15話
「どうしたお前達、作業はもう終わったんじゃ無かったのか?」
俺達は3人は門番の前へと辿りつくと、開口一番でそんな質問を投げかけられてしまった。当然だろう作業が終わったと全員帰っている中で大量に資材を持ち込んで入ろうとしているんだから。だが慌てた様子など全くなくバイフォンは口を開く。
「知らねえよ。将軍の思い付きには困ったもんだ。罠を追加しろってさっき言われたんだよ」
「あの人には困ったもんだな」
「おかげで俺は残業だぜ。それで俺達は入ってもいいか? さっさと作業を終わらせて帰りたいんだが」
「あぁいいぜ。急いで仕事終わらせてきな」
「お前らいくぞ!」
バイフォンは俺達に指示を出して、中へと入ろうとした。洞窟の入り口に足を踏み入れた瞬間、さっきまでバイフォンが話していた入り口を守る兵士がいきなり声を掛けてくる。
「待てお前たち」
「な……なんですか?」
まさかばれた? 俺の心拍数はどんどん上がっていく。自然と背中から滝のような汗が噴き出してくる。ただでさえ臭い鎧が更に臭くなる瞬間だ。
「そろそろ中の兵士は全員撤収しているはずだ。雑魚モンスターしかいないが作業中は十分注意するんだぞ」
「了解しました。それでは手早く作業を終わらせますので、行っても宜しいですか?」
「あぁ、引き留めて悪かったな。それじゃ、気をつけて作業してきな」
ふぅ、ただの良い人だった。バイフォンは突然の事だが至って冷静であった。さすが歴戦の冒険者と言った所だろうか、バイフォンのその姿に関心しながら俺達は洞窟の奥へと進んでいくのであった。
書き写して残しておいた罠の地図通り進んだ俺達は、早くも一つ目の罠へと辿り着いたのである。さすが王国で雇われた兵士と言った所か、地図と寸分の狂いも無い位置に罠がきっちりと仕掛けられていたのだ。そこには足元仕掛けられた糸を切ってしまうと、設置されたボウガンから矢が飛んでくると言う罠が仕掛けられていたのだ。
「おっ、一つ目発見だ。蒼汰、この罠どうするんだ?」
「罠の位置を把握出来る目印みたいなのが欲しいな。あと偽装可能なら無力化しておきたい。できるか?」
「そう言うと思って準備しておいたぜ」
バイフォンは物資を詰めた袋を漁りだす。そして中からボウガンの矢を取り出したのである。何か仕掛けがあるのだろうがさっぱり分からない。
「これを仕掛ける」
「なんだそれは?」
「まあ見てみろ」
バイフォンは矢じりを指で強く押すと、まるでゴムのようにぐにゃりと曲がる。
「これは、遥か南の地でとれるカヤの実と言う木の実から作られる弾力性と粘着性のある素材で矢じりを作った訓練用の矢だ。これを本来の矢と入れ替えておけば……」
「例え当たったとしても無傷と言う訳だな」
「そうだ、見た目もそっくりだから気付かれないだろう。それに盾で防いだ場合はまるで矢が刺さっているように見えるおまけつきだ。見た感じ兵士たちは嫌々やってるみてえだから、仕事もいい加減になるだろう」
「あとは目印か……」
「それはこれを使え」
バイフォンが一つの赤い水晶の様な石を俺に向かって投げてきた。思わず落としそうになったが、持ち前の反射神経でとってやったぜ。そんな事やってるあいだにバイフォンは地面に何かを振り撒いていた。
「その魔石は当日しっかりもっておけよ。その魔石が近づくとほんのりと光る粉だ。これを地面に軽くふりかけておくと……」
俺が撒かれた粉の近くに移動するとうっすらと赤い光を放つ。ほんの僅かな光だ、注意して見ないと気付かないほどの小さな光である。その粉は矢印のマークの形で撒かれていたのだ。どうやら、トラップの仕様に関係しているようだ。
「これが目印って訳だな」
「そう言う事だ。小さな光だ、当日見逃すなよ」
「それでこのマークの意味は?」
「この矢印の方向に向かって矢が飛ぶ、どうするかは分かるな」
「あぁ、盾で防げばいいんだな」
「その通りだ。そこはお前の演技力に掛かっている。まぁ頑張れよ」
「全く簡単に言ってくれるぜ。それより当日この粉が吹き飛んでるって事は無いだろうな?」
「それは大丈夫だ。その粉、実は相当な重量がある。多少の事では吹き飛んだりはしねえよ」
「それなら、安心だ」
