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Overture2202(12)

「お帰り、クリエイター」

 必要な用件を済ませて自室に戻ると、いつものようにプライマリーは笑顔で出迎えた。そう、まるで『停止処分』の事など何も知らないかのように。だからアルフレッドもいつものように答えた。

「ただいま。……何か変わった事はなかったか?」

「あったよ。とんでもない重大ニュースだよ! なんだと思う?」

 真面目な顔でそんな事を報告するのも、それを聞く事もこれで最後だ。

 いつの間にか仕事から束の間の休息の為に自室へ戻る度に、こんな風にプライマリーから不在の間に起こった出来事を聞く事が習慣となっていた。

 決まってプライマリーは『重大だ』と前置きするが、そのほとんどがフリックの事で(たまにロイの事もあった)、『つかまり立ちして立てた』だの『歯が生え換わった』だの、実に些細で他愛のない事ばかりだったものだ。

 だがアルフレッドにとっては、その報告が大切な一人息子の成長を知る事が出来る貴重なものだった。

 もしプライマリーがいなかったとしたら──そんな事を考えた事もある。おそらく教育セクションからシッターを派遣して貰う事になっただろうが、おそらくやり取りはもっと事務的なものとなっただろう。

 出来る事ならその成長を身近な距離で見守りたかったが、彼の立場はそれを許さず、顔すら見る事の出来ない日すらある。だからこそアルフレッドはプライマリーの『報告』をどんなに疲れていても必ず聞くようにしていた。

 思えば己も随分とプライマリーに依存していたものだ。プライマリーはプロトタイプであるが故に特化した能力を持たない。育児の知識はもちろんの事、調理を含めた簡単な家事や怪我した際の手当てなどといった医療的な技術もないのにだ。

 『家族だ』と言っていたフリックの言葉を再び思い出す。そう考えていたのはどうやらフリックだけではなかったらしい。

 二人の間に流れる空気は、状況を考えるとひどく穏やかで──だからこそ、アルフレッドはそれがプライマリーの『意志』と受け取り、尊重する事にした。

「プライマリーの『とんでもない』はいつもあてにならない」

「ひどいなー、今度こそ本当に重大ニュースだってば!」

 あてにならない、という事に自覚はあるのかプライマリーは頬を膨らませながらそんな事を言う。ならば言ってみろと視線で促すと、ふとプライマリーは表情を改めた。

 子供のように膨れてみせていたその顔に浮かんだのは──。

「今日でみんなとお別れなんだって。……クリエイターともね」

 静かな言葉はアルフレッドも言葉を失うほど、綺麗な笑顔で告げられる。確かにそれは、今までの報告の中では本当に『とんでもなく重大な』ニュースだった。

「ごめんね、最後に嫌な仕事をさせるね」

 そしてそんな謝罪が少し申し訳なさそうに続く。アルフレッドは無意識に目の前にいる小さな身体を抱き寄せていた。

 これは本当に《人形》なのだろうか。

 今まで何度となく思った事だが、『最後』を前にした態度に改めてその思いを強くする。

 『嫌な仕事』──確かにそうだ。自分が生み出し、長い時間をかけて見守ってきたそれをこの手で終わらせるのだから。それでも、これだけは他の誰かにゆだねたくはなかった。

 実際、話が決まった時点でプライマリーの処理は別の研究者が行う事になっていた。上層部が言うには制作者であるアルフレッドの心情を慮ってとの事だったが、舌先を武器に世界を統べる百戦錬磨の人々の言葉だ。そのまま素直に受け止められる訳がない。

