一時間小説書きチャレンジ その1
観葉植物の並ぶ通路を抜け、私はそこにたどり着いた。
高い天井、おしゃれなインテリアの並ぶ中、一際異様さを見せるそのコーナーのアイテムを、私はじっくりと眺める。
『異世界植物コーナー』
ここ数年爆発的な人気を誇る、異世界産の植物が並んだコーナーだ。
多種多様な植物が並べられている中、私はお目当てのものを探すため、端から順にみていった。
二往復したところで、中腰だった腰を伸ばす。小気味よい音が背中から響いた。
見つからない。
仕方なく私はカウンター近くで作業をしていた店員に声をかけることにした。
「すいません、異世界植物のバリビオン・サバサバッサを探してるんですが」
店員は振り返り、にこりとほほ笑んで「いらっしゃいませ」と答える。
「バリビオンですか……今結構人気ありまして、先週入荷したんですがすぐに売れてしまったんです」
「再入荷の予定はないんでしょうか?」
少々お待ちくださいと、店員はポケットから大きめのスマホ……タブレットを出して操作をし始める。
「ああ、ちょうど今日入荷する手はずになってますね。荷物届くのがいつもなら二時ころなので……あと三時間ですか。いかがしましょう? 取り置きしておきましょうか?」
私はそれをお願いすると、連作先を伝えて店を出た。
(なかなか良い店員だった)
気分よく街を歩く。三時間ほど空いた時間を、何か有意義に使いたいものだ。
あと一時間もしないうちに昼になる。私は早めの昼食をとることにした。
最近私のハマっているものに、異世界植物の栽培と、新しい飯どころの開拓がある。
今日も普段いかないような店で昼食をとることに決めた私は、スマホを取り出して近所の食事処の検索をする。
検索結果、80件。
……多くないか?
ここから半径五百メートルの内のどこに80件もの食事処があるのだろうか。
いや、よく見ればマップに表示されるピンのほとんどが一か所に集中している。
ビルの中に集中でもしているのだろうか?
とりあえず私はそこに向かうことにした。食べるものは行ってから考えれば良いだろう。
それはビルとビルの間に挟まれた、地下へとつながる階段だった。
階段の上の看板には『異世界食事横丁』の文字。
なるほどな。と、私は納得した。
ここ数年で爆発的に増えた異世界への入り口の一つなのだろう。それならばマップの表示が重なっているのも納得である。
「そういえば最近食ってなかったな」
異世界の飯どころは、当たり外れがデカい。当たり前なのだが、人間以外も通うような店で「おまかせ」なんて頼んだ日にはとんでもないものを食わされることもままある。
以前踏んだ地雷では大型のミミズの丸焼きが出たことがあった。しかも糞抜きが不十分で、とてつもない臭いに苛まれたことがある。
まぁ今回は色々な店もあることだろうし、比較的まともな店を選べば問題ないだろう。私はそう思うと、階段を降りたのだった。
がやがやと賑やかな喧噪の中を歩く。
通路には提灯やランプがそこかしこに掲げられ、いい雰囲気をかもしだしていた。
一つの店を覗いてみれば、カウンターに並んだ椅子に様々な人種……人種? 種族? が腰かけ、顔を赤らめて何か緑色の液体を飲んでは笑っていた。どうやら居酒屋のようだ。
こちらの時間はわからないが、日本はまだ正午を回っていない。ほかの店にしようとそこを離れる。
次に目に留まったのは日本風の暖簾だ。どうやら串焼きを出す店のようで、じゅうじゅうと小気味よい音とともに香ばしい匂いが通路まで漂っている。私はとたんに動き出した腹をさすると、つばを一つ飲み込んでその店にすることを決めた。
「らっしぇえ! お! 日本人のお客さんだね! 空いてる席に座ってくれ!」
元気よく挨拶を飛ばしてきたのは小麦色の肌のまぶしいショートカットの女給仕だった。耳の上あたりから後ろむきに角が二本ずつ生えている。なんという種族かはわからないが、顔はまだどこか幼さの残る可愛らしい顔だった。
とりあえず両脇の空いている適当な席に座る。給仕は他の客にジョッキに入ったビールかエールかを配ると、腰からメモ帳を取り出し、さっそく私に近寄ってきた。
「お客さん、うちの店は初めて? うちは見ての通り串焼き屋だよ! コメもあるよ!」
「それはありがたい。何か昼飯にちょうどいいのを頼むよ」
そういって彼女に小さな銀の粒を渡す。
「そっちは今お昼なんだね。わかった! ちょっと待っててな!」
銀の粒を握りしめて、彼女はカウンターの奥に引っ込んでいった。そこで私は飲み物を先に頼むべきだったと気づく。異世界の飯どころでは最初にグラスに入った水が出されることは稀なのだ。
手持ち無沙汰にスマホを取り出すが圏外。ここはまだドコモもアンテナを出してないらしい。
ぼんやり焼き場の店員が焼くのを見ていると、「ここ、いいか?」と声をかけられた。
振り向きながら「ああ、どうぞ」と言いかけて、私は言葉を失った。
そこにいたのはとんでもない美人だった。
エルフ。そんな単語が脳裏に浮かぶ。
「ありがとう」と丸椅子の上に身を滑らせるように座り、彼女はカウンターの向こうに「ダンナ。いつものね」と声を投げかける。何かを刻んでいた主人がこくりとうなずくと、一つ息をついた。その姿すら絵になるな、と私は思った。
「何か?」
問いかけられて、自分がじっと相手を見続けていたのに気づく。慌てて「申し訳ない」と一つ頭を下げた。
「ああ、もしかしてニホンジンか? エルフは珍しいだろう」
鈴のような声。一つ微笑みを向けられて、私は自分の顔が熱くなるのを自覚していた。
「え、ええ。テレビでしか見たことがなかったもので」
そうか。と彼女はまた一つほほ笑む。「最近はそちらの世界に興味を持つものも増えてね」
「そうなんですね」
無難な返ししかできず、自分のコミュ力の低さを嘆いた。いや緊張のせいもある。
「おまたせー! 串焼き定食とレモン水だよ!」
ちょうどそこへ先ほどの店員が料理をお盆に乗せてやってきた。お盆ごと私の前に置くと、おかわりの際は声をかけてくれと言って踵を返そうとした。
「やあ、サリー。久しぶりだね」
それを止めたのは、隣に座ったエルフだった。サリーと呼ばれた店員は一瞬きょとんとするが、何か気づいたようで、
「ああ! 誰かと思えばルールーさん! ひっさしぶりだねー!」