表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の名前  作者: あお
14/20

生きること

 学会から三日後。

 久美子は、唯斗の入院している病室の前にいた。

「………」

 あの日、伊都を庇って唯斗が撃たれた後、救急隊員がやって来て、彼は病院に運ばれた。

 彼は一命を取り留めたものの未だ意識が戻らず、昏睡状態であると看護師から聞いていた。と言うのも、久美子は唯斗の面会を要求したのだが、唯斗の親族ではない彼女の面会は拒否されていた。それでも彼の様子が心配だった久美子が、しつこく彼の容態を受付の看護師に聞いたところ、教えてくれたのだ。

 そして、今日、やっと許可がおりた。久美子は、意を決して病院の扉を開けた。

「!」

 そこには、たくさんの管に繋がれた唯斗がベッドに横たわっていた。覚悟はしていたものの、やはり実際に目の当たりにすると、心にくるものがあった。

「ユイト……」

 久美子がその場に立ち尽くしていると、すぐ後ろの扉が開いた。久美子はあわててそこを退く。

 振り返ると、そこに立っていたのは、伊都と伊都の母だった。

「フーカちゃん……」

 伊都の母は、驚いた顔をしていた。隣の伊都も、声を出さずとも驚いている。

 驚いたのは久美子も同じだった。何故彼らがここに居るのだろう、と思った。

 だが、直ぐに気がついた。唯斗が撃たれたあの時、伊都は必死に彼のことを「兄貴」と呼んでいた。つまり、久美子のことを匿ってくれた唯斗は、伊都の兄だったのである。このことは伊都たちには伝えていない。伝えなければ。でも。