 エデンを通じて『せめて最後は自分の手で』と上層部に掛け合い、担当者を半ば無理矢理変更してアルフレッドはここにいる。

 どんな結果になろうとも、どんな手段を講じても、可能な限り足掻くのだと決めた。

 だが──プライマリーを前にして胸を焼くのはどうしようもないやるせなさと自身への無力感だった。

「……謝るな」

 謝られる事など一つもない。むしろ謝るのはこちらの方だ。

「私はお前の機能を停止しに来たんだ。人間に置き替えれば『殺人』と変わらない。そんな相手に謝るんじゃない」

「わかってるよ。だからだよ」

 見上げて来るライトグリーンは曇り一つない。

「クリエイターは本当は寂しがり屋だからね。ぼくみたいな人形ツクリモノだって、いなくなったら寂しがるに違いないんだよ」

 『ツクリモノ』である事の象徴とも言える目に笑みを浮かべ、わざと憎まれ口のようにそう言いながら、その小さな手はアルフレッドの手を握った。

「信じて貰えなくてもいいけど、ぼくはこの手から生まれて良かったよ。最後を与える手がこの手で良かったとも思ってる。……監視がついた位だから、違う人が来ると思ってた」

「ああ……、そのはずだったんだ。だが、自分で生み出したものだから自分の手でとねじ込んだ」

「そうだったんだ。……無理しなくても良かったのに」

「そうはいくか。こればかりは他に誰にも譲る気はない」

 見上げる視線を真っ直ぐに受け止め、アルフレッドは言い切った。

「……人の子でなかろうが、お前だって私の『子』だ。不甲斐ない『親』だが、相応の責任がある」

「クリエイター……」

 アルフレッドの言葉をどう受け止めたのか、プライマリーはそのままぎゅっとアルフレッドの身体に抱きついてきた。

「プライマリー?」

「ふふっ、嬉しいな。それってフリックと兄弟って事だよね」

 言われて先程の自分の言葉を思い返せば、確かにそうとも受け取れる。そしてふと、違和感を感じた。

(そう言えばフリックはどうしたんだ)

 今、彼等がいるのはアルフレッドの私室だ。元々プライマリーがいるべき場所なのでその事自体は不思議はない。

 『大嫌いだ』と言い残し、アルフレッドの元を立ち去ってから相応の時間が過ぎている。

 念の為、エデンとのやり取りの後に研究開発セクションからの退出記録を確認したが、フリックがそこから出ている事は確かだ。

 てっきりプライマリーと共にいるのだとばかり思っていたのだが、ここにその姿はない。フリックの事だから最後の抵抗としてプライマリーに貼り着く位やりそうなものなのだが。

 もちろん、ここにいない事に安堵している事も事実だ。

 流石に愛する息子の目の前でプライマリーの処置を行えるほど、アルフレッドの精神は強くはない。どうにか宥めすかせて引き剥がさなければと思っていただけに、フリックの不在は殊更奇異に感じられた。

「プライマリー、フリックはどうした?」

 おそらく何かを知っているであろう当事者に尋ねれば、プライマリーはその身を離して軽く肩を竦めた。

「心配しなくても大丈夫だよ。妨害されたりはしないから」

「それは助かるが……」

 だが、ここにいない事にはそれなりの理由があるはずだ。その意図を察してか、プライマリーは珍しく不満そうな顔で言葉を重ねた。

「実際、さっきまで離れないって大騒ぎだったんだけどね。……《ナーガ》が憎まれ役を買って出てくれたんだよ。それが仕事だって言ってはいたけど、泣いてしがみついていたフリックをあっさり引き剥がして、僕を部屋の外に出したと思ったら、そのままフリックの足止めになってくれた」

