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知る

「今まで嘘をついていてごめんなさい。」

横塚さん改めヨコヅナは深々と謝った。まさか……そんな横塚さんがヨコヅナだったなんて!

驚きが隠せなかった。それにまずヨコヅナって本名じゃなかったのか……。過去の自分を恥じたい気分だった。

なんて自分は抜けているんだ。今までそんな大事なことに気付かなかったなんて。それにしてもどうして彼女は自分がヨコヅナだとすぐに教えてくれなかったんだろう? そして僕がヨコヅナだと気付いていないことについてどういう風に思って一緒にいたんだ? 彼女は僕のことをバカにしていたに違いない。

「君は僕が気付かなかったことを面白がっていたのか? どうしてすぐに言わなかったんだ。気付いていたならすぐに教えて欲しかった」そうしたらこんな辛い思いをしなくてもよかったのに……。

横塚さんはさも悲しそうな顔をした。「すぐに言おうと思いました。先輩が今こっちに住んでいるだろうとは思っていました。でもまさかあの引越しで会うなんて思わなくてビックリして……それに先輩も全然気づいてないからいつ気付いてくれるかと少し期待したところはあります。……決してバカにした訳じゃありません」

彼女は僕にアメリカに行くことも告げなかったし、アメリカから帰って来ていたことも知らなかった。あの頃から見た目が変わり過ぎていて分かる訳がない。これは僕が抜けているからどうこうの問題ではないのだ。

「先輩が納得いかないのはわかります。でも私の話を少し聞いてくれませんか? 勝手だということはわかっています。……でも、お願いです。私は先輩にどうしても伝えたいことがあるんです」

僕は黙った……。

恥ずかしさと怒りでどうにかなりそうな気持ちをぐっと抑えた。「聞きたくなかったら聞かなくてもいいです。ここに座っていてくれるだけでもいいです。でも、話が終わるまではどうしてもこのベンチに一緒に座っていて欲しいです。どうか、お願いします」僕は帰ろうか迷ったが彼女がどういう言い訳をするのか気になったのでひとまず彼女の言う通りベンチに座っているだけにすることにした。

「ありがとうございます。ここからは私のひとり言ですから、聞きたくなったら聞いてください。……まず、何も言わずにアメリカに行ってしまってすみませんでした。仲が良かったからこそ先輩にはどうしても別れを告げることが出来なかったのです。でも今なら分かります。アメリカに行くことも自分の気持ちもちゃんと先輩に伝えなければいけなかった。

アメリカに行ってから何も喉を通らずあんなに大好きだった食べ物が食べられなくなりました。先輩も知っていますよね?私がポテトやハンバーガーが大好きだったこと。あんなに大好きだったのにアメリカに行ってからは一度も食べませんでした」確かにヨコヅナはポテトやハンバーガーの類が大好きだった。よく秘密の踊り場に隠し持って来て怒ったことがある。怒られてもへこたれず持ってくるのでその情熱に僕が曲げられたくらいだ。

「どうしてもまた先輩に会いたかったんです。会って気持ちを伝えたかった。食べ物が食べられなくなって体重はあの頃の半分になりました。それから規則正しい食生活に加えて運動もするようになって眼鏡を辞めたら急にまわりの反応が変わりました。あの頃は友達なんて1人も出来なかったのに友達もたくさんできました。アメリカの生活はとても充実していてすごく楽しかったです。先輩がかつて言っていたような恐ろしいところではありませんでした。

でもいつも頭の片隅にはあの頃あの秘密の踊り場でふたりで話していた日々がありました。どんなに楽しくてもあの日々に変わるものはありませんでした」僕の知らないヨコヅナの話が流れていく。

「先輩が以前から志望していた大学は知っていたので一か八かでこっちの大学に入学することを決めました。こっちには祖父母の家があったのでそこから通おうかとも考えたのですが流石に遠かったので一人暮らしをすることになりました。その引越しで先輩に会ったんです」どうりで彼女の年齢からは祖父母程歳の離れているご両親だと思った訳だ。本当に祖父母だったのだから。でも、そんな偶然で僕達はまた出会うことになるなんて……。

「驚きました。そんな偶然がある訳ないと思いました。

でも嬉しくって先輩に「お久しぶりです!」と思わず声を掛けてみたんです。そうしたら先輩は「すみません。……人違いじゃないですか?」とはっきりとした口調で言いましたよね。

それで先輩が私の事を「ヨコヅナ」だと気付いてないんだとわかりました。少しショックを受けましたが、先輩が気づかないのならそれを利用させてもらおうと考えました」確かにそう言ったことは覚えている。でも、分かる訳がないじゃないか。

「私…先輩のことが好きなんです。だから、太っていた頃の私じゃなくて今の私ならもしかしたら先輩も私のことを好きになってくれるかもしれないって思ったんです」

なんて事だ! 僕はまんまとヨコヅナの作戦にはまってしまっていたわけだ。……待てよ。

今、僕のこと好きって言わなかったか……?

「私は自分に自信がなかったんです。先輩はそのことをよく知っていますよね。だから言えなかった。私なんかが先輩のことを好きっていうのは身に余ることだと思っていたんです。でも、言わなかったことをすごく後悔しました。だから私はあなたに会うためにここまで来たんです。私はずっとあの頃から先輩のことが好きでした。ずっとあなたに気持ちを伝えたかった。私はあなたのことが好きなんです。あんな風に後悔するくらいならもうどう思われたっていいです。本当に大好きなんです」彼女が僕に好きと言ってくれた。彼女からこんな風に思われたかったはずなのに今はもう混乱と戸惑いで訳がわからない。

彼女はずっと前から好きと言ったが、あの頃も僕は彼女に秘密を隠したまま過ごしていた。彼女は本当の僕の姿を知る前に僕のことを好きになっている。今のむき出しの頭皮を見たら本来なら幻滅するものじゃないのか?なぜ、好きというのかわからない。この頭を見ても本当に好きでいられるのか?昔の幻想をひきづって恋をしている自分にただ酔っているだけなんじゃないのか?

