出戻りヒロイン逃避思考
いやな予感がしていたのだ。
すぴりちゆあるなわたし、を気取る気は全くないのではあるが、虫の知らせというか、本能が『危険まったなし』とささやいているというか。
ただでさえ、前世の記憶とか、それ黒歴史と言わんばかりのものがあるのに、これ以上なにがあるものかと無視していたのが悪かったのか。
それとも、普段やらない乙女ゲームを『うっし、私も一応乙女だし、たまにはやってみるかいのぉ!』と手にとってしまったのが悪かったのか。いつも通りに格ゲーなりRPGなりローグライクなゲームなりをしていれば良かったのか。ローグライクなゲームで町をモンスターまみれにしてみたり火の海に沈めてみたりする作業をしていれば良かったのだろうか。
原因はその乙女ゲームにある。
つまりは後者が間違いだったということだろうか。
いいや、嫌な予感を感じた時点で警戒していれば良かったという点ではどちらもであろう。やはり供物を捧げて好感度をあげてご褒美をもらうための作業をしているべきだったのだ。ちくしょうもうちょっとだったのに。
そのくそったれな乙女ゲームは『七ツノ花ガ咲クトキ〜絶対満開道中〜』という、そこそこの評価であるそれ。
『だっさい名前やのぉ! もうちょっとセンス磨いたらどうですかね……』とか口に出したのが原因ではないだろう、きっと。製作陣の呪いだとかとは思いたくはない。でも、絶対満開道中は無い。コメディとかならともかく、真っ当めな恋愛シミュレーションでそれはどうかと思う。七ツノ花ガ咲クトキ、は絶対満開道中に比べれば霞む。なんでカタカナなんかのぉ! というつっこみは入れてしまったけれど、きっとこれも原因とは言えないはずである。
手にとった瞬間から違和感はあった。
そして、起動してみれば更に違和感は増した。
しかし、嫌な予感を振り切りたいというのもあって、没頭したのだ。半ば無理矢理に。
違和感を感じつつ、ぽちぽちと進めていたのだが、最後の方に来るに至り、その正体に気がついたのだ。
この環境、名前、聞いたことがある。
特に、主人公。
「これって私やん?」
と。
なんということでしょう。
ただでさえ痛々しい前世の記憶という要素が更に進化した瞬間だった。
それだけなら悶え苦しみ、クッションをぼろぼろにするだけですんだのだ。人生を生きてきて『ドーモォ、乙女ゲームのヒロインが前世の私ちゃんデース』なんていう機会はトチ狂いでもしない限りないのだから。『私は前世で振り向きの君を守る戦士だったのよ!』と仲間を募る趣味もないわけだし。
おそるおそる、興味に負けて全部クリアしてしまった。
その瞬間である。
くらりと視界が暗転したかと思えば、次に目を開けた瞬間に。
輝かしいばかりの笑顔を向けてくれている、見覚えのある男女。
あ、どうもお久しぶりです。
前世の両親がこんにちはである。
嫌な予感はしていたのだ。
嫌な予感を信じれば良かったのだ。
後悔、その意味を全ての期間を含めてよくよく理解した出来事だった。
死んだ? 私は死んだのか? 乙女ゲームプレイ中に死んだというのか? 死因は恥ずか死か? 頼むぜ兄弟、見てたら抹消しておいてくれよ。
という疑問を持ちつつ、現実はどうしようもない。死んでいようと、死んでいまいと、出戻ってしまったという実感だけが残る。両親……今のではなく、こちらに来る前の……に孝行もできていないというのに、兄弟もこっちにはいないし、という悔しさと寂しさを噛み締めつつ、情報だけは少しずつだが集めている。
前世……前前世? いいやめんどくせぇ……の記憶と、今は相違がない。ちなみに、幼い頃はゲームでは細かく描写されなかった部分である。
しかし違いはある。あるのだ。
むしろ、違いだらけだ。設定と自らいうのはなんだが、基本的な設定が似通っている、くらいしか同じ部分が無い。
ゲームをプレイしていて違和感を覚える、という程度ですんでしまっていたのはこれが原因の一つになっていたのだろう。
ヒロインである私ちゃんと、今ここにある私との違い。
イケメン野郎共がいる学園に入学するという、乙女ゲー的テンプレ部分は同じだ。私ちゃんがその学園を選んだ理由はよくわからないが、私がその学園を選んで入っていた理由は近かったからだ。
私ちゃんはイケメン野郎共と波瀾万丈イベントバンザイ! (攻略対象)教師なオマエが手を出す犯罪! な学園生活を送っていた。私はオタ趣味に走ってみたり、山で狩りをしたりと主に個人でエンジョイしていた。ちなみに全く腐っては居ない。そのへんの区別はつけて欲しい。
私ちゃんはイケメン野郎共の誰かといやーんうふふでスイーツな関係になっていた。私は山で出会った大型の熊とがっしぼっかな過程を経て、強敵とかいて友と呼ぶ関係になった。
うん……うん?
