9話
香織が先頭を歩き始めて10分が経った頃だろうか。周囲が少しざわつき始める。ゴーガ将軍の方へと視線を向けると焦りを感じている表情だった。どうやら罠が近いんだろうと容易に想像が出来る。それにしてもこんなに簡単に気取られるのは将軍としてどうなのかと疑問ではあるがこれは俺が対応しなければ香織の身が危ない。
そしてやはりと言った所か、狭い道で片側が崖になっている場所に差し掛かった時に事は起こる。彼女が何の疑問も無く足を前に出した時、地面に埋め込まれているスイッチを踏んでしまう。そして何処からボーガンの矢が放たれるような弦の音が周囲に響き渡る。
「あぶねえ!」
俺はすぐさま前に出て、矢の音と香織の間に割って入り、彼女を後ろへと突き飛ばす。後ろに突き飛ばされた香織は「何するのよ」と不満を言いながらゆっくりと起き上がってきたが俺の姿を見て驚きを隠せなかった。何故かって? それは俺の胸に矢が深くまで刺さっていたからだ。そして徐々に彼女の瞳は涙で潤んでいく。そして悲鳴の様に俺の名を叫んだのであった。
「そ……蒼汰ぁぁぁ!」
俺は矢の反動で崖の方へと吹き飛ばされてしまう。俺の体は僅かに地面を引きずり崖がギリギリの場所で何とか止まった。顔は崖の外へ飛び出しており、視線の先には深い闇が広がっている。だが俺の受難は更に続く。地面から不穏な音が周囲に響き渡る。地面にはまるで蜘蛛の巣の様にヒビが入り徐々に足元が崩れ去っていく。立ち上がった香織は俺を助けようと一歩を踏み出していた。俺は矢に打たれて歩く事もままならない、このままでは彼女が崩落に巻き込まれてしまう。あいつを巻き込む訳にはいかない。俺は必死で口を開く。
「くるな! 足場を見ろ!」
「でも……でも……」
「見ての通り俺はもうダメだ。でもお前には生きていて欲しいんだ! 最後のお願い聞いてくれるな……」 「そんな事無い! 私の能力を使えばまだ……」
「俺はお前が生きていてくれるだけで十分なんだ。俺の分まで幸せにしろよ」
ゴーガと山田、草薙が3人がかりで死地に向かおうとする香織を抑え込む。
「さ…佐藤さんだめだ! 彼の言う通りこれ以上いったらあなたも巻き込まれてしまう」
「あの者の犠牲を無駄にするつもりか!」
ゴーガと山田が必死で香織に訴えかける。三人がかりで何とか抑えられているんだろう3人は徐々に香織に引きずられていくが、耐える。これ以上犠牲を出す訳にはいかないという必死さが伝わっていく。
「離して! 蒼汰が……蒼汰が」
「じゃあな、香織。絶対に幸せになれよ……」
俺は彼女に不安を与えないようになるべく笑顔を見せて崖の下へと落ちて行く。俺は香織を守れて満足して落ちて行く。一人よがりな行為だとは分かっているだが、なんとも晴れやかな気持ちだ。さらば……ヤンデレよ。
俺の体は瓦礫と共に深い闇へと吸い込まれて行き勇者達からの視線から消えて行ったのであった。闇の中には香織の鳴き声が響き渡っていく。そしてダンジョンの中は悲しみに包まれていくのであった。