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男性が同性に対して恋愛感情を抱いている描写があります。

苦手な方はご注意ください。

 アルシェン王国の辺都ジアールに付属する農村で、四年ぶりの子供として僕は産まれた。

 一番初めの記憶は僕よりも大きな子供達に追いかけ回されたり小突かれたりするもの。今になって思えばあれは、久しぶりの子供として大人たちに目をかけられていた僕への嫉妬だったのだろう。

 外に出たがらなくなった僕のために両親が与えてくれたのは一冊の絵本だった。冒険者達の英雄譚。何度も読み返して本が擦り切れる頃、畑で野菜の世話をする両親から離れて冒険者の使っていた呪文を唱えた僕の手から僅かな雫が滴った。

 村で唯一の魔力持ち、そう呼ばれた僕は定期的に街の神殿へと通う様になった。魔力の使い方を学び、何冊かの本を借りて家へと帰る。村の学校へ通える歳になってもほとんど家で本を読んだり、父の手伝いをしたり。その頃には畑への水やりは僕の役目になっていた。

 弟が産まれたのはそんな頃。試験の時だけ学校へ行き、隣街で魔法の勉強、畑への水やりと弟の世話、後は部屋で本を読む。学校ではよく年上の子供達に絡まれたけど、何故か一番初めに僕をいじめ出したヒスがかばってくれて、一応は何とかなっていた。

 それから時は流れ、今日は僕の誕生日、成人の儀で職業(クラス)を与えられる日だ。

 幼い頃から魔法使いになるのだろうと言われ続けてきた。両親も期待してくれている。きっと、街や辺都に出て仕事に就くことになる。

「いってきます」

「ああ」

「いってらっしゃい。ご馳走用意しておくから」

 寡黙な父と、上機嫌な母。最近はほとんど会話もなく、たまに僕を睨みつける様になった弟に見送られ、家を出た。


「……え?」

 聞き返した僕に、神官様は困った顔で、

「いえ、私もこんなことは初めてでして、しかしながら君の職業(クラス)は確かに『ひきこもり』です」

 そう、言った。

 聞き耳を立てていたらしい男が大声を出しながら外へかけていく。

「おい、シュレイの奴『ひきこもり』だってよ!クラスがひきこもり!!誰だよ魔法使いとか言ってた奴!」

 あざけりの笑いを含んだ喚き散らす声。きっと今日中に僕のクラスは村の人たちに伝わるのだろう。

「そ、それで、ひきこもりってどんなクラスなんですか?」

 声の震えを抑えようとして失敗する。

 神官様は気の毒そうな目で僕を見た。

「それが、聞いたことも見たことも無いクラスで、職業大全にも載っていなかったかと」

 神官様は奥の部屋に僕を招き入れ、職業大全と書かれた分厚い本を見せてくれた。様々なクラス、よく知られたものも、今まで聞いたことのなかったものも、中には覇王、凶星などというものもあったけれど、ひきこもりの文字はどこにも書かれていなかった。

 二年前にこの村へ派遣されてきた神父様は優しく僕に言った。

「力になれずすみません。クラスの詳細が不明なればこの先大変でしょうが、神はいつも君を見守っています。本がお好きだと聞いています。良かったら一冊差し上げましょう」

 僕は身も心も重くして、とぼとぼと家へと帰った。


 村門のそば、少し離れたところを囲んでいる魔物避けの壁をぼんやりと眺めながら、僕は途方にくれていた。指差し笑う声や奇妙な物を見るように向けられる視線から逃れるようにたどり着いた家で、僕を待っていたのは浴びせられた水と母の罵声だった。

 今までの苦労が水の泡だ、買ってやった本が無駄になった、閉じこもってばかりで手伝いもしない無駄飯食らい。怒鳴り声の陰で弟が暗い笑みを浮かべて僕を見つめていた。

 人の影すら避けるように重い荷物を下げながら走った。水を吸った服が気持ち悪く、走りながら火の魔法を使って乾かす。そうして、ほとんど人の来ることのない村門近くで、クラスがひきこもりになっても魔法が使えることに気づいて、それに安堵している僕が馬鹿馬鹿しくて、泣きながら笑った。


 ひとしきり泣いてしまうと残ったものはこの先どうしたらいいのかという不安。父の跡を継いで農業をする事をあの母は許してくれないように思えた。

 このまま村を出て、街や辺都でどんなものでもいい、仕事を探そうか?

