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Interlude2210

舞台:2210年


ある再会と離別、そして始まり。

『──あんたが、《ガイア》?』

 機械を通して聴こえて来るのは、何処となく幼さを残した少年の声。

 その問いかけに、カリィがいつもの口上でもって答える。そう、いつものように──『初対面』であるかのように振る舞って。

 否、実際彼等は初対面である。カリィもつい数時間前に少年の事を簡単に説明されたばかりだ。

 ようやく『その時』が来たのだと告げた瞬間の、


「やっとかい!! 永遠にそんな時は来ないんじゃないかと思ってたよアタシは!!」


という怒号は甘んじて受けざるを得ない。

 それでも役目を放棄する事もなく、必要最小限の説明できっちり仕事をこなしてくれるのだから本当に優秀な人材である。出会った当初はここまで深い関わりになるとは予測していなかったが、今では名実共に信頼のおける『仲間』だ。

 少年とカリィの会話は続いている。

 カリィの『来るのを待っていた』という言葉に警戒を強めたようだ。なかなか見所がある――言われた事を鵜呑みにするようでは、この先を生き延びられなかっただろう。

 実際、彼等はずっと待っていた。

 向こうはこちらを知らないが、こちらは相手を知っている──この数年間、陰ながら見守り、いつか訪れるかわからない今日という日に備えていたのだから。

(どうやら無事に接触完了か)

 まだまだ事態は動き出したばかりで、今後どう物事が転がるかも定かではない。だが、まずは第一関門を突破出来たようだ。

「──カリィの元に辿り着けたようですね」

 彼の思考を受けて、彼女が口を開く。

(そうだね)

「わたし達はいつ合流を?」

(今日の内がいいだろう。カリィもいろいろ聞きたい事があるだろうし)

 カリィにはその権利がある。知ればもう引き返す事は出来なくなるが、降りようと思えばいつでも降りられた舞台から降りなかったのだ。とっくに覚悟は出来ているはずだ。

(それよりもまず、俺達も待ち人に会わないとな)

「はい」

 答える声は落ち着いたアルト。声質は少女のものだが何処か機械じみた──感情の欠けた声だ。

(──さて、カリィはどう反応するだろうね)

 目的地に向かいながら、彼は考える。

 彼等の存在は、おそらく一般的に見て『奇異』の一言で済まされる。あるいは──『奇跡』、と表現する者もいるかもしれない。

 ずっと接触を避けていたのは、彼等がお尋ね者である事も一つの理由だが、最大の理由は真実を知る事でカリィが『騙された』と誤解する可能性が高かった為だ。

 当事者である『彼』だって、もし自分のような存在を前にしたなら、高確率で疑っただろう。荒唐無稽にも程がある。彼自身もどうしてこうなったのか説明出来ないのだ。

 だが、──現実だ。

 彼の不安を感じ取ってか、彼女がまた口を開く。

「カリィは受け入れてくれると思います」

 珍しく断言する言葉に、彼は少し驚く。

(どうしてそう思うんだい?)

「──わたし達は『仲間』なのだと、カリィは言いました。仲間とは、同志という事でしょう?」

 つまり、志──目的が一致しているから大丈夫だと言いたいのだろう。

 なるほど、と思う一方で、そんなに簡単に言い切れられるほど人は単純には出来ていないとも思う。

 始めて接点を持った時を思い返す。

 あの時、胡散臭いとしか言い様のない彼等の言葉を信じて従ってくれたが──彼女が長年いた施設での境遇を考えれば、こちらの指示に従う事はおそらく相当の勇気が必要だったに違いない。

 その信頼関係が揺らぐ可能性が高いのだ。不安に思っても仕方がないだろう。

「それに」

 続く言葉を薄々予測しながら、彼は促す。

(それに?)

「カリィが拒絶しても、あなたにはわたしがいます」

 きっぱりと迷いのない言葉は、熱烈な告白にも似ていた。


+ + +


 いくつもの曲がり角を曲がり、複雑に入り組んだ界隈を進むと、やがて灰色の巨大な建物が正面に見えて来る。

(……何だか久し振りだな)

「そうですね」

 彼の思考を受けて、彼女が淡々と受け答える。実際、その場所を避けこそすれ、自分から近寄る日が来るとは正直思ってもいなかった。

 何故ならそこが彼等の『敵の本拠地』──すなわち、《連邦》本部なのだから。

「……『懐かしい』、ですか?」

(まさか)

 彼女の問いかけに即座に返す。

(そういう君こそ。懐かしいかい?)

「いいえ」

 彼女も即座に返す。

「わたしの居るべき場所はあなたの存在する場所です」

(……うん、わかってるよ)

 それは今までに何度も繰り返された問答。お互いそう思っていようと、それでも切っても切りきれない因縁の場所が目の前にある。

 そして──。

「──目標を発見しました」

 そこからさほど進まない内に彼女の歩みは止まる。

 そのまま人目につきにくい路地へ入り、ゴミの散乱している道を進むとそこに彼等の待ち人がいた。突き当りの壁に背をもたれさせ、目深にフードを被って蹲っている。

(……話をしたい。代わっても?)

「はい──この周辺に敵性反応は今の所確認出来ません。ですが、念の為にリミット五分で」

(わかった) 

 その瞬間、はっと目の前にいた『待ち人』の頭が上がる。勢い余ってフードが外れ、隠されていた顔が露わになった。敵か味方かを見定めるような、食い入るような視線が向けられる。

「──『初めまして』」

 念の為にそう話しかければ──実際、彼が直接会うのはこれが初めてなので間違いではないのだが──その顔が呆れたような表情を浮かべた。

「……今更?」

 その物言いで相手が正しく自分を認識している事を理解する。

「悪かった、訂正するよ。……久し振りだ」

「うん、そうだね」

 答える声は当時と異なるのに、口調が同じだからか違和感を感じない。

「ここに来たって事は、あの子は無事にそっちに合流出来たって考えていいの?」

「ああ。俺達の仲間の元に今はいる」

「そっか……、じゃあもう大丈夫だね」

 言いながらゆっくりと立ち上がる。その動作はとてもぎこちなく、まるで部品が錆ついた旧式のロボットのようだった。

「じゃあ、ぼく行くね。後は……お願い」

 少年が彼等の元に辿り着いたという報告だけを待っていたとばかりに、不安定な足取りで歩きだすのを、反射的に引き留める。

「……なに?」

 不思議そうに見つめる瞳に映るのは、白い髪に赤い瞳の造りものめいた少女の姿。なのに相手は正しくその名を呼んだ。

「ダイチ、もしかして心配してくれてる?」

 彼の、名を。

「……心配くらいしてもいいだろう? 古い付き合いなんだから」

 言い訳じみた彼の言葉を受けて、目の前の顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。

「ありがと。でも、もう行かなきゃ。……まだ、ぼくにしか出来ない事があるからね」

 掴んだ手をやんわりとほどき、再び歩き出すその背を追う事は出来ない。彼もわかっているのだ。だから彼は敢えて、その名を呼んだ。

「──《プライマリー》」

 僅かに歩みが止まったものの、もうこちらを見ようともしない。見納めのつもりでその姿を目に止め、彼はせめてもの餞の言葉を送った。

「……今度こそ、良い眠りを」

 その言葉をどう受け止めたのか──やはりその顔はこちらを向く事はなく、代わりに白い手が小さく一度振られ、その姿は表通りへと消えて行った。


 ── 一つの時代の、幕引きをする為に。

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