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3話

「あれ? 動かない」


俺は足は動いている、だが前に進まないどういう事だ? 摩訶不思議なこの状況に俺は首をかしげる。だがある事に気付いてしまう。それは肩に何が乗っている事だ。ゆっくりと首を回し視線を後ろに向けると、目のハイライトが消えた香織の姿がそこにあった。


肩はガッチリと固定されどう動いても、外れる事は無い。これが勇者の力か! そう思ったが、そういえば元々香織の方が強かった事を思い出す。そんなどうでも良い事を考えていると、香織が重い口を開ける。


「何処へ行くの? ねぇ何処にいくの?」


あれほど騒がしかった部屋が突然静まりかえり、俺の心は恐怖で支配される。香織からは表情と言えるものが完全に失われ、変わりに言いようの無い威圧感が周囲に広がっていた。これはマジで切れてる奴だ。だが俺はここで屈する訳には……


 なぜ屈する事は出来ないか、それは俺の香織と別れると言う目標を達成する為だ。小学生高学年から何度挑戦しても達成される事の無い悲願であった。こんな美人から言い寄られて傍からみてみたら羨ましと思うだろう。俺もそう思ってる時期はありました。俺が彼女に嫌気が差すには勿論理由はある。それを語るには過去を振り返る必要があるだろう。


そう始まりは幼稚園の頃だった。今でこそボンキュボンの香織も幼稚園の頃はボンボンボン、つまりただのデブだった。頭もそれほど良くなく、クラスの女子からイジメの標的になるまでには時間は掛からなかった。


 目の前で繰り広げられる暴力行為、精神的苦痛、それを見かねた俺は体を張って香織の事を守ってやった。その頃は家が隣だった香織の事を守ってやらなければ、と俺は子供ながら思っていた。確かにその頃はそれでよかったのだ。


だが幼稚園を卒業する日、転機が訪れてしまった。香織は俺を突然誰も居ない校舎裏へと呼び出した。別に香織の事を悪く思っていなかった俺はホイホイと呼ばれるままそこへと向かうと頬を赤らめながら彼女が待っていたのだ。そして俺を見つけるなりトコトコと歩いてき、俺の瞳を真っ直ぐと見つめながら口を開く。


「ねぇ、蒼汰くん。スタイル良い女の子って好き? 頭の良い女の子って好き?」

「そりゃ、頭良くてスタイルの良い方が良いに決まってるだろ」

「そぅ……なんだね……」


その言葉を聞いた香織は何かを決心した顔で、その太い体で地面をドシドシ言わせながら走り去っていく。この会話が香織を大きく変える事となるのは俺には予見する事は出来なった。だって仕方ないだろう幼稚園児なんだから。


そして小学校の入学式、しばらく見ない間に香織は激ヤセしていた。ぷくっと膨らんだ肉まんのような頬っぺたはまるで元々そんな物など無かったように消失し、あの大きかったお腹にはくびれなるものが出来ていた。更に学力も俺を遥かに凌ぐほどにまで上がっていた。最初誰なのか分からなかった俺は香織であると聞いた瞬間、驚いて完全に固まってしまったのだ。何をどうすればそうなるのか、俺にとっては今だに謎だ。


 それから学年が進むにつれて、香織のクオリティーはどんどん上がって行く。お洒落に目覚めたのかジュニアアイドル顔負けのファッションセンスで学校に登校し始めたのだ。性格も優しい優秀なクラスのリーダーと噂されるほどに変化していったのである。幼稚園の頃ずっとウジウジしていた彼女とは思えない変貌だ。そんな彼女にファンクラブが出来るまで時間はかからなかった。


 そんな中俺はと言うとイケメンでも無いし、勉強も平均程度。特徴が無いのが特徴と言われるほど普通だった。ただ少し周りから小賢しいと言われていたが、ただそれだけだ。


俺達が4年生に進級した頃だろうか、香織に異変が起きる。いやもう既に起きていたが気付いて無かっただけかもしれない。


 俺はクラスの女子と楽しく談笑していた。前の日やっていたテレビの話だ。その女子とは特別仲が良かった訳では無いが、その時だけやたらと話しがあって盛り上がっていたのだ。だがその姿をじーっと黙って見ている人影があった。そう香織だ。勿論俺は気付いてなど居なかったが、俺の友人であるファンクラブ会員34番佐藤君が後で教えてくれたのだ。


そんな事があった次の日、同じ女子に声を掛けた時、その女子はガタガタ震えながら俺の目の前から走り去って行ってしまった。俺が……何をしたって言うんだ。その時は不満はあったが、気には留めなかった。昨日俺が何か嫌な事を言ってしまったんだろうとそう結論付けてしまっていたからだ。


それから半年ほど経った頃だろうか、俺のロッカーの中に一つの手紙置かれていた。そうラブレターだ! 俺の心は踊り狂った。女子にラブレターを貰うなんてイベントそうそうあるものじゃない。俺は嬉しさのあまり教室で他の男子に自慢をしていた。勿論、誰が送って来たなどの情報は一切伏せていた。