「っ……!」

 彼をこんな風にしたのは、自分だ。その事実を久美子は伝えられなかった。

 久美子は、部屋から出て行った。「待って!」と伊都の母の声がしたが、久美子は止まらず、そのまま廊下を走った。

 なんで、自分ではなく、唯斗が撃たれなければいけなかったのだろう。それ以前に、どうして自分はいつも、周りの人を不幸にしてしまうのだろう。

 なんで。どうして。自問自答が止まらない。



  ――私なんか、いなくなればいいのに――



 久美子は夢中で走り、気がつけば屋上の扉の前に来ていた。そのまま扉を開け、外に出る。

 今日は快晴だった。抜けるような青い空。照らしつける太陽。眩しい、目が少し痛む。

 立ちはだかる柵の前で、久美子は立ち止まった。柵の間から下を見下ろすと、ちょうどお昼時だからか、病院を出入りする人は見かけなかった。今だ。

 大きく息を吐き、柵によじ登ったその時、

「やめなさい!」

 後ろから声がした。振り返ると、一人の女性がこちらに向かって走ってきていた。

 久美子はパニックになり、急いで柵を越えようと手を伸ばす。しかし、小柄な彼女には柵は高く、思うようには登っていけなかった。

 すぐに、先程の女性に、体を掴まれた。久美子は必死に抵抗した。

「離して!」

 だが、大人の女性の力は強く、結局そのまま引きずり降ろされた。

 降ろされたあと、久美子は女性もろともコンクリの床に倒れこんだ。なおも登ろうとする久美子を女性は必死に止めてくる。

「離してってば!」

「こんなことして、何になるのよ!」

「私が生きてたら、みんなが不幸になるの! だから、私は生きてちゃいけないの!」

「何言ってるのよ!」

「離して! 死なせてよ!」

「離すわけないでしょ!」

 しばらく久美子は抵抗していたが、やがて体力が限界を迎え、ついに、抵抗を止めて座りこんだ。肩で息をする。

 女性の方も、息を切らして座り込んでいた。

「なんで、止めるの……。私の事何も知らないくせに、なんで……」

「……何も知らないわけ、ないでしょ。むしろ何でも知ってるわ、立花久美子」

 知らない女性に自分の名前を言い当てられ、久美子は驚いた。

「私のこと、なんで……?」

「なんでって、そりゃ唯斗の研究手伝ってれば、分かるわよ」

「ユイト……? 研究って……」

 何故ここで、彼の名前が出てくるのか。久美子は分からなかった。

「……私、田沢舞子っていうの。その名前に聞き覚えある?」

 聞いたことのあるような気もしたが、モヤがかかって思い出せない。久美子は首を横に振った。

「じゃあ、田沢理恵の姉。それなら分かる?」

「理恵……!」

「やっぱり、分かるのね」

 舞子と名乗った女性は、ため息をつく。

「あなたには話しておきたいことがあるわ。……着いてきて」

 舞子は立ち上がって、すたすたと扉の方へ歩いていった。少し遅れて、久美子も着いていく。


 舞子の車に乗ること三十分。車は森の入り口で止まった。そこから森の中をしばらく歩き、一軒家にたどり着く。

「ここって……」

 紛れもなく、三年前に逃げ込んだ、唯斗の家だった。

 舞子は鍵で玄関の扉を開け、「入って」と久美子を呼んだ。聞きたいことが山ほどあったが、とりあえず彼女の指示に従った。

 中は、三年前とさほど変わっていなかった。棚の位置も、パソコンの位置も、テーブルの位置も、同じだった。

「私ね、ここで唯斗の研究を手伝っていたの。唯斗はあなたのことを救うんだって、頑張ってたわ」

 舞子は、棚から大量の資料を持ってきて、テーブルに置いた。資料はファイルに挟まっているものの、多すぎてはち切れそうである。

「唯斗から聞いたんだけど、あなた、三年前に、ここで匿われてるのよね?」

 久美子は小さく頷く。一体、彼女はどこまで知っているのだろう。

「だったら、これ、なんだか分かるでしょ? 不老者のデータ、あなたのデータ、闇研究者のデータ……全部、あなたを救うためのものなのよ」

「これ、全部……!?」

 三年前には、パソコンの画面でしか見たことがなかったが、まさか印刷してこれほどの量だったとは、夢にも思わなかった。

「唯斗はね、データを集めるために、闇研究者に仲間のフリをしてたの。あいつらから情報を聞き出していた。簡単に言えば、スパイみたいなことしてたの。だから、いつバレて殺されてもおかしくなかった。命懸けだったのよ」

「………」

「唯斗が身を呈して守ったおかげで助かったあなたが、自ら命を絶つってことは、唯斗が今までしてきたことが全部水の泡になるってことなの。だから、私はあなたが自殺するなんて、絶対に許さない」

