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街へのお出かけから少しして、ほとんど洞窟から出ることなく領域の改装や拡大を繰り返していた僕は、洞窟のある岩山の中腹辺りに開けたばかりの穴から顔をのぞかせた。
時間はいつのまにか夕方近く、村にある建物のてっぺんが森の上からちょこりとのぞいていた。
森の中でぽっかりと樹冠が空いているあそこが前に僕がつくってしまった広場だろうか?
足元の岩を外にせり出して腰掛けた。
こんなところから落ちたら怖いので、領域の維持を意識して使い続けながら。
「今度岩山の一番上から見回せる場所作ろうかな?」
そんな事を呟いた時だった。
広場を人影が横切っていくのが木々の隙間からチラリと見えた。
魔物や危険な動物がいる森の中で走っている。何かに追われてるのかもしれない。方角からして村の誰かだろう。
助ける、という言葉が頭に浮かぶが同時に何故?と心が返す。
幼い頃から僕をいじめていた子供達。魔法が使えるという事でどこか距離を置く大人達。
あれだけ期待されてたから、魔法使いになればみんなから褒めてもらえる。そんな事を考えていたっけ。
「ああ、結構、嫌いだったんだな。あの村」
今更な言葉を口から漏らし、僕は足元の岩を蹴り、宙へと身体を踊らせた。
五頭からなるオオカミの群れ、追われていたのは、父だった。
小さな光を弾けさせ、尻尾を垂らしてか細い声を上げながら逃げていくオオカミを見送って、振り返ると、僕と同じ色をした、見開かれた青い目と合わさった。
「しゅ、シュレイ?」
最後に見た時からちょっとだけ痩けた頰。服や、僕に差し伸べられた指先が土で汚れているのは畑仕事を終わらせてすぐに森に来たからなのかもしれない。
「よかった、無事で……」
そう言いながら、いつものように大きなゴツゴツとした手が僕の頭に置かれる。
「それ、僕の言葉」
人を見ても逃げず、群で広い縄張りを走り回るオオカミは、巣穴グマとはまた違った脅威だ。僕が来なくても追い払うことは出来たかもだけど、大きな怪我をすることになったかもしれない。
「心配した」
父の手に、少しだけ力がこもる。
「黙って出てって、ごめん」
そして、僕の職業の事やもう家には帰らない事を告げると、父はそうか、と頷いて少しだけ村と家族の話をしてくれた。
楽しい、嬉しい、そんな内容ばかりだったから、多分嫌なことや辛いことがたくさんあったんだろう。それはきっと、僕にも原因があるはずで、それでも、帰りたくなったらいつでも戻ってこいと、最後にそう言ってくれた。
家に一歩足を踏み入れた瞬間に押し寄せる安心感。
大きく息を吐いて、台所へと歩を進める。
「父さん、は、変わらなかった」
声は誰もいない洞窟内に響いた。
「そっか、心配してたのか」
鍋を棚から下ろして池へと向かう。
「僕が森にいるって内緒にしてくれるって言ってたし」
底のうかがえない池、下の方に作った部屋がここからでもはっきりと見えて綺麗だ。
「父さんだけなら、ここ教えてもいいかな?」
小さな音と一緒に鍋へと水を汲んだ。
うん、今日はちょっと豪華にしよう。
干し肉と干し野菜のスープと、砂糖と果物を使ってパンケーキ!
夕食を終わらせて日課になっている本の確認をすると、ちょっとだけ変わっていた。
シュレイ
クラス:ひきこもり
ランク:2
領域:自宅(洞窟)
クラススキル:領域操作Lv2、領域維持Lv1、内弁慶Lv1、領域同調Lv1
個人スキル:水魔法Lv4、土魔法Lv4、火魔法Lv4、風魔法Lv3
「あ、ランク上がってる。え、名もない洞窟が……自宅?」
大分居心地の良くなった僕の部屋を見回す。
台所、寝室、玄関、家として必要なものがそろったから変わったのかな?スキルも一つ増えている。
本によると領域と同調するらしい。……同調?
