ゴリラ
僕たちは座っていたベンチを後にしてゴリラを観に来た。なんでもイケメンゴリラが人気らしい。ゴリラの檻の前には沢山の人だかりができていた。みんなそのお目当てのゴリラが出ると一斉にスマートフォンのカメラを向けた。その様子はまるで芸能人の記者会見の様だった。ゴリラは顔を両腕で隠すと勢いよく隠れてしまった。
「イケメンも大変ですね」横塚さんが呟く。「そうだね……」と僕も呟く。「先輩も高校の時あんな感じでしたよね。先輩の朝練を観ているようです」確かにあれは嫌だった。面を取った後、いつも頭に巻いていた手拭いがずれていないかを考えるだけでストレスだった。イケメンにも誰しも悩みはあるのだ……。
「そもそも、君イケメンイケメンっていうけどイケメンってなに? 君にとってのイケメンて何なの?」その問いかけに横塚さんが気持ち悪く微笑んだ。さっきまでこの笑顔を可愛いと思っていた自分を恥じたい。「先輩それ聞いちゃいます? 正直私はあのゴリラのことを全然イケメンだと思わないんです。むしろ、テングザルの方がよっぽどイケメンだと思っていて……」
……嘘だろ!!
僕の脳内に稲妻が走った。
テングザルとはボルネオ島にいる固有種だ。その特徴はなんといっても大きい鼻でお世辞にもカッコいいとは言えないお顔立ちだ。
「先輩には言いにくいかったんですけど、引越しの時にいた同僚の方っていましたよね? あの人の顔がテングザルにそっくりで。先輩には申し訳ないんですけど……実はその……カッコいいなって思ってました」横塚さんが頬を赤らめてモジモジしながら話している。
あの当たらないこと有名なバイトの先輩の発言がまさかドンピシャで当たっていたとは……。
「ち、ちなみに僕の顔のことはどう思ってるの?」試しに聞いてみた。
「正直なところ、高校の時に先輩がカッコいいって言われているのがよく分かりませんでした。先輩は綺麗なお顔立ちだとは思うんですけど、お爺ちゃんちのフランス人形にしか見えなくて……あ! あの引越しの時も先輩が運んでくれたんですよ! 似すぎてもうおかしくって! 2人のまさかの共演に思わず手を叩いて喜んでしまいました!」彼女が思い出したかのように笑う。彼女のおもしろさのツボがわからない……。
あの時褒めてくれていたのではなく僕のことバカにしていたってことか! また、気付かずに騙されていたなんて!
自分が思っている事と人が思っていることは違っていることが多いという事を改めて思い知った。
しかし僕の美しさがわからないなんて目が悪いんじゃないか?「君、視力いくつ?」その問い掛けに横塚さんが間髪入れずに答える。
「2.5です」
アフリカ人か!!
どうやら目が原因ではないようだ。
人にはそれぞれ好みがある。
美しさの基準なんてだれが決めた訳じゃない。
自分が好きだと思えばそれが一番良いものなのだ。
「嘘です!1.8です」
それでも良過ぎだろ!!
彼女が僕を見た目で選んでくれてなくてよかった。僕も見た目のキレイな横塚さんよりも本当の横塚さんの方が好きだ。
「先輩、嘘が見抜けないなんて、抜けてるのは髪の毛だけにして下さいね!」
やっぱりかわいい横塚さんのがよかったかも……。
これから僕たちは本当の自分たち同士で向き合って行く。
帽子を取るのはまだ怖い。
でもいつか……
コンドルみたいにかっこよく生きてみたいものだ。