるなんて無理ですって」

「でも、ここに行きたいんだろう?」

「そうですけど、でも!」

「じゃあ、大丈夫だ」

「何が!?」

「よし、面談終わり。帰っていいぞ」

「何も解決してませんけど!?」

「なんだ、新しい志望校が決まったんだぞ? 大収穫だ」

「いやそうじゃなくて!」

「大丈夫、大丈夫。君なら、行かれる」

「そんな簡単に……」

 本当にどこまでも楽観的な教師である。伊都は呆れた。

「大丈夫だ。だから、無理なんて言わない方がいい。人間は、出来そうもないことは、初めからやらないように出来ているからね」

 穂積は、満足気に微笑んだ。

「応援しているよ、霧野くん」



 伊都が進路指導室を出て行った後、穂積はしばらく椅子に座り、あの学会の日のことを思い出していた。

 あの日、伊都とその兄の唯斗が、命を懸けて立花久美子を救いに来ていたのを、穂積は知っていた。自分の役目を終え、客席側からこっそり見ていたのだ。見ていたと言うよりも、見ていることしか出来なかった訳だが。

 彼らは、本当に大したものである。立花久美子を助け、あの木下渡を警察に突きだした。

「まさか、あの霧野くんがねぇ……」

 夏休み前に問題を起こし、自宅謹慎になった彼とは、まるで別人のようである。人は、たったの三週間でこんなにも変われるものなのだろうか。にわかには信じがたいが、変われるのだろう。彼が証明してくれた。


『君が振りかざしたのは、自分の人生を棒に振るような、余計な正義感だったんだよ』


 あの時、何度でも木下に歯向かう伊都に、確か木下はこう言った。それは、かつて穂積が伊都に向かって放った言葉とよく似ていた。

 

『俺は、正しいことを言っただけだし、余計かどうかは、お前が決めることじゃない』


 伊都はそう返していた。それを聞いて、穂積はドキリとした。

 確かに、その通りである。人が勇気をだして懸命に振りかざした正義感に、何も知らない他人が、どうこう言う資格などないのだ。ましてや、余計だと言うなんて、もっての外である。

 穂積は、何だか申し訳ない気持ちになった。同時に、伊都は、本当にすごい生徒であると実感した。

 彼は、これから先、傍から見たらどれほど無茶なことでも、正義感と勇気と自信でやり遂げてみせるのだろう。だからこそ、他の大学に行くことを提案したのだ。

 彼なら、出来る。

 あれほどのことを成し遂げた彼なら、きっと。

 穂積は、椅子から立ち上がり、次の面談の生徒を呼びに行った。


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