むしろ、家族構成とか好きな食べ物とか、名前とかくらいしか同じ部分がないな! ガハハ!
ここまで違えば勘違いかと思いたいのだが、私の行動がアレなのを除けば、イケメン野郎どももいたし(無駄に目立っていたので覚えている)、学園の名前も一緒だし、学園であるイベント(学園祭などの)も同じだし、その他もろもろ覚えている限り、確認できる限り同じ。私関連以外。
あれか、私は異物か。
いえーい! 私ったらアマゾネスー!
誰がアマゾネスだこの野郎。ハァトを射抜くぞ、物理的に。
それから私は別段気にせず生きた。
出戻った場所が乙女ゲイムだったとして、私がヒドインだったとしても、それに従う必要など無いわ。
そういう考えは甘かったのだろう。
とんでも現象が重なっているのだ。縛りがないほうがむしろおかしかったのかもしれない。
転生(?) → 出戻り → 気にしない私アマゾネス化 → 卒業 → 暗転
そう、卒業と同時に意識がなくなった。
目を開ければ輝く笑顔。
あ。どうもです。
再びスタートである。
勘弁して欲しい。本気で。強くてニューゲームなんて、現実で繰り返し行うようなもんじゃない。そして赤ん坊スタートは長い。
でもそう簡単に何が変わるわけでもない。慎重になりながらも、私という人格は変わらない。
もう終わるだろう、次はもう無いだろう。そんな淡い期待と共に何度もループした。多分、精神的には二度目で壊れていたんだろう。同じ人格で、記憶を引き継いで、人生を何度も過ごしてまともで居られるほどにレベルは高くなかった。
そうして、ループの果てに。
きっとそうだろうという答え。
ああ、ヒロインやれってことですね、わかりたくありません。
気づきたくはなかったが、多分そうだろうというのはわかっていたのだ。乙女ゲームやってきたんだから、むしろソレ以外の条件だって言われると探すのがもはや難しい。引っ越してみたり一人暮らししたり山で暮らしたり滝に撃たれてみたり必殺技を作って山の主を一撃で仕留められるようになったりしてもどうしようもなかったし、怪しい人物なんかも近寄ってきたりもしなかった。
でも無理だって、現実でその設定は地雷じゃないか。私は攻撃力的な意味でも地雷になったが、だからといって合わないだろう性格の人物を愛するのは無理だ。
二次元だから許されている的な性格は、三次元では地雷ですよ! 奥さん!
くっつきたくない。でもループからは抜けたい、ジレンマ。
何事もチャレンジだよね、と開き直るまで時間がかかった。
で、開き直ったからといってうまく行くかどうかは別問題である。
俺様系生徒会長編
接触→気に入られる ゲーム的にイベントをこなすことでこれは成功した。
が、その後が問題で。
俺様的性格が発動し続けると、そう、ストレスがたまるのである。
「ふん、オマエは俺のいうことを聞いていればいいんだ……」
「黙れモヤシがぁ! 炒めて食されろボケェ!」
右手が唸った。
生徒会長君は敬語になった。
やんデレ系クラス委員編
これも好感度稼ぎはうまくいった。
だらだらでもやっててよかった原作ゲー!
あ、いや、それのせい(多分)じゃん。騙された!
