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恋愛もの短編集

クロスワードパズル

 

 栄太から手紙が届いた。


 栄太はつきあって二年ほどになる彼氏。四月の辞令で東京の本社へ異動になり、札幌に住む私とは遠距離恋愛になってしまった。

 こまめに電話やメールで連絡は取っているものの、この距離では毎週末のデートなど出来るわけもなく、正直言うとかなり寂しい。


 それにしても、わざわざ手紙? なんの飾りもない水色の封筒の表裏をひっくり返して眺め、首をひねりながらひきだしからハサミを出して封を切った。

 昨夜だって電話で話して、でも何も変わった素振りはなかったし、いつも通り普段の出来事とか彼の趣味の話とかを話していただけで、突然手紙を送ってくるようなことなんて匂わせすらしなかったのに。


 中を覗くと几帳面に折り畳まれた紙が出てきた。びっしり書き込まれた便箋、そして一枚の方眼紙。


「クロスワードパズルか!」


 実は栄太はクロスワードパズルを作るのが好きなのだ。作っては時々雑誌なんかに応募しているらしい。私もパズルを解くのは嫌いじゃないから、たまに栄太の作ったものを解かせてもらうけれど、栄太が転勤してからはさすがになくなっていた。


「へえ、久しぶりだ。……やってみるか」


 カフェオレ片手に鉛筆を持った。便箋にはクロスワードのヒントがズラッと書かれている。


「あれ? なになに、『理子へ。24日までに解いておくこと』?」


 便箋のてっぺんに書かれているメッセージに首をひねる。何となく何がしたいのかわかる気もするけど、まあとりあえず乗ってやろうか。


「さてと、ヒント……」


 便箋の中身を読んで固まった。


 たてのヒント・1。

 俺と理子が初めて会った場所。○○公園


 たてのヒント・2。

 俺と理子の初デートで入った店。


 横のヒント・1。

 つきあい1周年で俺が理子から貰ったプレゼント


 …………


 なんじゃああああこりゃあああ!

 これを解けっていうのか! この、こっ恥ずかしいものを!

「私達のメモリーね、いやん♪」とでも言うと思ったかあああ!

 恥ずかしいから流石に言わないけど、大事で綺麗な思い出もたくさんあるのに、それを全部笑いに変えるつもりかっ!


 カッと頭に血が上り、手に持っていた鉛筆をカーペットに叩きつけてしまった。パズルの書かれている方眼紙も放り投げそうになったけど、それはなんとなく思いとどまった。

「24日までに解いておくこと」この一文が引っかかったのだ。


 私はしぶしぶこの「解けば解くほどHPが削られていくクロスワードパズル」に取り組むことにした。


 かりかりかり。……うん、割と早く出来たよ。というか、早く終わらせたい一心で頑張りました。

 それからパズルの本にあるように、太枠で強調されているマス目の文字を、マス目にふられているアルファベットの順に並べていった。


「い……ぶ……の……?」


 全てを並べ終わった私は今度こそ全身脱力してしまった。何を考えているんだ、栄太は。

 サプライズしたかったのはわかった。24日までって時間に制限をつけた理由もわかった。

 でも、あいつは24日の前日つまり23日が祝日で郵便配達が休みという事実を忘れていたんだろう。つまり、奴は23日に届いたパズルを私が解くことを期待していたはずだ。


 私は大きくため息を吐くと、手早く着替えて一度は脱いでハンガーにかけておいたダウンジャケットを着直した。だって、24日は今日だから! 


「イブ ノ 夜 ニ タテ イチノ バショデ マツテル」


 タテ1の場所、つまり初めて会った場所。札幌の観光名所としても有名な大通公園に、クリスマスイヴの夜に待っている、と。

 クロスワードパズルの答えはこれだった。

 つまり、栄太は真冬の屋外で延々と私が来るのを待っている、ということなのだ。冷蔵庫の中よりも寒い、冬の北海道で!


 久しぶりに帰ってきて私を驚かせたかったんだろう。それにしても真冬の札幌で外で待ちあわせとか、アホか。そもそも素直に電話で待ち合わせすればいいものを、これだからパズルヲタクは。


 ブツブツ言いながらも、栄太が風邪を引く前にと慌てて使い捨てカイロをいくつも握りしめて自宅を後にしたのだった。







★☆★☆★





 四月に東京へ転勤してきてからもう八ヶ月。一人暮らしの俺の部屋は閑散としている。

 理子に会いたい。夜一人になると、理子不足でたまらなく寂しい。

 寂しさを紛らわすために、趣味のクロスワードパズル作りに没頭した。パズル雑誌に投稿して、採用されたこともある。それはそれで嬉しいんだが、完成したあとそれをいつも解いてくれていた理子がいないことに気がつきまた寂しくなる。