試してみても何が変わったのかよく分からない。作動させてるのかどうかだっていちいち本に聞いてみないとはっきりしない。レベルが上がったら何かわかるかもしれないから、そのまま使い続けて見ることにした。
それは、二度目の街からの帰りだった。
僕が街門から出る時に、冒険者っぽいおじさん達も少し遅れて出てきた。
あんまり魔法を使うところを人に見せたくなかったから姿が見えなくなるまで門の近くで待とうと思ったのに、何か話し合いを始めたみたいでいつまでたってもいなくならない。
しびれを切らして街道を歩き出すと、少し離れて後からついてきた。
僕のこと指差して笑ってるし、嫌な感じ。
長剣を持ってる男が二人、短剣と、小さな袋を腰につけてるのが一人、後二人は大きな荷物を背負ってる。
早足で進んでも平気な顔で付いてくる。
しばらくそれが続いて、ついに僕はしびれを切らした。
風をまとって浮き上がる。
振り返ると慌てたように駆け寄ってくる冒険者達。
何かわめいてるけど知るものか。
そのまま岩山まで飛んで行き、周りを確認してから家の前に降り立って、急いで岩の隙間から入り込むとようやく安心できた。
「なんだったんだろ、あの人達」
いつもと変わらない洞窟、ここに帰ってくるたびにもう外出したくないと思うけど、どれだけ節約して使ったって足りなくなるものは出てくる。
せめて野菜だけでもうちで作れるようにしたいな。前に買った種も部屋に置いたままだし、岩山のてっぺんをチョンと切って畑でも作ってみようかな?
水につけてふやかした干し肉を裂いて買ってきたばかりの葉野菜に上から散らしてサラダの出来上がり。
それとパン屋さんで買った保存用じゃない柔らかパンと屋台で売ってた肉と卵の煮込み。
日持ちのしないものをついつい買いすぎてしまうから明日中に食べきらないとね。
お腹をいっぱいにした僕は幸せな気持ちで寝床に入ったのでした。
その夜、ぞわり、と、皮膚の下で虫が這っているような感覚に飛び起きて、それが気のせいではなく続いていることに困惑する。
なんとなくだけど足先から這い上がってくる感じ。
気持ち悪いし怖いけど、非常に不快だ。心がざわつく。
何で?何が……僕の、僕に、許可も無く立ち入った?
内側から迫り上がる焦燥にたまらず部屋から飛び出すと、入り口で固まってる男達と鉢合わせた。昼間の奴らだ。
「あ、あいつだ!」
「ヘヘッ、ここならお空には逃げれないなぁ」
指を差す男、ニヤニヤと笑う男 。
僕は風魔法と土魔法で砂埃を巻き上げ、男達に叩きつけてやってから奥へと駆け出した。
小さな叫び声と怒号、少しして追いかけてくる音。
一直線に進んで突き当たりの壁を少しえぐって行き止まりを演出。
床には深い穴を空け、一見手前の床と同じに見えるように薄い土の膜を土魔法で維持する。
「あー、イッテェ 。砂が目に入っただろうがこのガキが!」
「もう逃げられないみたいだなぁ」
「おい、こいつは風の魔法を使う。油断するなよ!」
ランタンを持ったリーダーっぽい男がそう言って、明かりを高く掲げた。
警戒しながらにじり寄る冒険者?達がようやくその場所へ足を乗せた時、僕は穴の蓋を外した。
「気をつけろ!何か……」
そう声をかけて注意を促そうとしたリーダーごと、男達は崩れた床土とともに穴の底へと落ちて行く。
静まり返った家の中、僕はそおっと穴の縁に近づいて、底から何の音もしない事を長い間かけて確かめた後にようやく息を吐いた。
「はぁ〜、怖かった。何だったんだろ、この人達。街に出入りしてたから冒険者だと思ってたけど、人の家に勝手に入ってきたってことは盗賊団だったのかな?」