俺はバイフォンに向かって軽く悪態をつくが、バイフォンは笑って返してきた。なんだかんだ言って俺はこのおっさん達を気に入ってきているんだなと実感する。そしてこの後も地図に書かれている罠の無力化、目印の設置は次々に進んでいく。罠は20もの数が仕掛けられていた。こんなに罠を仕掛けたら怪しいだろ。罠の設置を命じた男の頭が悪いのでは無いかと疑いたくなる所だ。
「これで最後だな」
「長かったな……」
「バイフォンよぉ、俺は疲れたぜ」
「うるせぇゲイザー、こんな良い報酬でクリーンな仕事はねえんだ文句を言うな」
「チッ、わかってるぜ。それに俺の弟子の為だからな」
「頼むぜ師匠ー」
ゲイザーの会話によって疲れからくるイライラとした雰囲気が少しは和らいだ。顔に似合わず気が利くおっさんだ。俺はそんなゲイザーに関心しながら、目の前にある崖を眺める。
「仕掛けの前に罠の無力化が先だ。この罠を利用するんだろ。どうするか考えているのか?」
「勿論だ。確かここには矢が飛んでくる罠があったはず。矢が刺さって、ふらふらと崖下に落ちるといったシナリオだ」
「大丈夫なのか? なかなか演技力を求められるが」
「そこはどうにかするぜ。人を騙すのは俺の良心に思う所はあるが、やるしかないんだ!」
「嘘つけ、なんだそのにやけ顔は!」
バイフォンは俺の事をからかう。知らず知らずのうちに俺の顔はにやけていたようだ。どうやら俺は嘘がばれやすいようだ、気をつけねば……
作戦はこうだ、飛んできた矢を何としてでも受け止め服の中へと隠す。この場に矢を残してしまうと、俺の偽装がモロバレになってしまう。香織は空気は読めないが頭は良い、そんな証拠を残せば下手すれば偽装工作だとすぐに気づいてしまう。それでは元も子も無い。昔、匂いで俺を見つけ出すと言う偉業を成し遂げた香織の事だ。どんな手段で俺を探しに来るか分かったもんではない。事は慎重に運ばなければならない。これは香織と過ごした今までの人生の中で得た教訓だ。
そして次に隠した先の無い矢をを俺の胸に刺さったように偽装する。これはバイフォンが持ってきたバンバの実と言われる物で解決した。この実は、1時間ほどの時間限定ではあるが、強力に物をくっ付ける作用があるものだ。これを切断された矢の先に塗り、俺の胸にくっつける。そうする事によって周りからはまるで俺が致命傷を受けたように見えるといった寸法だ。
「それではまだまだ、甘いな! やるならもっと派手にいこうぜ!」
ゲイザーが口を開き、碌でも無い事を提案する。
「派手にってどうするんだ?」
「それはな、そこの崖を崩すして地面と一緒に落ちればいいんだよぉ」
「それは派手だか、途中で岩に当たった怪我しちまうだろ」
「そこは気合でどうにかしろ!」
でた気合! 根性とやる気があれば何でも出来る……って出来るか! なんで派手さを求めて危険な事しなければいけないんだ。俺は止めようとしたがバイフォンはどんどんその仕掛けを構築していく。どうやら後戻りは出来ないようだ。くっそ碌な事言わないなゲイザーよ。
「ヒヒヒ、まあ頑張れや」
くっそ、覚えてろよ。俺はゲイザーにささやかな復讐を誓うのであった。そして俺たちは最後の仕掛けの為に崖下へと向かう為にロープを垂らす。この崖降りてみると実はそれほど高い位置にはなかった。そしてバイフォンは崖下に着地すると、テキパキと仕掛けを組み立てて行く。それは崖から落ちた俺を受け止めるネットのようなものだ、ジャイアントスパイダーと呼ばれるモンスターから取れる糸を使った強靭な網を壁へと固定する。この網を使えば崩れ去った岩も容易に受け止める事が出来る!……らしい。不安しか残らない。そんな不安を感じた俺の顔を察したゲイザーは崖上へとロープを使って登って、ネットに向かって岩を投げつけた。すると岩はその柔軟な糸から作られた網によって包み込まれ、まるでトランポリンのように重力を軽減していく。ゲイザーのクセに生意気な真似しやがるぜ。
「よしこれで、後は当日に作戦通りにやるだけだな」
「さて撤収するか!」
「何言ってるんだ? 俺たちはここで宿泊よ」
「え?」
「当然だろ、当日不測の事態が起こったら俺たちに任せろってね」
「作戦ぜってぇ成功させろよ」
ゲイザーが俺に向かってウインクをしてくる。やめろ、世紀末ウインクなんぞ誰も求めてねえんだよ。だがゲイザーの思いは素直に受け取っておく。そして彼らの励ましを受けながら洞窟を後にする。今日一日は本当に疲れた。だが明日になればあのヤンデレとはオサラバだ。明日のダンジョンにウキウキしながら俺は眠りにつく……はずだった。