第5章 腐女子VS萌え豚!!メイド喫茶でにゃんにゃんバトル!?
徳水純。俺と同期の高校二年生。だがクラスは違うようで、俺は面識がない。彼女も俺達と会ったことはないが、彼女、絹織の噂は聞いたことがあるらしい。
金髪のいかにもワルそうな子だが、こうみえて絹織同様オタクなのである。
なぜ彼女の話が唐突に始まるのか、その訳は数日前、前回の終わりに向かうある店に入るところまで話を戻さなければならない。
~*~
「「「おかえりなさいませ~ご主人様~お嬢様~」」」
「……」
「いやあこのお出迎えはいつ来ても溜まりませんなあ~!!」
「でゅふふふ…皆相変わらず可愛いですなあ~フゴフゴ」
俺達が向かった先。そして到着した場所。
そう、それはメイド喫茶だった。
「…うわあ…」
さすがの俺もどん引きの展開である。
「こちらへどうぞなのです~」
少しイラッとする口調でメイドさんが席へ案内する。
「どうぞおかけくださいなのです~」
「「しーちゃん萌え~!!」」
「うふふ~ありがとなのです~」
彼女にメロメロな二人はニヤニヤしながら見つめている。
俺はそんな二人を余所に、周りを見渡してみる。
客層は想像通りで、ふがふが息の荒い豚…じゃなくていかにもなオタク達がニマニマとメイド達を見つめている。
まれに興味本位なのか分からないが女子高生の姿もあり、一人で訪れている子もいる。
…何かそのボッチの子がずっとこっちを見ている気がするのだが…。
「ご注文はいかがなさいますか~」
「んじゃあ僕ちんはまほうのしあわせおむらいすにするでござるんふー!!」
「ワイはミートスパゲティー~あえあえマジック付き~で!」
…さすが、行き慣れてる感だけはあるな。
迷いも恥ずかしがりもせずすらすらと注文を済ませていく二人。
「ご主人様はどうされますか~」
「…えっと…」
これ、あれだろ?なんか料理を注文するとメイドが「もえもえきゅん!」とか言ってくるヤツだろ?
嫌だよ!だから、オーソドックスにコーヒーだけ頼んでおこうか。
「じゃあ…コーヒーを一つ」
「えー!!せっかく来たのに、それだけ~!!」
どんだけ~!!みたいに言うな!!
あとせっかく、とか言うけど俺は全然乗り気じゃないからな!!
「けっ!斉藤殿は見た目によらずちっぽけな男でござるな~。こんな時はがっつり肉!肉!でしょ」
…まあ焼き肉とか回鍋肉とか好きだけども…ここで頼むと赤っ恥かきそうだから頼めないっての。
「きっと斉藤殿はしなっしなのそちん」
「だあああああああ!!!」
彼女の爆弾発言に思わず声を上げ、口を塞ぐ。
「んぐー!?」
「あははは~何言ってんすかね~こいつは~、肉なんて喫茶店で食べるものじゃないのに~あはは~」
俺は大量の冷や汗をかきながらも必死で誤魔化そうとする。
「ご主人様!心配ご無用です!肉料理なら本店でもご用意できますよ」
「結構です」
即座に断りしょげながらメイドさんはホールをあとにした。
…少し傷つけたことに反省した俺。
「…斉藤殿は粗チンであったか」
「だからちげーっつってんだろーが!!つーかなんで女のオメーがそんな言葉知ってんだよ?、絹織!!」
俺は彼女の口を塞いだ手をそのままにし、後頭部を空いた手で掴み両手で彼女の顔を前後に振る。
「んももんんももんもんもももー!!!!」
「あ?何言ってんかわかんねーよ!!」
「…おそらく「ワイに知らない言葉はないー!!」ではなかろうか」
「知らなくてもいい言葉を知る必要はねえだろうがあああああ!!!」
ブンブンとさらに振る速度を速くする。
「…あんた…あの噂の優等生?」
不意に声をかけられて二人してその声がした方を向く。
そこには金髪の天パ少女が大きいレンズの黒縁メガネをクイッと上げてこちらをジト目で見つめている。
金髪からしてヤンキーそうだが、毛先が白く染められておりさらに柄の悪さが伺える。
「…お前は誰だ?」
先程のテンションがどこかに消え、冷静に彼女に問いかける。
「もえもえきゅんきゅんらぶずっきゅ~ん!おいしいしあわせおむらいすになあ~れっ!」
「んふううううううう!!!さっきよりより一層美味しそうになったでふうううううう!!!」
「あ~んワイにもやって~!みずきちゃ~ん!」
「お嬢様のご注文の品が出次第呪文を唱えて差し上げますね」
「あ~んけち~」
…と、二人はメイドさんと楽しそうに遊んでいる中、俺は彼女と話しをしていた。
彼女の名は徳水純。俺と同期らしいが面識がない。彼女も俺達と会ったことはないが、彼女、絹織の噂は聞いたことがあるようで、気になって声を掛けてきた様子。
…彼女がいる場所に疑問を持たずにはいられないが、とりあえず同級生のこいつと仲良くすれば、アウトドア作戦の第一歩となるはず。
「…想像と全然違って、少し参ってるよ」
ははっ、と乾いた笑いを浮かべる彼女、徳水純。
一応、こんなところに来ている彼女が何者なのか確認する為いろいろ質問することにした。
「そういやお前、なんでこんなところに来てんだ?そんな柄には見えねえけど」
「ああ…ここだと落ち着いてゲームが出来るからな」
「ゲーム?」
「ああ、恋愛シュミレーションゲームだ」
…まさかの!!オタク!!
