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 村の裏手にある森の中、以前僕が燃え上がらせてしまってできた小さな広場、そのすぐそばにあるチキの木にもたれて空を見上げていた。

 朝は綺麗に晴れ渡っていたのに止方からは次第に黒雲が迫っている。

「雨、降りそう……」

 だから、動かないと。

 気の抜けた頭に理由を言い聞かせ、ようやく僕は動き出す。

「村には、行きたくない、な」

 村の皆の視線が怖かった。

 街道にも、今は出たくない。ヒスが待ち構えているような気がして。

「森を抜けて他の村に行こう。けど、今は雨宿りできる場所、探さなくちゃ」

 僕は森の奥へと足を踏み入れた。


 わざと大きな音を立てながら茂みを踏み折り進んでいく。臆病な動物は逃げるし、知恵のある手強い魔物は警戒して近づいて来ない。街で教わった森の歩き方だ。

 人の住処に近い場所ならそれで十分安全らしい。

 ギシャァッ!!

 木の陰から飛び出してきた牙ネズミを蹴り飛ばし、文字通り尻尾を巻いて逃げていくのを見送って、その先に獣道らしきものがあるのに気づいた。僕一人なら余裕で通れるくらいの幅だ。

 イノシシか、イボウサギか、気性の荒い獣と硬い毛皮を持った魔物を思い浮かべたけれど、どちらにしても対処には困らない。僕は歩きやすいその道を行くことにした。


 それからは小さな魔物も現れず、道の終わりには少し開けた崖前の礫山、そして崖には人一人が潜れるほどの穴が空いていた。この獣道を作ったものの寝床だろうか?

 崖から崩れた礫や小石を踏み鳴らしながら穴へと向かう。途中、一度雲が切れた時にお日様が顔を出し、キラリと地面が光った。

「ん?これって……」

 つまみ上げたものは綺麗な六角柱をした結晶だった。小指ほどの太さのそれを手にしたまま砂利の中を探すとさらに一回り大きな結晶を見つけた。壁面を傾けて見ると、いくつもの横筋が入っている。

「溶けない氷だ!」

 半貴石で、装飾品にも使われる石だけど、溶けない氷、氷石とか呼ばれるこれの一番の使用法は魔具の核。街や都に行けばかなりの額で取引されている。

「ここでたくさん見つかれば、当分のお金の心配が……」

 そんなことを言いながら地面を探していた僕の目の前へポツリと雫が降ってきた。

 ぽつ、ぽつり、ぱたっ、ぱたたっ

 大粒の雨から逃れようと、僕は慌てて崖に空いた穴へと体を滑り込ませた。


 穴の奥は入り口よりも広かった。僕が両手を広げてもぎりぎり通れるくらい。

「小さな炎よ……」

 魔法の火を作ると、早速拾ったばかりの氷石の中へと入れてやる。即席のランプだ。

 照らされた壁は白石や黒長石の結晶でびっしりと覆われていた。まれに溶けない氷の結晶が鋭い切っ先を外側へと向けてくっついている。

 身体が触れないように気をつけながら奥へと進む。

 やはり獣の住処だったのだろう、独特の匂いを漂わせる枝葉を敷き詰めた寝床を見つけ、考えた。

 今は留守のようだけどいずれ戻ってくるだろう。それまでにここを離れるか、それとも戻ってきたところを追い払うか始末するか。

 ぴちょん

 寝床の先、急に曲がっているために伺うことの出来ない先の方で水音がした。

 氷石を前にかざしながら先へ進むと、急に天井が高く、横幅も広くなり、魔法の炎に照らされた水面がキラキラと輝いていた。

「湖、ってほどの物じゃないか、小さな池、でも、綺麗」

 ぴっちょん

 天井から落ちてきた雫が水面を揺らした。さっきのはこの音だったのか。

 少しの間池の前で立ち尽くしていた僕は、また響いた水音にはっと我に帰った。

 この穴の主をどうするか考えないと。

 くるりと身を返し、踏み出そうとした僕の膝がかくんと折れた。

「あ、あれ?」

 膝上に手を当てて立ち上がるけれど、どうにも力が入らない。

 確かにあまり外には出なかったけど、ここまで歩いただけでこんな風になるのはおかしい。

「変な物でも食べた……?」

 呟いてから、宿でヒスが持ってきてくれた食事を思い出す。まさか、あれにっ!?

