表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の名前  作者: あお
17/20

ただいま

 あっという間に、休日となった。今日は土曜日。伊都は、部屋のベッドの上でのんびりとゲームをしながら過ごしていた。こんな休日は久しぶりである。

「暇だー」

 こんな言葉を吐くのも久しぶりである。

 夏休み前までは、暇な日なんて当たり前にあったのに、フーカが来てから消滅したのだ。まあ、彼女がいなくなりまた戻ってきたのだが。

「フーカ……」

 病院で鉢合わせた以来、見かけていない。彼女は今どこにいるのだろうか。

 この頃、気がつけば彼女のことを考えている。兄には好きだからだとか何とか言われてしまったが、ただ単純に心配なのだ。

 まあしかし、どうでもいい人に心配などしないから、兄のいうこともあながち間違ってはいないのだろう。認めたくはないが。

「うあー暇だー」

 もうそれしか言うことがない。その時、玄関のチャイムが鳴った。

「お、来たか」

 伊都は、ネットショッピングで漫画を注文していた。暇になったことで、ゲームの他に漫画にハマり始めたのだ。

「はーい」

 ベッドから起き上がり、部屋のドアを開けて、階段を降りる。ちなみに、いつも出てくれる母は、今入浴中だ。母は最近、「昼風呂」にハマっている。

 最も、自分の注文したものが知られるのは何とかなく恥ずかしいので、自分で受け取った方が良いのだが。

 玄関を開けると、立っていたのは、だいぶ小柄の配達員……ではなく、

「………え?」

 なんと、フーカであった。玄関先で、下を向いて何だか気まずそうにしている。

「と、とりあえず、入れよ」

 伊都は、条件反射で家に入れる。

「フーカ、なんでここに……?」

「……会いに来たの」

 フーカは、下を向いたまま、両手を握りしめた。

「ずっと、ずっと会いに来たくて、でも、私、この家勝手に出てっちゃったから、来る資格なんてないって思って」

 一生懸命話しながら、フーカはゆっくりと顔を上げた。

「でも、やっぱり会いたくて……来ちゃったの。ごめんなさい」

 フーカがそう言い終わらないうちに、伊都は彼女を抱きしめていた。

「えっ、イト!?」

「……良かった。俺、お前が出ていってから、もう一生会えないんじゃないかって思ってたから。良かった。会えて、良かった……!」

「イト……」

 フーカがいる。ここに、いる。その事実が信じられなくて、でも嬉しかった。

 彼女の温もりを感じていたい。

 このまま、ずっと。

「おかえり、フーカ」

 伊都は、彼女をより一層抱きしめ、そっと囁いた。

「ただいま、イト」

 フーカも大切そうに、彼の名を呼んだ。



「それで、今は田沢先生の所にいるんだ。なるほどな」

 ひとまず、フーカを家に入ってすぐのダイニングキッチンに通した。ダイニングテーブルの椅子の上で、向かい合って座り、伊都の知らない、フーカの「その後」の話を聞いていた。

「これから、少しあと片付けというか、やらなきゃいけない事が結構あって……だからしばらくは舞子さんのお家に居候かな」

「そっか」

「何だか、ちょっと残念そうな顔ね」

「はっ? いやいや、そんなことないぞ。安心してる顔だから、これ」

 フーカはクスクスと笑っている。

「クソっ……。大人の余裕見せやがって」

「あら、ようやく私のこと大人って認めてくれたのね」

「ま、まあなー」

 そんなもの、とっくに認めていた。

 今までどれだけ、時々見せるフーカの大人の顔に胸が高鳴っていたことか。

 自分の気持ちを誤魔化すために、あえて彼女を子供扱いしていたのだ。

「何もかも終わって、本当に自由になれるのは、早くて一年後かな」

 フーカはため息をつきながら、遠い目をして言った。闇研究者は、ひとまず消滅したが、この先また新たな困難が待ち受けているということなのだろう。

 突然、ダイニングキッチンの入口から黄色い声が聞こえた。二人で一斉に振り向くと、そこには、風呂上がりの母がいた。

「あ、お母さん! お久しぶりです」

「久しぶりねー! 元気だった?」

「はい、おかげさまで!」

 早速お互い、ハグをし合っている。そのあまりの速さに、伊都はただただ呆然と見ていた。

「ねぇ、フーカちゃん。またお家に来ない? すごく寂しがってるのよ、伊都が」

「母さん!」

「あら、本当のことでしょ。毎日毎日、フーカ、フーカって……」

 聞かれていたようだ。顔から火がでそうになる。

「ありがとうございます。でも、これからやることが山積みで、しばらくはちょっと、難しそうで」

「そうなのね」

「そういえば、さっき言ってたな。一年後がどうのこうのって」

「うん……。多分、激動の一年になるから、しばらくは会いにも来られそうになくて……」

 フーカは残念そうに下を向く。

「いいのよ。何年経ったって、私たちはフーカちゃんのこと待っているわ。いつでも帰ってきて」

「お母さん……。ありがとうございます」

 フーカは、「そろそろ行かないと」と立ち上がった。そのまま三人で玄関まで行く。

 靴を履き、フーカはこちらに向き直った。

「今までお世話になりました」

 フーカは深くお辞儀をした。

「……フーカ」

 玄関から出て行こうとするフーカを、思わず伊都は呼び止めてしまった。扉を半開きにしたまま、フーカが振り返る。

 まさか反応するとは思わなかったので、伊都はあわてて笑顔で、言葉を続ける。

「元気でな」

「………」

 フーカは、申し訳なさそうな顔で、視線を下に逸らした。そして、小さく「イト」と言った。

「私、帰ってくるから。必ず会いに来るから、だから」

「え?」

「だから、一年。待っていてくれる?」

 伊都の目をしっかりと見て、フーカは言った。最初に出会った時と変わらない、綺麗で、吸い込まれそうな大きな瞳である。

 願わくば、これから毎日、会いたかった。また、あの時のように一緒に暮らしたかった。

 でも。

「一年、だな?」

「うん」

「分かった」

 お互い笑顔でうなずいた。



 そう、これは永遠の別れではない。また必ず会えるのだ。だから、悲しむ必要などない。

 一年経っても、いや例え何年経っても、待ち続ける。

 いつか会える、その日まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