まあメイド喫茶に来る時点でその可能性はあるとは思っていたが!!
しかもやってるのはあいつと同じジャンル!!
これは!!いける!!
「まああたしのやるゲームは特殊でな…」
「おい!絹織!!ちょっとこっち来い!」
俺は彼女の声を遮り、未だにもえもえ~とメイドさんと遊んでいる絹織を呼びかける。
「…え~…。今絶賛お楽しみ中だというのに~…」
ぶーぶー言いながら俺の元に来る絹織。
「こいつ、お前の同士だぞ」
「は?」
「ギャルゲープレーヤーってこと」
「……………」
彼女はその言葉に反応し徳水のゲーム機を覗き込む。
「……主ぃ…、ワイに喧嘩売ってるでゴザルか…?」
沸々怒りを込み上げるかのような声で話す絹織に驚き、俺も彼女のゲーム画面を覗き込んだ。
『〇〇:…なあ…本気かよ…』
『純:ああ、俺にはお前しかいない。例え男同士だとしても…ーー』
『〇〇:ーーっ!!純っ!!』
その画面には少女マンガチックな絵柄で男と男が抱き合っているイラストが…。
「………え?」
「何勝手に言ってんの?」
彼女はしかめっ面している絹織と目を点にしている俺にゲーム画面を見せて言う。
「あたし、腐女子ですけど?」
「二人の許されない禁断の愛、それでも彼らは自分たちの愛を信じて貫き通す…。そんな熱い展開がたまらないんじゃんか!!」
「わかってないでござるな…。それこそ百合の方が勝ってるでござる」
「はあ?」
「相手に異性の意中の人がいて、彼女を思うがだからこそ…彼女の為にクールに去る…この悲恋百合の方が萌えるにきまってるでござる!!」
「いやいやいやいや…それだったらBLの方が当てはまるし!!」
どっちもどっちなんだよなあ…。
俺は元々いた席に彼女を招き入れ、絹織と交流させて友達にしようとしたのだが、互いの価値観が合わなかったらしく、あれから一時間も口論している。
同席している松尾氏も内心呆れてるような顔をしている。
松尾氏は注文したオムライスを口に、俺は未だに口を付けない絹織が注文したミートスパゲティーを横からつまみ食いがてらフォークで少しずつ食べている。
…まあ他人事にしてるが俺が啖呵を切らせて二人の口論おっぱじめらせたんだけどな。
「だからあ…」
「はいはーい!!もうやめようよ!!こんなくだらない喧嘩なんてさ」
と、一声上げたのは松尾氏だった。
「は?くだらない…?」
「主…本気でそうお思いで?」
二人の顔に影が差し、本気で怒っているのが目に見える。
や、やばいぞ松尾氏…!!どうすんだ松尾氏…!!
俺が内心慌てている中、彼は静かに両手を組み、肘を立てて顔をその組んだ手に付ける。
「…!!そ、そのポーズは…!!」
「静かにしてくれないか」
「っ!!」
二人は彼のポーズに驚いているが、俺からはただ悩んでるおっさんの姿にしか見えない。
だが効果はあるようで彼が一括すると二人は口論をやめ、口を閉ざしたのだ。
すげー!!松尾氏すげー!!
