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8話

 香織の手は俺をガッチリと俺の腕を掴んで離さない。俺の視線が自然に上へと向かうと、香織の瞳からは僅かばかりの涙が溜まっていた。絶対に落とさないと言う意気込みで俺の腕を引っ張っている。


 俺の体は地面を擦りながら徐々に落とし穴の中から這い上がっていく。彼女の涙が俺の顔に一滴、もう一滴と零れていく。その涙を受ける度に自分の迂闊さが嫌になっていく。こうしてズルズルと引き上げられた俺は周囲に危険が無いかを見渡す。


 そしてゴーガ将軍に視線を向けると一緒に連れてきた兵士を鬼の様な形相で睨み付けている。どうなってるんだと言わんばかりである。隠せよ、俺を罠に嵌めて殺そうとしているって事が丸わかりなんだよ。将軍やってんだからそれぐらいの腹芸をしても良いのでは無いかと思いながらも、俺は何も言わない。勿論、俺にも思惑があるからだ。だからこそ、この下らないお遊びにも付き合ってやってるんだ。


「もう我慢出来ない! 私が前に出るよ。場所変わって蒼汰!」

「な! 何言ってるんだ。危ないから俺に任せておけ、罠は全部看破してきただろ!」

「でも、そんなの偶然でしょ。皆私に付いてきて!」


香織は蒼汰を押しのけて、前に出る。香織のこの行動に一番慌てたのはゴーガだ。万が一、勇者を罠に嵌めて殺してしまっては、自分の地位が危うくなる。


「勇者香織よ。彼にも何かやって貰わねば、ただの穀つぶしになってしまうぞ。力が無いならば弾除けくらい役ぐらいしかする事が無いので仕方ないであろう」


ゴーガはしどろもどろになりながら香織を説得する。だがその言葉は良くなかった。


「私の蒼汰が弾除けですって!」


その言葉を聞いて香織はぷっつんしてしまった。怒りに任せて右手を振るい、まるでストレスを発散させるかのように近くにある岩を殴りつける。勇者の加護がどれほどの物なのかは分からないが、彼女の拳によって岩を粉々に粉砕され元々何も無かった様に跡形も残ってはいなかった。更に、岩の後ろにあった壁は無残に抉られている。衝撃はダンジョン内を大きく揺るがす事となる。俺はこの異世界で香織を怒らしてしまった時、どうなってしまうのかを知って戦慄する。ただでさえパワー系ヤンデレだったのが更に凶悪になってしまったのだ。


その時タイミング悪く、怒り狂った香織の目の前にゴブリンと呼ばれるモンスターが現れる。ゴブリンは人間の女を見て欲望のままに香織の元へと襲い掛かる。やめろ、ゴブリンさん! お前は相手にしてはいけない奴を相手にしてるぞ! 心の中でゴブリンを制止するがその思いは届かないだろう。


「ギィィィ!」


ゴブリンは自らの持つ短剣を香織に向けて走り出す。短剣を両手で握りしめ、香織に向かって突きを放とうとする。しかし怒りに我を失っている香織にその短剣が届くことは無かった。何故ならば香織の持つリーチの長い剣から繰り出される一振りの剣戟が脳天に直撃したからだ。ただ怒りに身を任せて剣を適当に振るっただけだがその剣がゴブリンに触れた瞬間、あまりの威力にゴブリンの体は弾け飛ぶ。そうまるで破裂した風船の様に弾け飛んだのだ! 


辺り一面に飛び散る肉片と血液。香織の顔にも返り血が飛び散る。臓物は彼女のドレスアーマーにひっかり、全身血塗れになった彼女の姿は恐怖を煽りたてる。それによって怒りは収まったのか、香織はゴーガに向かって笑顔で口を開く。


「私が前に出るね。いいよね」


目の前で見せられた八つ当たりと言う名の惨劇はゴーガの心を砕くには十分であったようで、彼は俯きながら小さな声で返事をする。


「あ……はい」


ゴーガもっと根性出せよ、将軍だろ! その自慢の筋肉は飾りか! 俺はゴーガに対して不満が湧き出してくる。どうしてこの国の関係者は根性がないんだ。こんな子供一人にしゅんとしやがって! 俺だってこんなの見たら震え出すけどお前らは国を守る立場だろうが! 


 俺は香織により強制的に前衛と言うポジションを取られてしまったのだ。どこか抜けている所がある香織の事だゴーガの罠に掛かってしまうのでは無いかと俺は気が気ではなかった。いくらヤンデレは嫌だとは言え小さな時から一緒に暮らしていた友人だ目の前で凄惨な死を遂げるのは俺の精神衛生上良くない。


 ちなみに山田と草薙は香織がぷっつんする前にガタガタと震えながら、遠くへと避難していた為、血塗れになってはいなかった。お前らぁ……まあ気持ちは分かるが何か納得できない、そんな思いがこみ上げる。


そしてそんな微妙な空気も香織が口を開くと一変する。


「ほら、行くよ! 着いてきて!」


その言葉に逆らえる者はもはや誰も居ない。その後ゴブリン、スライム、オークなどRPGでよく見るモンスター達が何度か現れたが、香織による八つ当たりの犠牲になったの言うまでもない。彼女の通った後は肉片と血で染め上げられていく。血塗れになっていく香織の姿に狂気すら感じている俺がそこにはいたが、誰もその事には触れない、いや触れる事が出来ない。もはやこのパーティーの格付けが済んでしまったのだ。


恐怖で支配されたパーティーは静寂に包まれていた。最早誰も口を開こうとする者は居ない。あのゴーガでさえ、子供の様にシュンとしている。その先頭を行く香織が蒼汰を守れて満足し笑顔で歩いてるのがどこか不気味である。


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