少女と老人
魔法使いになりたい。
少女は、靴屋の息子の旅立ちを視てから、毎日、『魔法使いになる修行に行きたい』と思っていた。
少女の名は『サヤ』
夏に13歳になったばかり。
男の子なら、今すぐにでも修行に行くことが出来る。
何故、女の子はダメなの?
サヤの友達や、まわりの女の子達は
『修行って、野宿とかでしょ。そんなのするより、お金持ちと結婚したいわ』
『魔女って、歳を取ると、鼻が曲がるのよ。そんなの嫌だわ』
などと言う。
母さんも
『サヤは、もっと幸せになれる子』と言う。
お金持ちと結婚しろという事に違いない。
魔女は本当に悪者なのだろうか?
昔話で聞いた話では、昔は魔女もいたらしい。
しかし、悪い魔女がいて、その魔女の末裔が、北の土地にいるという。
以来、魔女は、悪者と言われるようになったとか…
『どこまで本当だか分からないな』
サヤは思った。
サヤには知らない事がたくさんある。
この国もそうだ。
龍が、城の奥で、国を守っているのは誰もが知ってある。
でも、自分は、たまに買い物に行く城下町と、自分が暮らす、この村しか知らない。
他の町も見てみたい。
サヤは、そんなことを思いながら、乳絞りをしていた。
サヤの家には、雌牛が2頭。
どちらも、よく乳を出してくれる。
それでチーズを作り、月に一度、城下町に売りに行く。
サヤの作るチーズは美味しいと評判で、いつも完売。
そうして得たお金で、必要な物を買って帰る。
『サヤ』
母が呼んでいる。
『は~い』
『それが終わったら、こっちを手伝っておくれ。今夜は老師がお見えになるよ!』
そうか、今日は新月か。
毎月、新月に、老師と呼ばれる旅のおじいさんが来る。
数日間泊まり、また、旅に出る。
サヤが家に入ろうとすると、家の脇で薪を割っていた兄のドルフが
『薪をもっていけ』と、声をかけてきた。
サヤの家には、母と、4人の兄がいる。
父は、魔法使いだったらしいが、サヤが産まれてすぐに亡くなっている。
4人の兄のうち、3人は大魔法使いの弟子で、後継者とも噂されてると聞く。
修行以来、ずっと、大魔法使いの側にいるので、一度も帰っては来ない。
たまに手紙が届く程度だ。
一番下の兄のドルフは、頭は良いが、力が無かったらしく、今は、村長の右腕として働いている。
夕飯が出来上がる頃、おじいさんがやって来た。
フードのついた、古いマントを壁にかけると
『いつも、旨そうな香りじゃ』と、笑顔になる。
そうして、母さんに
『今月の食事代じゃ』と、お金の入った袋を渡した。
『いつも申し訳ありません』
母が頭を下げると
『何、ワシは、この家の亡くなった主の師だからな』
と笑う。
『おじいさん、師はお父さんでしょ!
おじいさんは、魔術師!』
サヤがツッコみを入れる。
『バレたか』
おじいさんが、ホッホッホッと笑った。
おじいさんは、魔術師なのに、母さんや兄さんは、尊敬の念があるのか『老師』と呼ぶ。
老師は、魔法使いに使う言葉なのに。
夕飯後、暖炉の前の椅子に座るおじいさんに、母が話始めた。
『サヤが修行に出たいと話してるんです』
『ほう?女子のお前がか?』
おじいさんがサヤを見る。
サヤは、うなずき
『色々な所を見たいの』と返した。
おじいさんは、しばらく、長い髭を撫でていたが、懐から、小さな水晶を出して、サヤの手に乗せ、何やら呪文を呟いて、水晶をまた、懐にしまった。
『サヤ…一緒に行くか?』
『えっ?』
『4~5日したら、また旅に出る。その時に、サヤも修行に行ってはどうかな』
『老師!』
母が叫んだ。
『この子は…』
ドルフが
『老師、私もついていきます』と言うと、老人は
『お前は、ここを守れ』
と、ドルフに、静かに話した。
『いいの?』
サヤは天にも登る気持ちだった。
老人は笑顔でうなずき、母と兄は、ため息をついていた。
サヤがベッドに入り、夢の中の頃
暖炉の前には、まだ、母と兄がいた。
『本当に大丈夫でしょうか?』
母が聞く。
『大丈夫じゃ。しかし、王子も修行の旅に出た。そろそろ、森を抜けるじゃろう』
『王子様が?それでは、ますます、サヤが心配です』
母が手で顔を覆った。
『この家は、お前の主人の魔法で守られている。
サヤが王子と逢わなければ、大丈夫じゃ。
逆に、無鉄砲に一人で行くほうが、命を狙われやすい。
適当な場所で、力が無いとか言って、戻すとしよう』
『ありがとうございす』
『しかし…そろそろ時が満ちてきた。
あやつが、どう出るか分からん』
しばらくして、老人が口を開いた。
『我等は、サヤを守らねばならぬ。
3の弟子は、城で王を守っている。
ドルフ…お前も、ワシの弟子じゃ。
母と一緒に家を守っておくれ』
母とドルフは、暖炉の上に飾ってある、父親の形見の剣を見上げた。