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Gaia(2)

『そうだね。確かにあの施設にはカリィのような子供はたくさんいた。だが、俺達は最初からカリィを捜して管理システムに入り込んだんだ。……あの時は名前も知らなかったけどね』

 声はカリィの知らない事を紡ぐ。

「知らないのに捜したのかい?」

『うん。……恩人の遺言なんだ。もし君が──『Mの因子』を引き継いでいる者いたら保護して欲しいと』

「恩人?」

 一体誰だろう? 無意識に首を傾げていた。

 男の恩人という人物が、まったく思い当たらなかった。知り合いなど数える程しかいない。しかもどれもがカリィの身を案じるような人間ではなかったから最初から対象外だ。

(……『Mの因子』ってまさか)

 知らない単語ではあるが、こちらには思い当たる事があった。似たような言葉を耳にした事があったからだ。


 ──TYPE:MARIA


 多くの子供を分類する中で、カリィに与えられた分類がそれだった。もっとも、『マリア』の『M』だとしても、その『マリア』という言葉が何処から由来するものかカリィは知らない。

 益々困惑を深めていると、その疑問を見透かしたように『声』は続けた。

『もちろん、カリィは直接は知らない人間だよ。もしかすると名前くらいは聞いた事があるかもしれないが……、君が外へ出て来る前に彼は死んでしまったからね。面識はまったくないはずだ』

「でも、相手はアタシを──アタシのような人間がいるって思ったから、アンタに頼んだんだよね。何でよ? あの場所は《連邦》の人間も限られた人間しか知らないってアンタ言ってたじゃないか。つまり、一般人なら存在も知らないって事だよ」

 つまり、カリィの保護を求めた人間は純粋に消去法で行けば関係者という事になる。知っている限りではろくでもない人でなしばかりだったあの場所の関係者に、人助けをしようとする変わり者がいたとでも言うのだろうか。とても信じられない。

『……。今はまだ言えない』

「──何ソレ」

 ようやく僅かなりと手の内を見せるかと思ったのに、肝心な所ではぐらかされた気になり、カリィは寝転がったままきっと宙を睨みつける。

「アンタに会いたいって言った時も同じような事言ったよね。確かに今のアタシは、アンタがいないと何も出来ないけどさ……。隠し事が多すぎるよ」

『済まない。だが、今はまだ……』

「”表立って動く事はできない”、だっけ? ……そもそも、その理由は何なのさ。一体、いつになったら全部教えてくれるって言うんだ」

 言葉を重ねれば重ねるほど、気持ちはささくれ立って行く。こちらの事はほとんど筒抜けなのに、相手の事は姿を含めてまったく実態が掴めないのだ。

 寝ても起きても観察対象だった時代を考えれば、行動の自由があるだけ今の方がずっとマシなのだが、いつまで経っても姿を見せない男に対し痺れが切れてきた事は事実だった。

 本当に『仲間』なのだろうか。──自分はただの捨て駒なのではないか、と。

 そんな疑いが頭をもたげる。何故ならカリィの存在はそういう意味ではとても都合が良かったからだ。

(アタシは、『人』ではないから……)

 カリィを構成する物は細胞から骨や皮膚まで全部一般的な人間と相違ない。違うのは、カリィに正しい意味で『両親』が存在しないということ──。

 遺伝子的な意味での『親』は存在しているはずだが、法的に結ばれた男女の間から生まれた人間ではない。故にカリィには人権が存在しないのだ。

 人為的に生命を生み出す行為は《連邦》でも特級の禁忌事項であり、《連邦》が成立して数年後には法によって全面的に禁じられている。

 旧時代の大戦時に”いくらでも替えが効く”という理由から『痛覚を持たない人間』や『五感を強化した人間』といった人間兵器が多数生みだされ、それによって戦後の社会は一時期ひどく混沌としたものとなったからだ。

 彼等の多くが社会生活に適応出来ずに最終的に犯罪者となる者が多く、《連邦》は彼等を保護するのではなく、『人ではない』とみなし存在自体を抹消する方策を取った。

 その時に制定された『生体的人体改造制限法』(通称・バイオリミット)並びに『人権保護条令』(通称・プロテクター)は現在も適応されており、カリィの存在はその法に触れるとしてその筋に発見されればその場で即処分対象となる。

 そう、ここでこうして生きて生活していても、社会的にはカリィは存在していないも同じなのだ。

『──接触があるまで』

 普段は考えないようにしている自分の不確かさに意識が向いている所に、男がぽつりと言葉を漏らす。

「……あ?」

『ある人物から接触があるまでは、極力目立つ訳には行かないんだ。……薄々気付いていると思うが、俺達はお尋ね者でね。《連邦》にしつこく狙われている』

「!!」

 思わぬ所で出た単語に思わず身を起こす。《連邦》──それはこの世界を統括する組織であり、同時に自分達にとって共通の意味を持つ名前。


 ──『敵』。


 カリィにとっては、生命の危険と自由を奪う可能性がある存在だ。

 今までは何故彼等が《連邦》を『敵』と呼び、こんなまどろっこしい手段を使ってレジスタンス活動をしているのかわからなかったが、その言葉でパズルの空いていた部分に一つ、ピースがはまったような気がした。