 舞子が低い声でそう言った。

 彼女の言っていることは最もだった。それは分かっていたが、生きていたくない、という気持ちは変わっていなかった。

「……ユイトのことはわかりました。でもあなた自身は、私が生きていていいと思いますか?」

「何よ、いきなり。当たり前でしょ。私はあなたに生きて欲しいと思って、唯斗を手伝ってきたのよ」

「理恵を殺したのが、私でも?」

「何言ってるのよ。あの子を殺したのは闇研究者でしょう」

「いいえ、私です。私のせいなんです。私が逃げようなんて言ったから、理恵は……」

 久美子は、まだ理恵の死から立ち直り切れていなかった。もうこのセリフを言うのは何度目だろう。しかし、言わないと気がすまなかった。

「……違うわ。あなたのせいじゃない。あなたはむしろ、理恵を救おうとしてくれた」

「え……?」

「理恵はね、無理だと思ったら直ぐに諦めるところがあったの。多分、逃げようって言った時も、無理だって言ったんじゃないかしら」

 久美子は、頷いた。「やっぱり」と舞子は困ったようにほほ笑む。

「でも、あなたの説得で、理恵は逃げようって決心した。もう少し、頑張って生きてみようって、思ったのよ。だから、あなたには、感謝しているの」

 舞子は久美子に優しく笑いかけた。

「理恵を救おうとしてくれて、本当にありがとう」

 久美子は驚いた。まさか感謝されるとは思ってもいなかった。

「あ、そういえば、これ」

 舞子が、ポケットの中から、小さく折りたたまれた紙を取り出し、久美子に差し出した。

「学会に行く前、唯斗から、これをあなたに渡して欲しいって頼まれたの」

 久美子は不思議そうな顔をしながら、受け取る。そのまま紙を開いて中を見た。

「これ……!」

 しっかりとした文字で歌詞が書かれていた。一番上には『大丈夫』と書かれている。

 施設から脱出する前に、理恵からもらったものだ。そして、三年前に唯斗に預けた。理恵の死から立ち直るまで、預かっていて欲しいと、お願いをしたのだ。

「なんで、今……」

 今、渡されても困る。久美子は理恵の死から立ち直りきれていないのだ。

「さあね。まあ、細かいことは考えずに、読んでみたら?」

 舞子はそう提案した。久美子は歌詞を読んでみた。



『大丈夫』


 この部屋にあと何年いたらいいのだろう

 私はいつまでひとりでいたらいいのだろう


 誰かと一緒にいたくても

 誰かと話していたくても

 誰かと笑ってたくても泣いてたくても

 やっぱりそんな人はいなくて


 だから涙に埋もれてしまって声が出なくなるほど

 何も考えられなくて

 このままどこかに消えてしまいたいって

 そう思うこともある

 でも決して命は捨てないよ


 大丈夫 私はひとりじゃない

 そう信じて生きていくしかない

 だから涙なんかふいて

 いつものように笑ってみせるんだ


 随分遅くなったけど

 私にも友達ができたの

 これからの人生が楽しみね

 きっと待っているのはバラ色の日々


 あなたと一緒にいたいの

 あなたと話していたいの

 あなたと笑ってたいの 泣き合いたいの

 いつまでもずっと友達でいたいの


 きっといつかは夢が実現するって思っていた

 だから今は大切にしたい

 今、この時を

 今まで命を捨てたりしなくて諦めたりしなくて

 本当に本当に良かった


 大丈夫 私はもうひとりじゃない

 友達がそばにいるの

 だからもう涙は拭いて

 あなたに笑顔を見せる



 あなたと一緒にいたかった どこまでも

 あなたと話していたかった いつまでも

 あなたと笑っていたかった 泣き合いたかった

 あなたとずっと歩んでいきたかった


 きっと涙に埋もれてしまって

 声が出なくなるほど

 何も考えたくなくて

 このままどこかに消えてしまたい

 そう思うこともあるでしょう

 でも決して命を捨てないで


 大丈夫 あなたはひとりじゃない

 あなたを支えてくれている人がいる

 だからもう涙は拭いて

 いつものように笑ってみせて



「っ……!!」

 歌詞を読み終える前に、久美子は号泣していた。紙の上にぽたぽたと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 理恵は、分かっていたのだろうか。施設からの脱出は成功しないかもしれないことを。

 成功したとしても、いずれはお互い離れ離れで生きていくことになると思っていたのかもしれない。

 そうなったとしたら、久美子は絶望に打ちひしがれてしまうのではないだろうか。理恵はおそらくそう思い、久美子にメッセージを遺したのだ。



 ――決して命を捨てないで――


 ――大丈夫、あなたはひとりじゃない――



 生きなければいけないのだ。

 理恵の分も、今まで実験の犠牲となってしまった不老者たちの分も。

 命懸けで久美子のことを救おうとしてくれた、唯斗や舞子、何があっても最後まで守ってくれた伊都や伊都の母の為にも。

 自ら命を絶つということは、彼らを裏切ることになる。そんなことは、あってはならない。

 辛くても、苦しくても、前を向いて歩いていくことが、久美子に出来る、今まで支えてくれた人たちへの恩返しだ。

「……行かなきゃ」

 久美子は、涙を拭いて紙を大切にポケットの中にしまった。

「舞子さん、車で病院に連れて行ってくれませんか?」

「え? どうして……」

「会いたいんです。ユイトに」

 もう一度、彼の所に行きたい。

 先程は、唯斗に近づくことも出来なかったが、今度こそ、ちゃんと見舞いたい。久美子はそう思ったのだ。

「……分かったわ」

 舞子は穏やかな微笑みを見せた。まるで母のような、優しい優しい微笑みだった。



「じゃあ、ごゆっくり」

「ありがとうございました」

 唯斗の病室まで来た後、舞子は帰っていった。

 病室には、久美子の他に誰もいなかった。伊都たちは帰ったのだろうか。

 久美子は唯斗に近付いた。彼は、静かに眠っていた。そういえば、寝顔を初めて見た気がする。久美子のことを匿ってくれた時、いつも唯斗は久美子より先に起きて、遅く寝ていたからだ。