「君は僕のことを好きと言った。でも君の気持ちが信じられない。僕は君にずっと嘘をついてたんだ。昔も今もずっと僕は嘘つきだったんだ」僕は疑いの目で彼女を見た。「嘘なら私だって一緒です。先輩に好きになって欲しいから正体を隠してかわいい女の子を演じていたんです」彼女がはっきりした口調で答えた。「どうして僕のことがそんなに好きなのかわからない。僕はあの頃とは全く変わってしまった」僕はめげずに反発する。彼女は夢を見ている。恋にひとりで溺れて現実が見えていない。「先輩は昔から全く変わっていません。ずっと私の好きな先輩のままです」彼女の主張は変わらない。

彼女に僕の何がわかるっていうんだ。

僕の苦しみ、痛み、恐れ、絶望、孤独。その全部……全部を僕は誰にも見せずに隠してきたんだ。僕のことが分かるわけない。僕を理解したような口で話すな。僕は醜く変わってしまったんだ……。

張り詰めていた糸がプツッと切れた気がした。

「どこが変わってないって言うんだ!見てのとおり頭は禿げ上がっているじゃないか。そんな僕のどこに魅力を感じるんだ。僕だったらこんな男好きにならない。君は一体僕の何を見て好きと言っているんだ!」


横塚さんは大きく一つ溜息をついた…。


僕はハッとして我に返った。僕はなんて事を彼女に言ってしまったのだろう……。キャップのつば下から彼女の顔をちらっと覗いた。

彼女は少し躊躇した顔をしていた。

やっぱりそうだ。彼女は全然わかっていなかったんだ。僕のことわかる人間なんてこの世にいるはずがない……。

彼女は躊躇した後、一呼吸置いてまたゆっくりと話し始めた。

「私、知っていました。先輩が剥げているの。あの頃からずっと……」


「え……?」


僕は耳を疑った。

彼女は何を言っているんだ?

「知らないわけがないじゃないですか。今更何を言っているんですか。毎日あんなに近くで会ってて先輩の額が後退していることに気付かない訳がないです」


知ってた……? まさか…!?


「他の人たちはうまく騙せていたかもしれませんけど、私は気づいていました。気付いていたけど言わなかったのは先輩が隠していることも知っていたからです。」


ずっとうまく隠してきたと思っていた。

誰にもばれたことがないと思っていた。

まさか! そんな……知っていたなんて!

僕は驚きで頭の中が真っ白になった……。


「先輩は私に言ってくれましたよね。「太っているからって君のこと嫌いになったりはしないよ」って私はその言葉が本当に嬉しかったんです。見た目だけを理由にしてみんなから嫌われていたから……。でも、先輩は違った。私のこと見た目で判断しないで向き合ってくれた。あの時先輩は「君と僕は似てるから」って言ってくれたけど今ならその言葉の意味がよくわかります。私はあなたのこと見た目で好きになったんじゃありません。あなたがハゲだからって嫌いになったりしません。だって、私はあなたのことをよく知っているから……あなたの言葉やあなたが私にしてくれたことの全てを好きになったんです」


真っ白になった頭にもその言葉はよく響いた。

被っていたキャップ帽で初めて頭皮以外のものを隠した。

涙が止まらなかった……。

横塚さんが花柄のハンカチを僕に差し出してくれた。

どうして気付かなかったんだろう……。

このハンカチは今まで何回も見た事があったのに。

止まらない涙をハンカチで抑えた。

「悪いけど僕は横塚さんのこと完全に見た目に惹かれてしまったから……」まだ少し出そうな涙を堪えながら言う。

横塚さんは目を見開いて驚いた顔をした。そしてすぐにニコッと笑って「恋愛経験の乏しい先輩なんて正直チョロいと思ってました」お前も似たような経験値だろ! と心の中で突っ込んだ。

「でも、ヨコヅナのことは見た目じゃなかった。初めて会った時は本当に何とも思わなかった。でもいつもひとりでいる姿を見て僕に似ている人がいると思っていた。彼女の苦しんでいる気持ちを知る度に共感していた。彼女は気持ちの全てを僕に話してくれたけど僕にはその勇気はなかった。……だって、嫌われたくなかったから。彼女のことが大好きだったから「本当の僕」を話して嫌われるのが怖かったんだ」

彼女は優しく笑った。「やっと話してくれましたね。先輩の本当の気持ちが聞けて嬉しいです」その笑顔は横塚さんでありヨコヅナでもある。僕の好きなふたりの顔が初めて重なった。

「私、思ったんです。私たちって似た者同士ですよね。いつも人の目を疑って人にどう思われるかっていうことばかりを気にして恐がって……。でも、大事なのは「人がどう思うか」じゃなくて「自分がどうしたいか」じゃないでしょうか? 先輩の「自分がしたいこと」をこれから沢山聞いていきたいです。あの頃みたいにまたふたりで……」



僕は空を高く見上げた。

心が軽くなった気がした。


「僕がしたいこと」今はまだわからない。

でも今の僕ならわかる気がする。

だって、やっと本当の自分と向き会えたんだから…。

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