そして放課後、手紙の主に会いに行く為にもう一度ラブレターを見ようとした時、どこを探してもラブレターが見つからない。確かに鞄の中に片付けていたはずなのに……


 結局、その後見つかる事はなく、そのまま待ち合わせ場所へと向かう事となった。スキップなんてしてとてもご機嫌な俺は目的の場所へと辿り着いた。するとそこにはガタガタと震える少女が一人待っていた。「手紙は悪戯だったの」と一言だけ言って去っていた。


そして、ファンクラブ会員34番佐藤君と俺は原因の究明に乗り出したのであった。この佐藤君は中々の異才の持ち主で、まるで大人の様な推理で、手掛かりをどんどん集めていった。実はファンクラブと俺は敵対関係にあったのだが、この佐藤君だけは何故か俺に優しく今回の捜査にも喜んで協力してくれた。佐藤君曰く、「俺達のアイドルが愛する男を攻撃して何がファンか?」と謎の男気を見せて俺に優しくしてくれていたそうだ。


 そして遂に佐藤君は独自の情報網とプロファイリングの結果、俺に近づくクラスの女子全てに香織は圧力を掛けている事が発覚する。その時は、俺は香織に愛されているんだなと楽観視していた。あぁ、あの頃に戻れるなら昔の自分を金属バットでぶん殴ってやりたいよ。ちなみに佐藤君は捜査の途中でその女子に行った非道な行為に耐える事は出来ずファンクラブを抜けてしまったのであった。今となっては俺の親友と呼べる人間になっていたのだった。元の世界にいるけど……


 そして、その後も見た目がカワイイ香織にもてはやされて有頂天になっていた俺はやってはいけない決断をやってしまった。香織と付き合うと言う決断を……


 元ファンクラブ会員佐藤君は何度も止めろ、人生を壊してしまうぞ! と警告してくれていたんだ。だが猛烈な香織からのアピールに俺は耐える事は出来なかった。


 それでも最初は良かったんだ。小さい時から一緒にいたから違和感なく過ごせていた。だが徐々に香織は本性を現し始める。まず手始めに鞄の中にはGPSが入り、携帯から女性のメアドが全て消滅した。そして交友が出来そうになった女性は香織のお話しと言う名の圧力に屈してしまい、話掛けてこなくなる。話すだけでそんな事になるなどお前は一体何をしたんだと不安すら覚える。


そしてついに耐えかねた小学5年生の夜、俺は別れ話を切り出す事にした。別れよう、そう口にした瞬間彼女の瞳からハイライトが消え、まるで魂が抜けたように別れたくないと懇願してくる。さすがの俺も幼少の頃からの付き合いである情にほだされそうになってしまった。だが彼女はやりすぎた。俺は毅然とした態度で別れ話を貫こうとしたら、彼女はまるで壊れたおもちゃの様に笑い出すと一言「アハハハハ、だめだよ、絶対に別れない。私も蒼汰の望む女の子になるように努力するから、絶対にわかれないんだから」と言って俺をとんでもない力で抱きしめた。その時は恐怖で足が竦んでいたと言うのもあったのだろうが彼女の手を振りほどく事が出来なかった。そうパワー系ヤンデレの誕生だ。そしてその後の生活において力こそ全てだと言う事を思い知らされながら生活する事になったのだった。


 そうこれが新たな世界で自由を手に入れたい理由だ。だからこそ、今がチャンスなんだ。ヤンデレはもういらない! 俺は異世界で幸せを掴むんだ。そう意気込みながらさっきの下らない小芝居をして香織を山田と草薙に押し付けようとした。しかしそんな目論見なんぞ無意味だった。異世界に来て更に力を得た香織を止められるものは誰もいないだろう。肩をがっちりと掴まれた瞬間、そう察した。


「蒼汰はねー。私の旦那さんになるんだよ。私の前から居なくなるのはおかしいよ。私と蒼汰を引き離そうとする人がいたら……」


香織は言葉が終わる前に右足で力の限り地面を蹴る。踏み込んだ瞬間、香織の右足の下にあった地面はえぐれ、城全体がグラグラと揺れる。天井に吊るされたシャンデリアは左右に激しく振れ、衝撃に耐えきれず地面へと落下する。


勇者の力を目の当たりにさせられた王様、大臣、兵士はガタガタと震え始めた。さっきまでの威厳など最早無い。藁にも縋る思いで俺はガタガタと震える王様に助けを求める。俺を追い出したいんだろと視線を送るが奴は目を反らしやがった。さらに奴はあろう事か


「うーむ。勇者殿のご友人を追い出すなんて事してはならんかったのじゃ。大臣この者を手厚く扱うのじゃ」

「ハハッ!」


家臣達は最初の不快な対応が嘘のようにキビキビと動き出す。


(お前ら……)


 香織の顔は満面の笑顔に変わりウンウンと頷いている。こうして俺の作戦は瓦解した。そして俺達はなし崩し的に城に滞在する事になったのであった……チキショー!

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