 初めて見る彼の寝顔はとても綺麗だった。

「ユイト……お久しぶりです。立花久美子です」

 久美子は、唯斗に話しかけた。

「私……あなたのおかげで、命を救われました。本当に、ありがとうございました」

「…………」

 もちろん、彼からの返事などない。

「……なんで、なんで私なんかを助けてくれたんですか。あなたが撃たれる必要なんて、どこにもないのに」

 気がつけば、久美子は跪いて、唯斗の手を握っていた。

 思えば、三年前、一年間ほど一緒にいたのに、久美子は彼の手を握ったこともなかった。そんなことをする必要はどこにもなかった。あの時は彼が生きて、動いていることなど当たり前だったから。

 だが、今目の前で生死の境をさ迷っている唯斗を見ると、触れたくてしょうがなかった。

「お願いです。どうか帰ってきてください。皆、あなたを待っています。だから……」

 彼にはまだまだ伝えたいことも、聞きたいこともたくさんある。

 久美子は、ただひたすらに祈っていた。どうか唯斗が目覚めますように。



 気がつけば、久美子は真っ暗な闇の中に立っていた。

「ここは……?」

 おかしい。先程まで病室にいたはずだ。こんな所は知らない。

「………」

 どこかは分からないが、とにかくここから出なければいけないと、久美子は思った。

 光を求めて、久美子は歩き始めた。しばらくすると、前方に白くぼやけた光が見えた。近付いてみると、どうやらそこには人がいるようだった。

「あのっ……!」

 声をかけると、その人はこちらに顔を向けた。

「え……ユイト?」

 そう。そこにいたのは、唯斗だった。彼も久美子をみて驚いていた。

「久美子……どうしてここに」

「どうしてって……気がついたらここに」

「……そうか」

「ここは、どこなんですか?」

「私もよく分からないが、多分ここは生死の境だ。私はずっとここをさまよっている」

 唯斗のその見解は合っている気がした。現に唯斗は、現実で生死の境をさ迷っている。

「久美子、私は撃たれたあと、どうなったんだ?」

 唯斗が聞いてくる。

「……救急隊員に病院まで運ばれて、三日間昏睡状態です」

「なるほど。ちなみに、木下はどうなった?」

「えっと……」

 思い出したくもないあの日。だが、久美子は必死に思い出した。

「確か……救急隊員と一緒に入ってきた警官に連れていかれたような気がします」

「そうか。それで、お前はどうだ? 怪我、しなかったか?」

「……大丈夫です」

 久美子が小さな声で答えると、唯斗はふっと安堵の表情を見せた。

「それは良かった」

 そして、上を見上げ、スッキリとしたように言う。

「もう思い残すことは無い。心置き無く逝ける」

「えっ……?」

 久美子は驚愕を顔に浮かべた。

「どうして、そんなこと言うんですか?」

「目的を果たせたからだ。お前を守ること、闇研究者の社会的抹殺、その両方が叶った。私は幸せだ」

 唯斗は依然として微笑んだままだ。まさか、先程、自分の状態を聞き、もう生きることを諦めているのだろうか。

「あとは、伊都たちに任せれば何とかなるだろう。それでは、元気でやれよ、久美子」

 唯斗が久美子に背を向け去っていく。いつの間にか、彼の行先には白い光が見えている。

 あれは、きっと天国への入口だ。唯斗はやはり、生きようとは思っていない。行ってしまったら、唯斗に二度と会えなくなる。

 そんなの、嫌だ。久美子は、気がついていたら言っていた。

「……あなたが幸せでも、私は、幸せじゃない」

 唯斗は振り返り、不思議そうな顔をする。

「なぜだ? もうお前は自由なんだ。それがお前の幸せじゃなかったのか?」

「確かにそうだけど……でも、こんなの違う」

 こんな結末、久美子は望んでいなかった。

「私が、私だけが助かったって、そんなの幸せじゃない」

 久美子は、やっと気がついた。

「いくら私が自由になったって、あなたがいなきゃ、意味が無い……!」

 久美子が望んでいたのは、伊都も、伊都の母も、誠も、唯斗も、大切な人たちが確かに存在している、平穏な日々だ。