「《ナーガ》だって?」

 当然、アルフレッドもその名前と本来の仕事を知っている。任務を忠実に遂行しただけとは確かに言えるが、それならその場に残る必要はないはずだ。

「そうか……。フロイド先生に借りが出来たな」

 苦笑の混じる言葉に、プライマリーは同意するように頷く。

「なかなかに大きな借りだよね。でもナーガを造ったあの人の事だから、そんな意図はないと思うよ?」

 その判断に間違いはない。アルフレッドの脳裏に、冷たい鉄面皮の『連邦の犬』と囁かれる年嵩の男の顔が思い浮かぶ。

 ジル・フロイドという名のその人物は、アルフレッドよりも長くこの研究に従事していた大先輩であり、彼から多くの事を学んだ事を思えば『師』とも呼べる存在である。

 今でこそ《人形》に関してはアルフレッドの方が名が知られているが、目の前にいるプライマリーだって彼を含めた先駆者の膨大な研究結果がなければ完成しなかっただろう。

 人形はあくまでも道具に過ぎないという、彼の研究に対するスタンスがアルフレッドとまったく異なるので交流といった交流もないし、結果として世間には不仲だと思われがちだが、アルフレッド自身は先達として彼を尊敬していた。

「そうだな。だからこそ、これは『借り』だ」

「そういうものなの?」

「ああ。私やプライマリーじゃ、フリックを問答無用に引き剥がすなんて芸当は難しい。そうだろう?」

「……そうか、そうだね」

 そして会話が途切れた。視線を合わせ、互いに頷き合う。

 いつまでもこうしてはいられない事は百も承知だ。長引かせればそれだけアルフレッドにとって不利な評価となる事をプライマリーは理解していたし、アルフレッドもまた『これから』に影響する事を懸念していた。

 ──そう、まだこれで終わりではない。

 アルフレッドの部屋では定位置になっている椅子へプライマリーは向かう。アルフレッドの仕事用の端末に近く、通常のメンテナンスの際にはいつもそこで処置を行っていたからだろう。

 機能を停止させるだけならば端末などは特に必要はないのだが、アルフレッドはいつものようにケーブルをつなぎ、バックアップを取った。

 プライマリーが不思議そうな顔をするが、これは上層部にも許可を得ている。

 外見や機能だけならともかく、経験から得るものは個体差が出る為、長く稼働している物ほど『同じものは二度と造れない』からだ。

 何より『死』と同義の行為を理解した上で受け入れた個体は今の所プライマリーが最初だ。

 貴重な経験である、とこんな事までサンプル扱いする己に嫌悪感を感じるが、《プライマリー》という人形が上層部にとって価値のあるものである事を示す為にも必要な事だった。

(可能なら何も残さない方がいいんだが)

 だが、今温めている計画がうまく行く保証は何処にもない。相手は《連邦》なのだ。慎重に慎重を重ねても、まだ不安要素の方が多い。

 その時、端末の端に小さくメッセージウィンドウが開いた。


 ──ユウヨ:180ビョウ ケントウイノル


 来た、とアルフレッドは表情を引き締める。

「プライマリー」

 何も知らないプライマリーはその呼び掛けに小さく頷く。いつでも構わないという意思表示と受け取り、アルフレッドは問いかけた。

「何か、最後にフリックに伝える事はないか?」

 その言葉にプライマリーは苦笑を浮かべてまた頷いた。

「今はきっと何を言っても駄目だと思うよ。それにいつまでも僕の事を引きずってもフリックに良くないと思うし……」

 そこで言葉を切り、ふと思い出したようにアルフレッドの顔を見上げた。

「どうした?」

「うん。結局、『約束』を守れなかったなって」

「約束?」

 流れ的にフリックと交わしたのだろうと考えて言葉を促すと、思いがけない言葉がそれに続く。

「うん。『代わりに側で見守る』って約束したんだ」

「……プライマリー、それは」

 見守る対象がフリックであろう事は言われずとも推測出来た。だが、『代わり』という言葉は──本来なら別に、フリックを見守りたいと願っていて、果たせなかった人物がいたという事になる。

 まさか、と思わずアルフレッドはプライマリーを凝視する。プライマリーはその視線をどう受け止めたのか、小さく頷くと困ったような顔でぽつりとその『名』を口にした。


「ねえ、クリエイター。約束を守れなかった事を怒るかな……アンジェは」

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