「お前達は互いに違う種別の人間だ。だからこうゆう争いが起こってもおかしくはない」
種別って…こいつらただのゲーマー日本人なんですけど。
「だが、お前達、異国の民達を愛すること自体は何も違わないであろうが!!」
「「!!!」」
二人の心に何か響いたのか、ハッとした顔で松尾氏を見る。
「愛する対象は違うのかもしれない。だが、相手を否定してはいけません。むしろ受け入れなさい。そうしたことにより、二人の世界は、今までとは違うもっと広く素晴らしいものになるでしょう」
「「…はい!!ゲン●ウ様!!いやお釈迦様!!」」
「お前らお釈迦様に謝れ!!」
これ完全にお釈迦様貶してるだろ!!
「いえいえ…あなたたちの争いを食い止める…それが私の役目ですから…」
と両手とも親指と人差し指の先を付け、右手を見せて左手を足の上に置いてお釈迦様ポーズをする。
お前も悪ノリするんじゃねえよ!!
「ふふっ…」
「へへっ…」
…え?なんでお前ら急に仲睦まじくなってんの?
「ではではこうして二人の仲も修まったみたいなので…」
すくっと立ち上がり、松尾氏はメイドさんからマイクを受け取る。
…ってメイドさんといつの間に打ち合わせしてたんだ?
「チキチキ!!負けたらニャンニャン!!!!この料理はなあんだ?バトルうううううう!!!」
「おうん!?」
こっ…このおっさんは二人の喧嘩が修まったというのに何で再び争わせようとしてんだ?
「ルールは簡単!このメイド喫茶の料理が一品ずつ出てきますのでそれを食べて料理名を当てて頂くというものです!」
だがしかァし!!!とおっさんは机から身を乗り出して続ける。
「通い慣れているお二人なら一目見りゃ即座に簡易に当てるでしょう。なのでハンデをつけさせて頂きます!!」
松尾氏の両隣から一人ずつメイドさんが前に出てきて、二人に何かを手渡した。
…相変わらず絹織は鼻下を伸ばしてデレデレしながら、メイドさんをやらしい目で凝視している。
お前はおっさんか!
「はい!今メイドちゃんから受け取りましたそれは、アイマスクです!そう!そのアイマスクで目隠しをして料理を当てて頂くものになります!!」
「あ!それテレビで見たことある!アレでござる!あれ…シンクロの」
はァい!!と絹織の言葉を慌てて遮るように割って入るおっさん。
「お二人とも理解力があって大変助かります!!イメージは掴めたかと思いますが、勝者にはここに、図書カード一万円分が与えられます!」
「い…」
「「一万円…だと…!?」」
ふははは、とひらひら薄っぺらいカードを二人に見せびらかす松尾氏に、二人は物欲しそうに食いしばっている。
「図書カード?」
「あれは全国書店で使用できるもので、現金みたいなものです。」
いつの間にか隣に立っていたメイドさんが俺のはてなに答えてくれた。
「お二方は二次世界にどっぷりハマっている方なのでたまらない賞品になってますね」
うふふ、と口元を軽く押さえてあいつらの光景を目にほくそ笑んでいた。
「…強欲な奴らだな」
俺は彼女と違い、ため息を吐き呆れてその様子を見つめる。
「そして、負けた者には罰として…」
再び松尾氏の両端からメイドが新たに出てきて、何か衣装を持ってきた。
お前はこの店の支配人か何かか。
「コスプレしてもらいまふよ~デュフフフ」
こ、こいつ…!!
ただ単に二人のコスプレを見たいがためにこんな手間のかかることを…!
「ふざげんなよ!あいつは着せ替え人形じゃねえんだ!こんなくだらないことやめて早く帰ろうぜ、絹織」
髪をガシガシ掻きむしり、ガタンと椅子を後ろに引いて腰をあげて彼女を見やる。
「いちまんえん…「わたダメ(わたしはダメな子なんですから!)」全巻…「あやぽん」全巻…いちまんえん…いちまんえん…」
目が虚ろになって、松尾さんの手に握られている図書カードから目を離さず、ブツブツと呪文を唱えるように呟いている。
洗脳にかかってるみたいでこええよ!!