「皆で、一緒に、笑い合うの」

 久美子は、唯斗を見つめた。

「それが、今の私の願いです」

「………」

「お願い。生きて、ユイト」

 もうこれ以上、大切な人を失いたくはない。

 久美子は必死で説得した。しかし、唯斗は浮かない顔をしていた。

 久美子は、不思議に思った。どうしてそんなに、生きていたくないのだろう。久美子と違い、唯斗は比較的恵まれた環境に身を置いている。現実に帰っても何も問題はなさそうだが……。

 その時、ふと久美子の脳裏にある言葉が過った。


『父さんがね、死んじゃったんだ。事故で』


 随分と前に伊都が言っていた事だった。確か、唯斗はこの事故のせいで、それまでの性格と正反対になってしまったと、伊都は言っていた気がする。

「……ユイト。お父さんを、亡くしていますね?」

 唯斗は、驚いた顔で久美子を見た。

「なぜそれを」

「前にイトから聞きました」

「………」

「あなたは……お父さんの側にいたいんですよね」

「!」

 唯斗は目を丸くした。どうやら図星だったようである。彼は、大切な人の側にいたいのだ。

「疑問に思っていたんです。なんであなたは、赤の他人の私なんかの為に、命を懸けてくれたんだろうって……」

「それは、研究者としての役割を……」

「もちろん、そうだと思います。でもそれだけじゃない。あなたは……お父さんの所に行きたかったんですよね。ずっと」

「………」

「あなたにとっての幸せは、お父さんに再開すること……。そうだとするなら、私に止める権利はありません」

 唯斗はしばらく黙り込んだ。そして、

「……久美子。お前は、どうして生きようと思ったんだ?」

と久美子に聞いてきた。

「え? ど、どうしてって……」

「差別を受けて、友人を亡くして、孤独になって……。不老者というだけで、数え切れないほどの苦しい思いをしてきたはずだ。生きることは、苦しいことをお前は知っている。なのに、どうしてお前は生きようと思うんだ?」

「……あなたが、くれた命だから」

 唯斗は、目を見開いた。

「舞子さんから聞いたんです。あなたは命懸けで私を救おうとしてくれていたって。私、すごく嬉しかった……」

 久美子は、唯斗に微笑みを浮かべ、ずっと伝えたかったこの言葉を放った。

「ありがとうございます。あなたと出会えていなかったら、今の私はなかった」

 そして、胸に手を当て、心臓の鼓動を聴きながら、

「この命は大切にします。私の命は、私だけのものじゃないって、やっとわかったから……」

「………ふっ」

 唯斗は、微笑んだ。

「?」

「そうだな。その通りだ……。私の命にだって、同じことが言える」

 彼は光の指す方向を眩しそうに見た。そして、

「もう少し、生きてみるか」

 そう呟いた。久美子は驚いて、思わず、

「本当、ですか……!?」

と聞いた。

「嘘を言ってどうする。本当に決まっているだろう」

 笑いながら、ため息混じりの声で、唯斗が返答する。

「そうですよね」

 久美子は笑顔を見せた。

「それじゃあ、現実で待ってます。私だけじゃなくて、皆、待ってますから」

「ああ」



「………はっ!」

 気がつけば、久美子は病室にいた。唯斗と手は繋いだままだった。

「夢……?」

 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。床に膝をつき、ベッドに寄りかかるような体勢で寝ていた自分に、内心驚いた。

「ユイト……」

 夢の中ではあるが、精一杯の説得はした。彼は目覚めてくれるだろうか。

「お願い……!」

 久美子は、彼の手をギュッと握りしめた。

 その瞬間。

「う………」

微かな声とともに、唯斗の手が反応した。

「ユイト!?」

 これは、意識が戻ったという信号なのだろうか。分からない。実際そんな場面に立ち会ったことなどないのだから。

 でも、きっとそうだ。

 久美子は、躊躇することなく、ナースコールを押していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