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この洞窟で暮らし始めて三日が経った。
朝起きて、適当に干し肉と野草、見つかれば木の実を食べて、後は洞窟を改良する。そんな日々。
「穿て!うがて、うがて〜」
適当に土魔法で壁や床に穴を開けて、領域操作で壁や柱、階段や小部屋を配置する。今の名もなき洞窟はこんな感じだ。
まずは入り口。
少し内側にえぐり抜いてから端に少し通り抜けられるくらいの隙間を開けて壁を左右から交互に二枚重ねてある。外側は近くの岩肌と同じような見た目にしたから近付いて入り口が見える方向から見ないとここに洞窟があるなんて分からない、はず。
そこを抜けると直ぐに落とし穴が仕掛けてある。深くて大きな穴で、表面は薄い岩の蓋。上を歩くくらいなら普通にできるけど飛び跳ねたり大きな獣が通ったりしたら蓋が壊れて落っこちる、と思う。
そこを抜けたら横に入り口と同じような二重壁があって、僕の部屋。本棚と草の敷かれた岩の箱、一応寝る所なんだけどなんか棺桶みたいに見える。
向かいには下に降りる階段があって、上と同じ方向に伸びる廊下。途中には左右に小部屋があるけど作っただけで何もない。それで進むと柱がいくつも並んだ広場と溶けない氷でできた壁がある。なんと!池の壁をこの一面入れ替えたんだ!!水の中から見てるみたいですっごく綺麗!
池はまだまだ深いみたいで底は見えなかったけど、上を見ると光が差し込んでるのが見えて、広場も遊びで作ってみたいろんな石の柱が神殿みたいだ。
特に使う予定もないけど黒、白、透明の柱が順序よく並んで十八角形。ちゃんと準備さえすれば三つの魔術の同時起動だって出来る。
領域操作のレベルも上がって3になった。特に何が変わったとかよくわからないけど、本によればより細かい操作が出来るようになったらしい。
「維持っていうのがよくわからないんだよなぁ」
『領域維持:変化を無効。魔力を消費して領域を維持します』
「別に何もしなくたって崩れてきたりしないし、何に使うんだろ?」
返事はない。自分で考えろって事なんだろうか?
「ま、いっか。ご飯採ってこよう」
朝起きて、家から出て食べられるものを探す。
帰ってきたら本を読んだりスキルや魔法で遊んだり。
最近は特に理由もないけど至る所に作った落とし穴の底に鋭くて長い、返しのある結晶を配置してみた。
もし獣や魔物が落ちたら上に上げるのも大変だし、燃やして処分できるように結晶は魔術的な意味を持つよう並べてある。
「ふふ〜ん、次は何を作ろうかなぁ」
残り少ない干し肉を食べながら、最近めっきりと増えた独り言を呟いた。
「あ、ご飯が心もとなくなってきたんだよね、どうしよ、ご飯ないとお腹空いちゃうし、どこかに買いに……行きたくないなぁ、何か動物、魔物でもいいから来てくれたら良いのに」
干し肉も底をついて二日目、ついに僕は外に出る決心をした。
溶けない氷の入った小さな袋を持って、森の中で水浴びと服の洗濯を済ませて一応は人様に見せられる姿になっている……と、いいなぁ。
よくわからないけど何処かには出るだろうと村の反対側へと向かって飛び上がった。
幸いにも小さな、それでも僕が育った村より少し大きいくらいの街が見えたから途中で風魔法を解いて歩いて向かう。街道の途切れるところには四人の番人がいる門が開いていた。
近づくに連れて足の動きが勝手に遅くなる。
四人ってことは遠くから見たけれど次第に何となくうつむきがちになって、今では僕のつま先を見ながらのそりのそり歩いているからどんな人たちなのかは窺い知れない。
「おい、止まれ!」
大きな声がかけられて、体がビクリと震えた。言われた通りに立ち止まる。
近づいてくる足音、その勢いに怖くなって体が動かない。
「あ、う……」
よくわからない声が口からもれて、
「おい!」
大きな声で怒鳴られたとたん、僕は後ろを向いて駆け出した。
「あ、お、おい!?こら!待て!!」
すぐに追いつかれて強い力で腕を掴まれる。
「っ!?ごめっ、ごめんなさっ!う、ふぇ……」
「お前、何泣いてるんだ、男の子だろう?男の子……だよな?」
存外優しい声に顔を上げると、父くらいの歳の男の人が困ったような顔で僕を覗き込んでいた。
怒ってはいないようだと少し気が楽になって、勇気を出して声を出す。
「う、あの。僕、食べ物をか、買いに、来まし、た」
「そうか、お使いか。偉いな、怒鳴って悪かった」
男の人は僕の頭を撫でると、掴んでいた腕を離して門を指す。
「通行証は……無さそうだな。あの門で名前を書いて確認したら通行料を払えばいい」
「あ、はい」
お金は持って無かったから代わりに溶けない氷を一つ渡して、多かった分は帰りにお金で返してくれるらしい。
門番の人たちは何を買いにきたのかとか、どこから来たのかとか聞いてきて、ここがいいお店だといくつかの場所を教えてくれた。指名手配の照合が終わった後でお礼を言って街へと入った。
昼過ぎなので人通りは少ない。少しだけ視線を下げて人にはぶつからないようにしながらまずは目に付いた魔具店に入る。
店内は明るくて、魔具というよりは出来上がった器具を売ってるお店みたいだ。
番台には眠たそうな顔のおじさんが一人で店番をしている。
「あの、これを売りたいんですけど……」
袋から氷石を三つ取り出して番台の上に並べる。
「……百オル」
おじさんはそう言って大きな銀貨を一枚取り出して置いた。
「あ、ありがとうございます」
銀貨をつまみ上げて袋に入れると氷石にぶつかって綺麗な音がした。これだけあれば買い物に足りるだろう。
魔具店を出て、門番のおじさんたちに教えてもらった店へと向かう。お店の人はみんな優しくて、沢山の穀粉や砂糖と塩の塊、香草も手に入った。
帰りがてら露店で干し肉と干し果物、近くの村から来たって言うおじさんが野菜と一緒に種も売ってたからそれも買う。
門の人たちに声をかけて無事に買い物が出来たことにお礼を言ったら、そのままだと持って帰るのが大変だろうと大きな布で包んでくれた。
「ほれ、釣りだ。通行料が百オルだから、百五十オル」
「ありがとうございます」
大きな銀貨1枚と小さな5枚を受け取って、僕は家路につく。太陽は傾いて夕方前の金色刻、森も岩肌も一面輝いている中、僕は風にのって飛び上がった。
久しぶりに人に会って色々疲れたから、早く帰ってご飯を食べよう。
その日の夕食は干し肉と野菜のスープ、穀粉を水で練って焼いた物、三粒の干しイチゴ。
マトモに味のあるものを口にしたのはいつぶりか、塩と香草で味を調える際に味見をしたけど、何でか勝手に涙がこぼれた。
イチゴは口にした瞬間にきゅぅっとすぼまる感じ。
食べものの大切さを切に感じた日になった。
もし、また今度、あんまり気は進まないけど街に行くことになったら、何か露天の食べ物でも買ってみようかな?