 そんな事を考えていると壁の上に手がかけられるのが見えた。

 壁に唯一ある入り口は村門の反対側にある。たまに面倒臭がり屋はああやって壁をよじ登って近道して来るのだ。僕も街から帰ってきた時など、よく風魔法で浮かび上がって乗り越えていた。

「ぃよっと!」

 そう声を出して壁に上がり、目が合った青年に見覚えがあった。

「ヒス?」

「シュレイ!久しぶり……どうした?何かあったのか?」

 剣士のクラスを授けられたヒスはその日のうちに冒険者になると言って村を出て、それきりだったから四年とちょっと。

 ひらりと壁から飛び降りて、僕が門の鍵を開けると礼を言って入り、後ろ手でそれを閉めた。

 そして僕の頰に手を当てる。

「目が赤い、大丈夫か?」

 その言葉に、止まったはずの涙がまた溢れた。

「ど、どうした!?……俺でよかったら力になるよ?」

 ぎこちなく、それでも安心させるように肩へと置かれた手。僕はしゃくりあげながら今日起こった事を話した。

「そうか」

 クラスのことを聞いても馬鹿にせず、母の仕打ちを聞いて怒りをにじませ、最後まで話し終えた僕にヒスは言った。

「じゃあ、俺と来ないか?」


 家を追い出された僕のために村に一つだけの宿を取ってくれたヒスは食事をもらってくると下へ降りて行った。ベッドへと仰向けに倒れこんで天井を見上げる。今日1日でいろんなことがあったな。一本道だと思っていたものが急に途切れていた、そんな感じ。どこへ向かえばいいのか、ヒスと、そのパーティの人達と旅することで僕のやりたいことが見つかるといいな。

 食事を終え、旅先での出来事を聞いた。ヒスは優秀な冒険者らしく、拠点としている街でも名を知られるようになってきたという。

「でも、そんなところに僕が入ったら迷惑にならないかな?」

 不安に思ってそう言うと、ヒスはじっと僕のことを見つめた。その顔がゆっくりと近づいてくる。

「ひ、ヒス?」

 肩に手が置かれてゆっくりとベッドへと押し付けられる。

「どうしたの?眠くなったならさきにむっ!?」

 続きの言葉はふさがれた唇の奥に消えた。

 何が起きたのかと混乱している僕のシャツがヒスの手で引きちぎられる。

 解放された先には息を荒げて目をギラギラと光らせているヒスの顔があった。

「何、を?」

「大丈夫だ、はぁ、何も、何も怖いことは無いから、ふっ、はあ、はあ」

 何かを耐えるような顔でヒスが言って僕の体をまさぐった。怖い、何が起こっているのか、怖くてたまらない。

「大丈夫、すぐに気持ちよくなるから」

 その言葉に血の気が引いた。ヒスは、こいつは麻薬に手を出してる!?

 そう考えると本に書いてあった青い顔と底光りする目、荒い息、顔色は違うけれど他の症状は酷似している。多分旅に誘ったのは口実で、僕を薬漬けにして売り飛ばすつもりだ。

「嫌だ!」

 闇雲に手足をばたつかせるとヒスは一瞬身を引いた。その隙にベットから転がり落ちて目に入った僕の袋をひっつかむ。転がりながら起き上がるとヒスが伸ばす手をかいくぐって階段へと駆け出した。そのまま宿の外へ、村門の外へ、壁の外へ……

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