で、やんデレ系って、こう、依存系というか、まとわりつかれるというか。
束縛というか……鬱陶しくなってくるわけで。
「なんで? なんで僕じゃなくてあんな男と話すの……? 僕だけでいいだろ? 僕をみ」
「僕僕いってんな、木魚かてめぇ!」
左手が光った。
やんデレ君は下僕となった。
アイドル系クラスメイト編
仲良くなるまではうまくいったんだ。毎回そこまではうまく言っている気がするぜ!
こいつは性格的にはまぁまぁ他に比べればよし。押しに弱いところがあるが、気が弱いのは仕方がない部分もある。
だが、周りがうざったい。
アイドルだからというのもあってか、ファンクラブやらも存在する。
もうそこからはドロドロめいたものである。
奴らは嫉妬、私はshit!状態。
「ふふ、アイドル君と仲良くなっているなんて思い上がるからよ」
「てめぇがヴァルハラへ上がれやぁ!」
右足が吠えた。
アイドル君は怯えた。
幼なじみ系編
幼い頃から私を知ってるんやで?
イタズラ等へのお仕置きで左足で技を穿ち過ぎた(手加減)せいか、彼はMasochism(流暢な発音)に開眼してしもうたのだ。
失態である。
変化球悪役キャラ転生仲間編
一応ヒロインをやろという努力を重ねた結果なのか、見ているかもしれないカミサマ的それの『こいつだけじゃ無理』的なテコ入れだったのか、悪役キャラ転生者登場。
知ってるで! これあれやろ! 悪役キャラだけど回避したいからまともに〜からの攻略キャラ落とす流れやな!?
私以外でもヒロインがいれば大丈夫かもしれない!
そう思っていた時期が、私にもありました。
所謂踏み台的な。
そう、それヒロインの位置の奴がやるのがテンプレちゃうの? それやったらどっちかっちゅーと悪役になるんちゃう?
という人間だったのです。
それでも私を無視して落としていれば良かったのに。
ヒロイン(的な位置)だからか、絡まれる絡まれる。
我慢! 我慢やでぇ…… とやるのも限界というものが。
「ふふ、逆ハーレムに貴方は邪魔なの」
「ハーデスに会わせてやろう……」
必殺技(手加減)を繰り出した。
転校された。
一体私が何をしたというのだろうか。
どうして世界はこんなにも私に厳しいのか。
女子力をもっと高まらせろということなのだろうか。
おかしいなー、料理とかもはや職人の粋に来ているし、ファッションも悪くないはずなのになー。
残りの数名もそんなこんなで駄目だったし。
逃避思考に逃避思考を重ねながら、ループしまくった結果、生まれたのは諦観であった。
さすがに壊れたアマゾネスといえど、人格の維持にも意地にも限界があったのである。
でもやっぱり俺様系とかやんデレ系とかツンデレ系とか、極端にステータスを振られたような性格が嫌なのは変わりないので、幼なじみを教育することにしたのだ……
失敗(ステータス的な意味ではなく人間会計的な意味で)して、尊敬されすぎて恋愛にならなかったり、部下的な位置に収まり過ぎたりして恋愛にならなかったりしたものの、経験は生きるものだ。
そして、おそらくはループが三桁になろうというくらいでやっと、やっとの思いで丁度いい塩梅になった。
告白によって、成就。
恐怖しながら卒業を迎えた。
そして、大学に進むことができたのだ!
やった! 勝った! 第なん部かもはやわからんが完!
乙女ゲーというよりも最終的には育成ゲーじゃないんですかと聞きたくなる流れではあったが、私は至ったのだ!
ざまを見ろ!
で、きっと油断したのが間違いで。
大学三年くらいで、ステータスが上がって調子に乗った奴の浮気が発覚。
まぁ、くっついたからって全部はうまくいかんか、と。
別れを迎えた。
そしたら何故かまた暗転。
あー……どうもデース。
なんでやねん……
もういいですわぁ……
レベルを上げて物理で殴っちゃいけないゲームだったのが誤算だったんだ……!
レベルを下げて物理を使わなくなるまでループから抜けられないっ……!