 こんな時に魔物にでも会ったら、なんて考えが頭をよぎった時、

 グルルオォゥ!!

 遠くから、怒りをはらんだうなり声が届いた。

 こうなったらやれるだけやるしかないと、僕は洞窟を転ばないように、それでもなるべく急いで戻りながら炎を埋め込んだ氷石を片手で握り込んで魔力を流し込み、光量と持続性を上げたそれを曲がり角へと転がした。同時に口の中で呪文を唱えながら壁へ背中を預けるようにして様子を伺う。

 荒い呼気を吐きながら二足歩行の巨大な魔物が姿を現した。

 ゴフゥ、グルル……

 村の大人よりひとまわりは大きな体躯、前脚の爪は硬く、太く発達している。巣穴グマだ。

 用意していた風魔法を解いて他の魔法にするべきか?少し悩んだけれど、そのまま発呪を唱える。

「風刃」

 いくつもの風でできた刃が巣穴グマへと向かい、身体をおおう毛が飛び散った。

 ギャン!?

 驚いたような声、多少の傷は負わせたみたいだが、あの巨体では致命傷に程遠い。

 こちらに気づいたらしく、四つ脚をついて勢いよく走ってくる。

「炎爆!」

 丁度氷石へ差し掛かる直前、僕は叫んで石の中の魔力を一気に炎へと変換し、巣穴グマの腹の下で火の玉が爆散した。

 勢いでクマはわずかに浮き上がり、ずしゃりと地面へ落ちた。

 僕の足元を熱風が走り抜けていったけど、一瞬だったから火傷はしなかったみたいだ。

 それからしばらく様子を見たけれど、伏せった身体は動くことが無かった。


 巣穴グマを仕留めた僕は壁に背を預けたままずりずりとへたり込んだ。ゴツゴツしてるのに不思議と痛みを感じない。戦いの緊張のせいかな?

 多分しばらくほかの魔物が近づくことは無いだろう。巣穴グマの縄張りは狭いけど、その分侵入者への敵意は凄まじい。確実に居なくなったと分かるまで入り込むなんて事はない。それまでに薬の効力が切れてくれればいいんだけど。もしこんな状態で魔物の群れがやってきたら……弱気な考えにゆるゆると頭を振った。食事に混ぜられていたのなら血流にのる種類のはずだ。時間とともに体外へと排出される、と何かの本で読んだ。

 氷石は砕けてしまったし、もう一つを取り出すのもおっくうだったから、小さな炎を天井近くに打ち上げた。

 水を呼び出して口内を潤し、少し眠ろうかとまぶたを閉じていると、小さな水音のようなもの。目を開くと結構な時間がたっていたのだろう、洞窟の中は真っ暗だった。慌てて灯りをもう一度天井付近へと浮かび上がらせる。

 音の正体はスライムだった。

 にごった橙色のそれは光を嫌がるように身じろぎし、僕に気がつかれた事を理解したのか広がっていた身体を集め盛り上がらせた。

 壁を支えに起き上がり、スライムへと向き合う。魔法を放とうと片腕を前に突き出、そうとしたのだが膝がかくりと折れて横へと倒れこむ。

 同時に、

 ビタン!

 大きな音を立てて僕の顔があった辺りの石壁にスライムが張り付いた。

「炎よ!」

 スライムを見上げながら放ったそれは見事に着弾し、炎の塊になって壁から剥がれ落ちた。

「〜〜!?」

 慌てて地面を転がり難を逃れる。

 僕の体があったところでスライムの残骸が燃え尽きていった。

「あ、危なかった……」

 燃え残ったスライムを足先でつつくとコツリと当たり、橙色の小さな魔石が転がった。冷めてから拾うことにしよう。

 スライムは弱い魔物だから他の魔物と共生する事が多いって本には書いてあったっけ。じゃあもうここには本当に何もいないはず、だよ、ね?

 身を起こすのも辛くなってきて、僕はもう、どうにでもなれっ!とまぶたを閉じることにした。

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