誘拐初日 後編
ナメクジ投稿でヌルヌルと
耳を通して叩きつけられた衝撃に対して、運転を狂わせなかった事を自分に褒めてやりたいぐらいだ。たった今、俺の犯罪者人生の終わりを告げられたので運転手でも目指そうか?いやまず独房に就職するのが先か。
この女は今何て言った?俺が誘拐犯だと気付いていた?何時?もしかして俺は嵌められたのか?俺の計画は全て筒抜けで、既に追っ手が送られているのか?
「安心してください。貴方が誘拐犯だと知っているのは私だけです。他の人には誰にも教えてません。お父様もお母様も今頃、私が攫われた事に気付かずに仕事や家事に勤しんでいる事でしょう。」
古地綾はまるで世間話でもするかのように自分が誘拐犯の、俺の計画通りに攫われていると話す。信じられる訳がない。何処に犯行を気付かれ、その気付いた当人に大丈夫だと言われて信じる犯罪者がいるというのだ。そして何処に攫われると分かっていて、何もしない馬鹿がいるというのか。
「信じていませんね。どうすれば信じて貰えるのでしょうか?今から家に電話して、友人の家の車に乗せてもらっているとでも伝えましょうか?スピーカーをつければ相手が家の人が誘拐に気づいていないと分かりますよ。」
「いや…、いい……止めろ…。」
未だに思考がミキサーにかけられた状態でもなんとか返事をする。今はこの女に連絡を取られる方が危険だ。もう既に詰んでいるかもしれないこの状況で、更に訳のわからない行動をされるわけにはいかない。
「…何時からだ。」
「はい?」
「何時から俺の計画に気づいていたんだ。何故俺が誘拐犯だと気づいて何もしなかったんだ。何が目的だ。」
そう。それが俺の頭を占めている疑問だ。
俺は今回、情報を得る時以外は全て1人で計画を進めていた。情報屋が俺を売ったとしても、奴は俺が今回詐欺ではなく誘拐を目的としていたとは知らないはずだ。何故この女は俺を誘拐犯と呼んだ?
そして、仮にこの女の言ってることが本当だったとして、この女が俺のような小悪党を野放しにするメリットはなんなんだ。
「そうですね…。まず貴方が誘拐犯だと確信したのはつい先程です。」
「…は?」
「貴方は私の家の警備員の格好をして、私に近付いて来ましたよね?私の父であれば警備員だと騙せたと思いますが私は家で働いている人間の顔は全て覚えているので、貴方の顔が見覚えのないことにすぐ気づきました。」
「それで新人の方かなぁって思ったんですけど、でも誘拐とかだったら面白いなあとも思ったのでカマをかけてみたら、当たりましたね。」
クイズに当たったみたいな言い方するな腹たつ。
つまり俺はこの女の言葉に動揺してまんまと自白してしまったってことのようだ。
つーか、面白いってなんだよ。そんな簡単すぎることが原因で俺は屠殺場へ着いていく家畜みたいに間抜けなことをしたって言うのか。
そもそもなんでこの女は誘拐犯だとわかったのにこんなに冷静なんだ。
普通はもっとビビるだろ。
「それとなんで逃げようとしない理由と目的ですが、私にとってこの状況が都合がいいからですね。」
「……」
思わずハァ?何言ってんだこいつと言いたくなった。
「詳しい話は何処か落ち着いた場所に着いてからするとして、元々私あの家を出るつもりだったんですよ。」
「なので、誘拐犯さんが逃げる足を用意してくれたので、すごく助かってます。タクシーや電車はお金がかかってしまいますし。」
ケチくせえ、誘拐犯をタダ乗りタクシー扱いする女を俺は初めて見た。
これは世界初じゃないだろうか。全く嬉しくないが。
「…じゃあ悪いがここで
「降ろすと言うのならお父様へ連絡して貴方を追ってもらいます。車両の種類もナンバーも既に記憶してますよ?」
どうやら適当な場所で降ろしてバイバイとはいかないらしい。
捕まるよりはマシだが、このままタダ乗りタクシー扱いをよりにもよって誘拐犯に続けさせる意味が分からない。
確か得た情報によるとこの女は免許を既に持っているはずだから運転手が欲しいのでは無いはずだ。
「あまり怖い顔をしないでください。私のお願いを少し聞いてもらいたいだけです。」
「ちゃんと貴方にも見返りがありますし、身代金を両親から盗る協力もしてあげますよ。」
「……」
この女はまるで提案のように言っているが既に俺に選択肢は無い。
ブタ箱に入れられるなんて真っ平ごめんだ。
「そうですねえ…」
そう言うと古地綾は後部座席から身を乗り出し、俺の耳元に顔を近づける。
この女の髪からだろうか、どこかお高そうな花のような薫りが少し鼻をくすぐる。
そして古地綾は囁くように言った。
「誘拐犯さん、私の旦那さんになってくれませんか?」
「……」
「…ハァ?」
何言ってんだこいつ