旅立ち
老人が旅に出る朝、サヤも一緒に家を出た。
母が、チーズやパンの入った袋をサヤに背負わせると
『気を付けてね。龍運がありますように』
と、抱き締めてくれた。
そうして、父の形見の剣を持たせた。
『父さんも守ってくれるよ』
兄は、ぶっきらぼうに
『老師に迷惑かけるなよ』
と、言った。
『行ってきます!』
サヤは、2人が見えなくなるまで手を振っていた。
修行が出来る!
絶対に魔法使いか、魔女に逢って、弟子にしてもらうんだ!
私が魔女になったら、ドルフ兄さんにバカにされなくなる。
サヤの足取りは軽い。
おじいさんも、歳の割りには、しっかりと歩く。
旅をしているからかな?
サヤの村が見えなくなった頃、遠くに、森が見えてきた。
森の北側には、お城の高い塔が見える。
『あの森を抜けて行く』
『私、森って初めて!』
サヤが、ワクワクした調子で話すと
『10日だぞ』
『?』
『森を抜けるに10日じゃ』
えっ?10日?そんなに?
て、事は、食料は、森だけで無くなるかも。って事?
野宿も10日って事?
サヤは、改めて、自分の甘さに気がついた。
でも、知らない世界を見たい気持ちの方が勝っている。
森までは、1日半かかった。
森に入ると、老人が言った。
『ワシが道案内をするから、ワシの前を歩きなさい。
ほら、キョロキョロしてると、木の根につまずくぞ』
サヤは慎重に歩いた。
時おり、鹿やウサギが出てくる。
その度に、動物の名を聞いた。
夜は、太い木の根を枕にし、昼は、ひたすら歩いた。
何日歩いても、誰とも会わない。
『誰もいないね』
サヤが言うと
『修行した者は、帰りは南の山の向こうを通るからな』
老人が、南の方角を指差した。
しかし、深い森の中。
山は見えない。
が、森に入る前に、南に、高い山の山脈があるのを、サヤは見ていた。
『山の向こうには、町が2つある。
土産物屋もあるし、賑やかな町じゃ』
『じゃあ、その町の人達は、この森を通らないんだね』
『そうじゃ。しかし、距離は同じくらいじゃがな』
一週間も森の中にいると、サヤは、色々な楽しさを見つけられるようになっていた。
鳥と一緒に歌い、踊るように軽く、木の根を越える。
そうして、とうとう森を抜けた。
『空が広い!』
サヤは両手を広げて、空を見上げた。
と、その時、ひゅうっと、冷たい風。
『寒っ』
『龍の首からの風じゃ』
『西にあるっていう、龍の首?』
『そうじゃ。遥か向こうを見てみい。
白い土地が見えるじゃろ。
雪と氷の土地じゃ』
そう言いながら、老人は、龍の首とは反対の方へ歩いていく。
『えっ?そっち?』
サヤが、老人のマントに手をかけると、老人は、ビックリしたように振り向いた。
『あそこは雪と氷と言ったじゃろ。
暖かいマントが必要じゃ。
今のワシ等じゃ、入った瞬間凍ってしまうわい』
『あ、そうか』
サヤは、老人と、最初で最後の町に入った。
町は、城下町みたいに広いが、売ってる物が違う。
キョロキョロするサヤ。
小さな宿屋に入った。
すると、中から、下男らしい男が出てきた。
『おや、じーさんじゃねえですか。
久しく来てくれなかったから、死んじまったかと思ってましたぜ』
『まだ、ワシは死なんよ』
この宿は、老人の知っている宿屋らしい。
『おや?その子はお孫さんかい?』
『いや、知り合いの子じゃ。この子に部屋を』
『へえ。じゃあ、食事もお持ちしましょう』
『サヤ、ワシは用があるでの、ゆっくり部屋で休みなさい』
『はい』
サヤは、下男に案内されて部屋に入った。
広さは、自分の部屋くらいだが、ベッドはフカフカだし、浴室もある。
少しして、食事が運ばれてきた。
野菜スープ、パン、チーズ。
家と同じようだったが、香辛料が違うのか、初めての味だった。
『チーズは、私の作るのが一番ね』
サヤが、自慢気につぶやいた。