19話
あの村から何時間歩いただろうか? 夜明けから歩き続けていたのに、もう日は真上に位置している。地図を片手に森の中を突き進む俺の周りでは代り映えのしない景色が流れていく。木々の隙間から流れてくる心地よい風を受けて俺は前へと進む。
何も問題が無いと言うのは良い事だが、一人でただ地図を見ながら歩くと言うのはなかなか堪える。話相手も居ない、モンスターとの熱いバトルも無い、果たしてそれで冒険と言えるのだろうか? 異世界のワクワクを期待してただけにただ森の中を散歩しているだけのこの状況に思う所はある。
そんな事を考えている時、突然俺の中に存在する腹の虫が空腹を告げる。地図的にはもう半分以上は進んでいる。そろそろ休息を入れるのに丁度いい。
「そろそろ、飯にするか……」
周りにモンスターや野生動物がいない事を確認した俺は、近くにあった座り心地の良さそうな岩に腰を掛ける。背中に背負ったリュックサックから、王都で前もって準備していた水の入ったビンと固いパンを取り出す。パンはあまりにもパサパサしているので水を垂らしながら柔らかくして食べるのだが、携帯食料というものはあまり美味しくない。腹が膨れるだけが取り柄な食べ物だ。
「いただきまーす」
だが空腹は最高のスパイスとはいった所か、そんなまずいパンも美味しく思えて来た。手に持ったパンをゆっくりと口の前に運んだ瞬間、それは起こった。
「なんだ!? 何が起こっている。うぁ俺の足が!」
俺は足の方に視線を移すと、まるで体が何かに分解されているように見える。だが俺の感覚では足はしっかりと地についている。まるで視界に入っている足と感覚が乖離しているようであった。足先はもはや見えなくなり体、腕、首とどんどん分解されていく。
「何なんだこれは! どうなっている」
そしてついに顔まで分解された時に、今までいた場所とは全く異なる風景を見る事になった。辺りを軽く見渡すと洞窟の中にいるようだった。薄暗いが壁から飛び出している結晶からほんのりと光出ているようで明かり無しでもなんとか見ることが出来るこの場所はどうやらダンジョンのようである。どうやら俺は知らない場所に転移したようだ。
状況を掴もうと周囲を更に見渡すと、俺は戦慄する。
目の前には巨大なゴーレムの姿があったからだ。そのゴーレムは見上げるほどの大きさで俺の10倍、いや20倍のサイズはある。体は全身灰色の岩に覆われおり、見た目から相当の固さ伺える。動きはかなり遅いようだが、一歩を踏み出す度に地面は揺れ動いている。あんなのに踏みつぶされたら間違いなくペラッペラになる自信がある。
そして俺はゴーレムの足元に何かを見つけてしまう。それは一人分の人間がゴーレムによって破壊された後があった。両脚は潰され、口から大量の吐血をしたのかあたり一面は血塗れである。ゴーレムの足元も返り血を浴びたのか血痕が大量に付着している。目の前のゴーレムにやられたものであると言うのは容易に想像が出来る。
「ん? あれどっかで見たような……って草薙じゃねえか!」
あまりにグロテスク死体だったので視線を逸らしていたがその頭部は一緒にこの世界につれて来られた草薙のものだったのだ。なぜこんな所でボッチ戦闘なのか? こんな強敵そうなモンスターに異世界に来て何日も経っていない状態で挑んだのか? 謎は深まるが、そんな事よりも重要な事が一つある。目の前の巨大ゴーレムが俺の存在に気付いたと言う事だ。距離は少し離れており、動きが割と遅いのが幸いして一瞬で踏みつぶされると言う事はなさそうだ。
「どうすればいいんだ? やばいぞこの状況。勇者の草薙は死んでるし、俺に勝てる訳がねえ」
俺には草薙の死を悲しむ余裕さえ与えられなかった。酷い話かもしれないが一瞬の油断が死に繋がるこの状況で草薙なんて気にかけてる余裕などないのだ。まったく……なんで俺がLV1で魔王に挑むような真似しなきゃならねえんだ。焦りからか、全身に汗がどっと染み出る。
だが突然に起こるのは何も悪い事ばかりではない。俺の体から直径30センチくらいの光球が飛び出す。光球がフヨフヨと浮かんでいる下にウインドウ画面が出てくる。そしてまるで昔のゲームのようなドットな文字が表示されていく。
『ガイド精霊:これよりチュートリアルを行います。まずパーフェクトシールドと唱えてください』
ウインドウにそう表示されていた。これは俺のガイド精霊と言うスキルだと言う事にすぐに気づく。自分の持つ微妙なスキルが自動発動したようだ。とにかく言われた通りにしておこう。
「パーフェクトシールド!」
俺の周りでうっすらと透明の壁が形成されていく事が分かる。うっすらとしか見えないこの壁に不安を覚え、こんなんで本当に何でも防ぐのかよと一人自分の能力に文句を言う。だがそんな事を考えている間にもゴーレムはどんどんと迫ってくる。地響きを鳴らしながら一歩また一歩と俺の方へと歩いてくる。