「いちまんえん…」
は、ともう片方に目をやる。
「いちまんえん…「ぼくとも(僕はもう友達には戻れない)」全巻…「ほもぶっく」全巻…いちまんえん…いちまんえん…」
徳水も彼女同様、ふらふらと松尾さんから目が離せず小さな声がうめき声のようにだだ漏れている。
「…ゾンビだ」
俺は素早く座り込み肩を抱いてガタガタ震え怯えるように二人を凝視した。
「では!はじめ!!」
「「げっぷい」」
とっくに陽は地平線に浸かっており、時計も午後七時をさしていた。
絹織と徳水は店を後にして同時にげっぷを出した。
「いやいや~いいもの見せてくれてありがとねん!これ一生の家宝になるよ!」
と、彼、松尾氏は二人の後に続いて店を出た途端、肩に下げたカメラを手に二人に告げる。
俺もやれやれ、とかったるそうに店を出る。
「しかし、まさか同点とはね!両者一歩も譲らず!引き分けだから、これは僕のものね」
図書カードを一度出すが彼の財布の中に直し、封をした。
「ううう~、くっそー!」
「いちまんえん…」
二人は同時に肩を落とし、ため息を吐く。そしてこれまた同時に顔を上げて互いの顔を見て、睨んだかと思いきやふいっと思いっきり顔をそらす。…こいつら、息ぴったりだな。
試合中も互いに隙を見せず、片方がミスるともう片方もミスるという、まるでシーソーが均等に揺れ動くかのように罰を喰らっていった。
フリルがたくさん施されたメイド服、チャイナ服、何かのキャラの服と着せられていた。…まあ、可愛かったけど…。とりあえずきわどい衣装がなくてよかった。松尾氏なりに気を使ったのか、そういうのが趣味なのか知らんが。
「松尾さん」
俺はジト目で彼を睨むように見つめる。
「分かってるよ!SNSにあげたりとかしないよ!家宝だからね!」
えっへん!と胸を強く叩き誓うおっさんだが、何が家宝だ。ただの変態のコレクションじゃねえか。
はー、とため息をつき、再び俺は二人を見る。
未だに互いに目をそらし腹けている。
…なんだ、と俺は少し、思わず笑みを零す。
なんだかんだ喧嘩するほど親しくなっちゃってんじゃん。
俺が笑ったのに気がついたのか、絹織が俺の顔を見てさらにむっとした顔になる。
「なァに笑ってんじゃこの傍観無能野郎!!」
「は?何で俺怒られないといけないんだ?」
はて、と俺は首を傾げ彼女のかわいい膨れっ面を見つめる。
「お主!こっそり耳打ちするとか!「僕が着ます!」ってコスプレの身代わりになるとか!」
「んなことして勝負にならねえだろ?俺は勝負事にズルをしない主義でな」
あと俺はコスプレは絶対にしない、と腕を組んで彼女の鼻をつまむ。
「ふぎゃー!!」
ジタバタ暴れ俺の手から逃れ、シャー!!と猫の威嚇のごとく睨みつける絹織。
俺はそんな彼女をニヤニヤしながら見つめていると、横から声がした。
「…なにいちゃいちゃしてんだお前ら」
徳水は呆れたように目を細めて俺達を見ていた。
「いちゃいちゃなどしておらん!!」
キャシャアアアア!!と彼女に威嚇して強く否定した。
徳水は少し驚いた表情で俺と絹織を交互に見る。
「え!お前ら付き合ってないの?すごい親しそうに話してたから恋人同士なのかと…」
…そんな感じに見られて嬉しいような、現実を突きつけられて悲しいような…複雑な気持ちだ。
「違ウッでごザッる!!」
「お~い!!そろそろ帰ろうか!!」
彼女の強い否定に少し心が折れそうになったが、松尾さんのファインプレーによりこの状況から奪還できそうだ。
「はあーい!!」
絹織はプリプリしながら車に向かって走り出した。
「あ、おい!待てよ!」
俺も松尾さんの車へ向かう際、徳水に一言言おうと振り返ると、いつの間にか近くにいて思わず後ずさる。
「ホワッツ!!」
「なんだそれ」
俺の慌てぶりに笑い、愁いを帯びたような目で俺を見つめる。
「っな、なんだよ…?」
彼女の変わりように俺はただただ戸惑う。
「あたし、自分の心が強い人好きなんだ」
「…はい?」
「…体格もいいし、あたしの創作活動のいい刺激になるかも」
クスクス、とほくそ笑む徳水は駆けるように俺から離れ、「またね」と手を振って、姿を消した。
「……何だったんだ?」