誘拐初日 前編
あげるのすっかり忘れて失踪してました(開き直り)
「そろそろ時間か…。」
春の昼頃、俺は駐車場の目立たない場所に止められた車の中で人を待っていた。別にその相手と約束があるわけではない。むしろ此方が一方的に知っているだけで、相手は俺の事などまったく知りもしないだろう。まあ相手は高校生で良いところのご令嬢、俺は30近いおっさんと言われそうな年頃の貧相な男、相手と知り合える機会なんて普通は無い。
まあ今回は、此方が一方的に知っていて当然だ。
此れから俺はその女を誘拐しようとしているのだから…。
今回、俺は身代金誘拐をしようとあの令嬢、古地綾「ふるち あや」に近づこうとしている。
この女をターゲットにしたのは特にその家に恨みがあるとかでは無い。単に、古地綾が若く攫うのに苦労しなさそうで、更に家と高校がある程度離れていて1人になるタイミングが多かったのが理由だった。
そしてその行動を入念に調べた結果、彼女が何時もこの時間に人通りの少ないこの道を通ることは分かっている。
ここまでやったからにはもう後には引けないが、誘拐はやっぱり割りに合わないな…。
正直、今までの詐欺の小さな実入りを株やら何やらで誤魔化すのがきつくなってきたから、大金が一気に入りそうな身代金誘拐を考えたものの、流石に規模が大きいせいで準備に結構な額を持ってかれてしまった。此れから更に犯行時や金を手に入れた後の面倒を考えても、リスクに見合うだけのリターンだとはまったく思えなかった。準備にかかった金が返ってくるなら今回の計画も中止にしたいくらいだ。まあ、使った金は戻らないからにはやるしか無いのだが…
しかし、しっかりと準備をした分、古地綾を攫うまでは上手く行くだろうと考えていた。
計画では、俺は古地綾に怪しまれる事なく攫うことができる筈なのだから。
1ヶ月程前に古地家には嘘の犯行予告のメールを送っていた。
内容は古地家が過去に行った不正を正し、悪の住処である家を焼き討ちにするといったものだ。メールに書かれた不正とはまったくの出鱈目であったが、態と「正義の鉄槌」だとか「然るべき裁き」などといった自分に酔っているような内容にしたおかげで相手も少しは警戒し、一時的に警備を厳しくしていた。そして予告した日時を1週間以上過ぎ、彼らもたちの悪いイタズラだったと判断し警戒を解いた。
その安心したことによる気の緩みが、付け入る隙になる。
古地綾が姿を見せた。
俺は用意していた古地家の護衛の服装に着替える。そして顔の印象を変える為の伊達眼鏡をかけてから、車を発進させた。
そして彼女の前で車を停めて、まるで急いでいたかのように、運転席から出た。
「お嬢様、お探ししておりました!先ほど旦那様の家に暴漢が入り込もうとしてきたため、念のためお嬢様を避難させるようにとのことです。」
計画は素晴らしく上手くいっていたと思う。護衛の服装をしたことで警戒心を取り除き、暴漢と言ったことで相手はいもしない犯行予告の奴だと勝手に認識するだろう。あとは彼女を車に乗せて、何食わぬ顔で連れ去ればいい。
「そうですか…。わかりました。この車に乗れば良いのですか?」
「はい。此方へどうぞ。」
彼女の表情を見ると、思っていたより驚きが少ないように感じる。まあ調査では物静かな性格だと書かれていたので表情に出ていないだけかもしれない。
それに車に乗せてしまえば問題はない。俺は後部座席の扉を開けて、彼女を誘導する。
彼女が車に乗り込んだのを確認してから運転席に乗り込み、車を発進させた。
上手くいった。後は近場のホテルに連れて行き、部屋に待機させている間に彼女の両親に脅迫の電話を入れればいい。彼女は一切気づくことなく人質になり、金と引き換えに両親の元に帰ることになるのだ。
俺はもう成功した気しかしていなかった。後ろから彼女の言葉が耳に突き刺さるまでは。
「それで、誘拐犯さんは私を何処へ連れて行くのですか?」
多分これからもマイペースでダラダラあげてくので、そんな感じで