ただいま
あっという間に、休日となった。今日は土曜日。伊都は、部屋のベッドの上でのんびりとゲームをしながら過ごしていた。こんな休日は久しぶりである。
「暇だー」
こんな言葉を吐くのも久しぶりである。
夏休み前までは、暇な日なんて当たり前にあったのに、フーカが来てから消滅したのだ。まあ、彼女がいなくなりまた戻ってきたのだが。
「フーカ……」
病院で鉢合わせた以来、見かけていない。彼女は今どこにいるのだろうか。
この頃、気がつけば彼女のことを考えている。兄には好きだからだとか何とか言われてしまったが、ただ単純に心配なのだ。
まあしかし、どうでもいい人に心配などしないから、兄のいうこともあながち間違ってはいないのだろう。認めたくはないが。
「うあー暇だー」
もうそれしか言うことがない。その時、玄関のチャイムが鳴った。
「お、来たか」
伊都は、ネットショッピングで漫画を注文していた。暇になったことで、ゲームの他に漫画にハマり始めたのだ。
「はーい」
ベッドから起き上がり、部屋のドアを開けて、階段を降りる。ちなみに、いつも出てくれる母は、今入浴中だ。母は最近、「昼風呂」にハマっている。
最も、自分の注文したものが知られるのは何とかなく恥ずかしいので、自分で受け取った方が良いのだが。
玄関を開けると、立っていたのは、だいぶ小柄の配達員……ではなく、
「………え?」
なんと、フーカであった。玄関先で、下を向いて何だか気まずそうにしている。
「と、とりあえず、入れよ」
伊都は、条件反射で家に入れる。
「フーカ、なんでここに……?」
「……会いに来たの」
フーカは、下を向いたまま、両手を握りしめた。
「ずっと、ずっと会いに来たくて、でも、私、この家勝手に出てっちゃったから、来る資格なんてないって思って」
一生懸命話しながら、フーカはゆっくりと顔を上げた。
「でも、やっぱり会いたくて……来ちゃったの。ごめんなさい」
フーカがそう言い終わらないうちに、伊都は彼女を抱きしめていた。
「えっ、イト!?」
「……良かった。俺、お前が出ていってから、もう一生会えないんじゃないかって思ってたから。良かった。会えて、良かった……!」
「イト……」
フーカがいる。ここに、いる。その事実が信じられなくて、でも嬉しかった。
彼女の温もりを感じていたい。
このまま、ずっと。
「おかえり、フーカ」
伊都は、彼女をより一層抱きしめ、そっと囁いた。
「ただいま、イト」
フーカも大切そうに、彼の名を呼んだ。
「それで、今は田沢先生の所にいるんだ。なるほどな」
ひとまず、フーカを家に入ってすぐのダイニングキッチンに通した。ダイニングテーブルの椅子の上で、向かい合って座り、伊都の知らない、フーカの「その後」の話を聞いていた。
「これから、少しあと片付けというか、やらなきゃいけない事が結構あって……だからしばらくは舞子さんのお家に居候かな」
「そっか」
「何だか、ちょっと残念そうな顔ね」
「はっ? いやいや、そんなことないぞ。安心してる顔だから、これ」
フーカはクスクスと笑っている。
「クソっ……。大人の余裕見せやがって」
「あら、ようやく私のこと大人って認めてくれたのね」
「ま、まあなー」
そんなもの、とっくに認めていた。
今までどれだけ、時々見せるフーカの大人の顔に胸が高鳴っていたことか。
自分の気持ちを誤魔化すために、あえて彼女を子供扱いしていたのだ。
「何もかも終わって、本当に自由になれるのは、早くて一年後かな」
フーカはため息をつきながら、遠い目をして言った。闇研究者は、ひとまず消滅したが、この先また新たな困難が待ち受けているということなのだろう。
突然、ダイニングキッチンの入口から黄色い声が聞こえた。二人で一斉に振り向くと、そこには、風呂上がりの母がいた。
「あ、お母さん! お久しぶりです」
「久しぶりねー! 元気だった?」
「はい、おかげさまで!」
早速お互い、ハグをし合っている。そのあまりの速さに、伊都はただただ呆然と見ていた。
「ねぇ、フーカちゃん。またお家に来ない? すごく寂しがってるのよ、伊都が」
「母さん!」
「あら、本当のことでしょ。毎日毎日、フーカ、フーカって……」
聞かれていたようだ。顔から火がでそうになる。
「ありがとうございます。でも、これからやることが山積みで、しばらくはちょっと、難しそうで」
「そうなのね」
「そういえば、さっき言ってたな。一年後がどうのこうのって」
「うん……。多分、激動の一年になるから、しばらくは会いにも来られそうになくて……」
フーカは残念そうに下を向く。
「いいのよ。何年経ったって、私たちはフーカちゃんのこと待っているわ。いつでも帰ってきて」
「お母さん……。ありがとうございます」
フーカは、「そろそろ行かないと」と立ち上がった。そのまま三人で玄関まで行く。
靴を履き、フーカはこちらに向き直った。
「今までお世話になりました」
フーカは深くお辞儀をした。
「……フーカ」
玄関から出て行こうとするフーカを、思わず伊都は呼び止めてしまった。扉を半開きにしたまま、フーカが振り返る。
まさか反応するとは思わなかったので、伊都はあわてて笑顔で、言葉を続ける。
「元気でな」
「………」
フーカは、申し訳なさそうな顔で、視線を下に逸らした。そして、小さく「イト」と言った。
「私、帰ってくるから。必ず会いに来るから、だから」
「え?」
「だから、一年。待っていてくれる?」
伊都の目をしっかりと見て、フーカは言った。最初に出会った時と変わらない、綺麗で、吸い込まれそうな大きな瞳である。
願わくば、これから毎日、会いたかった。また、あの時のように一緒に暮らしたかった。
でも。
「一年、だな?」
「うん」
「分かった」
お互い笑顔でうなずいた。
そう、これは永遠の別れではない。また必ず会えるのだ。だから、悲しむ必要などない。
一年経っても、いや例え何年経っても、待ち続ける。
いつか会える、その日まで。