 だから、積極的に休日出勤もこなしてる。仕事している方が余計なことを考えなくて済むからだ。


「え? 23日……って、明日ですか?」

「悪いな栄太、ここのところ休日出勤続いてるのに。共栄商事がどうしてもこの日じゃないとダメみたいなんだ」


 申し訳なさそうに言う上司に、「それじゃあ」と言って、代わりに24、25日の連休をもぎ取った。ちょっと苦笑いされたけど、ここは見なかったことにする。


 よし、理子に会いに札幌へ帰る。

 自宅に戻ると俺は浮足立って飛行機の予約を取るためにパソコンを立ち上げた。


 理子をびっくりさせてやろう。突然部屋を訪ねるのもいいな。あ、でも、万が一いなかったら困る。帰ることだけは伝えないと。

 そうだ、理子に初めて会ったのも二年前のクリスマスイヴだ。初めて会った場所で待ちあわせて……大通公園か……うん、寒いけど何とかなるだろう。

 でも、それだけじゃサプライズにはならないな。


 ーーーーそうだ。得意のクロスワードパズルを送って待ち合わせ場所を解かせるっていうのはどうだ? 理子も楽しんでくれるかも。


 実を言うと、転勤してきてから不安もある。理子に変な虫が寄ってくるんじゃないか、あるいは誰かに理子を掻っ攫われちゃうんじゃないか。理子の気持ちは信じてるけど、人の気持ちは縛れないものだ。だから俺は必死に夜毎に電話をかけたりメールしたりして理子との繋がりを守っている。

 電話で話している理子は全く変わらない。なのに情けない俺は時折不安でたまらなくなる。


 だから、クロスワードパズルを送るのはいい手に思えた。あんな面倒くさいもの、おまけに自作のものなんて、好きでもなけりゃすぐにはやってくれないんじゃないか。

 そうだ、ちゃんと解いて待ち合わせに来てくれれば……


 理子、試すような真似をしてごめんね。でも、どうしても知りたいんだ。


 そうと決まればすぐ作って送らなきゃ。普通の手紙なら一日で着くだろう。


 俺は頭を絞ってクロスワードパズル作りに没頭した。




 24日。

 俺は三時すぎの便で新千歳空港へ着いた。ここから札幌まで特快で一時間かからずに到着出来る。

 実家に寄って荷物を置き、暗くなってから大通公園に出かけた。

 理子と出会ったのは大通公園のテレビ塔のあたり。時間をはっきり決めていないから、理子なら仕事が終わってから連絡をくれるだろう。そう思って、近くにあるコーヒーショップに入って公園を眺めていることにした。


 やがて暗くなり、理子の会社の定時が過ぎた。残業はほとんどない会社だ、理子から何らかの連絡は来るだろう。


 と思っていたが、一時間だっても俺のスマホはぴくりとも動かない。ムクムクと不安が膨らんできた。

 いやまて、ひょっとしたら急に残業になったのかもしれない。少ないとはいえ完全に残業がゼロなわけじゃないからな。


 もう30分たった。自分を必死になだめすかしてきたけれど、そろそろ限界だ。俺は席を立つと雪が融けてグチャグチャの歩道に踏み出した。


 大通公園の端に位置するテレビ塔。東京タワーみたいな派手さはないけど、この街の象徴の一つとしてしっかり根付いた風景。重く垂れ込めた雲に照明が反射して変な色になっているのをバックにどっしりとそびえ立っている。それを見上げながらマフラーをギュッと締め直した。足元からしんしんと冷気が登ってくる。たまらず鼻をズズッとすすった。


 その時だ。


「何やってんのよ、馬鹿栄太っ!」


 息を弾ませながらキルティングのバッグで俺をしばき倒したのは、理子。


「理子」

「理子、じゃないわよ! 風邪でもひいたらどうすんのっ! ほら、屋内に入ろう?」


 心底心配してくれている理子に、俺も心底申し訳なくなってくる。

 ふんわりと理子を抱きかかえると、恋い焦がれた理子の匂いがした。


「ごめんね、理子」

「もう、具合悪くしたって東京までそうやすやすと私はお世話しに行けないんだよ? 体、大事にして?」

「うん、ありがとう」


 理子の気持ちが心に沁みる。欠けていた何かが満たされていくように、一杯になっていく。

 もう、たまらない。抗うことの出来ない衝動に突き動かされるままに口から言葉を吐き出した。 


「理子」

「ん?」

「買いに行こう、今すぐ」

「何を?」

「指輪。も、理子と離れてるの、無理」


 今すぐ理子を独り占めできる保証がほしい。これ以上、ただ理子と離れているなんて我慢できない。


 俺の腕の中にすっぽりと収まった理子がぴくりと体を強張らせた。


「栄太?」

「ん?」

「それって……」


 少しだけ腕を緩めて理子のさと目を合わせる。こぼれそうに見開かれた大きな瞳に吸い込まれそうだ。


「栄太」


 軽く視線を落とした理子が低く俺を呼ぶ。小さく震える肩を抱きしめようとして……



 どすっ!


「ぐっ!」



 理子の渾身のパンチがみぞおちにめり込んだ。


「り……」

「顔洗って出直してこいやあああっ!」


 信じられない、これが生涯ただ一度の大事なプロポーズだなんて有り得ない、なんだその盛りのついた犬みたいなのは、ましてやクロスワードのことでこれだけ私のメンタルがりっがりに削り取ったってのに! とブツブツ怒りながら理子が拳骨を握りしめていた。

 やっと冷静になった俺は、土下座する勢いで謝り倒し、後日改めて仕切り直すことを約束させられたのだった。

お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  短篇ならわの、面白さだね  土下座シリーズとか、読みたいかも(笑)
[一言] パコン‼︎ (キルティングのバッグで頭をはたいた音) ぷろぽーずネタ好き過ぎか(笑)! ……なーんてね。突然失礼しましたm(_ _)m ひかるさん、こんにちは〜(^^) しっかり系女子とち…
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