「狙われているって、一体何をやったんだよ」

『……いろいろ』

「いろいろって……」

 随分と投げやりな表現だ。てっきり詳細を語りたくないからかと思ったが、続いた言葉でそうではなかった事を知る。

『端末のハッキングから始まって、機密情報の改竄かいざん、データの流出、要人の逃亡教唆に器物破損──罪状は数え切れない。仮に捕まったら前科何犯になるんだか』

 只者ではないとは思っていたが、よもやそんな前歴のある犯罪者だったとは。あまりの事にカリィは絶句し、頭を抱えた。

「そんな人間の共犯者になっちまったのかい、アタシは……」

『まあ、その中のいくつかは結果的にそうなったんだけどね。……関わりになるのが嫌になったかな? 以前にも言ったように、君が望むなら無関係な場所で生きてゆけるように──』

「それは必要ない」

 男の言葉を遮って、カリィは鋭い声をあげる。

「言ったよ、あんた達がナニモノだろうと、協力するって。そりゃ、まさかそこまでの犯罪者なんて思ってなかったけどさ。──今更放り出すなんて、許さない」

『放り出す気などないさ。だが実際、危険と隣り合わせの仕事なのは確かだろう? 「望むなら、静かで平凡な日々を」……彼の遺言の一つだ。カリィ、君の気持ちはわかっているが、選択肢は一つではない事を忘れないで欲しい』

「ハッ、静かで平凡? ……そんなの今まで腐るほどやってきたよ。だから、もういい」

 言いながらカリィは視線を自分の手に落とす。自分の小さな手は、一般的な『静かで平凡』な生活とは相容れないものしか知らない。その証が、手首にまだ赤くあざとなって刻まれていた。

 ──拘束器具の、痕。『人間』ではなかった頃の……。

「あのさ、アタシは今……結構、幸せなんだと思うんだ。だからそれ、取り上げないでよ。何でも、するから……」

 言葉は次第に弱く、最後は途切れた。

 《ガイア》になる事で戸惑う事も多々あったが、その中でカリィは初めて自分が生きている事を実感出来た。人の役に立つ事が出来る事を知った。

 それを、失いたくない。

『──カリィ、誤解しないで欲しい』

「え?」

『俺達は絶対に自分からカリィの手を離す事はない。確かに彼の遺言がなければ、こんな風に接触する事もなかっただろうし、正直危ない橋を渡るつもりもなかった。でも、今は君に会えて良かったと思っている。これは本当だ』

「……本当に?」

『ああ。今はまだ、君に直接接触する事は出来ないが……いつか必ず、全てを話す』

「うん……」

 おそらく、男の言葉をそのまま鵜呑みにするのは危険なのだと思う。

 正体が知れないし、やたらと前科を持っている犯罪者だ(もっとも《連邦》にとっての犯罪者が、決して極悪人ばかりではない事を知っているけれど)。

 それでも彼等と知り合い、《ガイア》となってからの日々は、カリィにとっては掛け替えのないものになっていた。彼等の為に動く事が、今の自分の喜び。利用されているのだとしても構わない。必要とされているのなら。

(アタシは、ここに存在してるんだ)

 実験動物のように生かされていた頃から、ずっと自分の価値が欲しかった。自分の中に心がある事を肯定して欲しかった。人の形をした『物』ではなく、『人』なのだと── 。

 飢えて飢えて、どんなに望んでも満たされなかったその飢えを、彼等は満たしてくれたのだ。

 だから彼等の為ならば何でもする。この命さえ、惜しくはない──そんな事を言えば彼等が悲しむので、絶対に口にはしないけれど。

 そこに今まで一言も声を発していなかった、第三の人物の声が響いた。

『……カリィ、「客」が来たようです』

 それは若い女性の声だった。若いと言っても声質がそうであるだけで、落ち着き払った柔らかなアルトの声と相まって年齢不詳の印象が強い。男の声と比べると何処か感情が乏しい声だ。

「また?」

 げっそりと呟きながらも、カリィは先程自分が脱ぎ散らした衣装を横目で睨んだ。

「別に仮装するのはいいんだけどさ、この物々しい格好はどうにかならないのかい?」

『効果です。視覚的なイメージは、相手に対し心理的な影響を強く与えます』

『……つまり、相手の油断を引き起こすという訳だな』

 女の言葉を、男が噛み砕いて説明する。彼等二人の関係はわからないが、大抵小難しい事を言うのが女で、男がそれを解説する事が多い。

 やれやれ、と肩を竦めて。カリィは床に散らばった衣装に手を伸ばす──再び、占い師《ガイア》となる為に。


+ + +


 彼女が全てを知るのは、更にそれから三年後のこと。

 ──見知らぬ少年が、嵐を連れてやって来る。

 十代中頃に差しかかった辺りだろうか。周辺に屯している同じ年頃の少年に比べると、随分と育ちが良さそうに見えた。

 情報屋にはおよそ縁がなさそうな風体に、カリィはヴェールの下で目を細める。

「……あんたが、《ガイア》?」

 疑わしそうな様子で尋ねて来るのへ、鷹揚に頷いてみせると、いつもの口上を口に乗せた。

「ああ、そうだよ? いらっしゃい、占い師《ガイア》の家へようこそ。……何の用だい?」

 そしてその日、表向きは占い師、裏では名の知られた情報屋である《ガイア》は忽然と姿を消す。まるで幻のように。

 彼女の部屋に残されたのは、黒いドレスに黒いヴェール、手袋にアクセサリー、そして靴。

 ある者は口封じに遭ったのだと言い、またある者は何処かへ逃げたのだと言った。それが秘密裏に起こっていた、争いの余波である事を知らないまま。

 経歴、容姿、情報の入手経路──何一つ不明のまま、多くの謎を残して彼女は消えた。


 確かなのはそこに『彼女』が存在していた事、ただそれだけ──。

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