近づいてきた事により分かった事がある。このゴーレム動きは遅いがその巨大さから一歩で動く距離はかなり長い。更にその装甲の厚さだ。一歩を踏み出した先にある巨大な岩をまるでスポンジでも踏むかの様に抵抗無く踏みつぶしていたのだ。そして持ち上げた足の裏には傷一つ付いていない。そんな圧倒的重量感を持つゴーレムだがパワーも中々のものだ。ゴーレムの通った後にはクレーターの様に地面がぽっこりとへこんでいる。その風景を見ているとあんなのに踏みつぶされた一貫の終わりだなとどこか他人事のように考えていた。
そして俺の目の前に来たゴーレムは俺に向かい拳を振るった。圧倒的重量から繰り出される拳の威力は想像も出来ない。まるで隕石でも振って来たかの様なその拳から逃げるようと考えたが、足が竦んで後方に退避する事も出来なかった。足は動かない、敵の攻撃は間近まで迫っている絶対絶命の状況だ。
そんな状況に耐える事が出来なった俺は思わず目を瞑ってしまう。モンスターの戦闘ではあってはならない事だが戦闘を経験した事のない俺には仕方がない話だろう。そしてその直後、轟音が周囲に響き渡り洞窟内には衝撃が伝わっていったのだ。天井は僅かに崩れ地面に岩が何個も飛来しているであろう音が響き渡るのだ。
音が鳴りやみ俺はゆっくりと目を開けると、見えない壁がゴーレムの拳をしっかりと止めている。パーフェクトシールド外は衝撃でぽっかりと穴が空いており、この能力が無かったらと考えると……恐怖で足が震えてくる。
そんな事を考えているとウインドウから文字が更に出てくる。
『クロノリカバリーを勇者に唱えて下さい。この魔法は勇者以外には効果が無いので注意して下さい』
俺はパーフェクトシールドにものを言わせてゴーレムを無視し、草薙らしき物の所へ行く。近くで見ると悲惨な姿であった。足はまるでプレス機にかけたように潰されており、口からの大量吐血により体中血塗れである。思わず目を逸らしたくなるが、俺の頭上ではゴーレムによるラッシュが続いているのでそんな余裕など無い。
「ええぃ、クロノリカバリー!」
俺が手をかざしてそう唱えると、草薙はうっすらとした光に包まる。
「なんだってんだこれは?」
光に包まれた草薙の体は徐々に修復されていく。そう修復と言う言葉が適切だろう。まるで時計が巻き戻るように治っていくんだからな。足は風船でも膨らましたかの様に修復されるし、血液なんて口の中に戻っていくんだぜ。直してる俺が不安になるレベルだよ。
大方治った草薙を俺は肩に担ぐとまたもやウインドウに文字が入力される。
『勇者をセーブポイントへと輸送してください。勇者をセーブポイントに置かなければ、彼は眠りから覚める事はありません。移動には”瞬歩”を使用して下さい。勇者がセーブした場所には私が誘導します』
「瞬歩!」
俺は言われるがまま瞬歩と言うスキルを発動し、走り出す。するとどうだ? 今まで見た事も無い速さで走る事が出来るようになっていた。更に時間が僅かにだがゆっくりと動いてるように感じたのだ。それは俺以外が全てスローモンションで動いていると言う事から判断できる。それでも周りの風景はあまりの速さに見る事は出来ないが、そんな事は関係ない。どうやらガイド精霊について行くだけでいいからだ。それにそんなの楽しんでいたら恐らく酔ってしまうだろう。
自分なりに状況を整理していると俺を追い越す形で光球、つまりガイド精霊が先行して進みだす。名前の通りガイドしてくれるんだろう。精霊について走っていたら、一瞬で洞窟の外に出てしまった。周囲には人影は全くないように感じられる。本当に草薙はこんな所に来たのか謎で仕方がない。そんな下らない事を考えていたら何かが俺の前に迫ってきていた。
「ちょっ!? あぶねえ!」
目の前に突然何かが現れてパーフェクトシールドによって押し出されたのだ。恐らくドアか何かだろう。あまりの速度に躱すなんて事は出来ないんだから仕方ない。ドアの近くに誰もいなかった事を祈るのみである。
そしてガイド精霊がある場所でピタリと止まった。そこは俺がセーブポイントを設置したお城の食堂だった。俺はセーブポイントのある場所に草薙を投げ捨ててやった。野郎なんかそんな丁寧に扱う必要はねえと言わんばかりである。
するとガイド妖精のウインドウにまた文字が入力されていく。
『お疲れさまでした。これより転移を開始します』
その文字が表記されると同時に、洞窟に移動した時と同じ様に足から体が分解されていく。やはりあれは俺の転移のスキルだったか…と今更ながら思う。こうして俺の勇者救助ミッションは終わりを告げる……はずだった。