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Overture2202(6)

「もしかして、怒ってる? フリック」

「怒ってないよ!!」

(怒ってるじゃないか……)

 泣かれてしまう場合の事ばかりをシミュレートしていた為、そうならなかった場合を想定していなかったプライマリーは困惑した。

 怒った場合の対処を全然考えていない。これは──困る。

 困りながらもプライマリーはしがみ付くフリックの背を宥めるように撫でる。その位しか出来る事が思いつかなかったからだ。

 そうしながら思う。

(……大きくなったなあ)

 造られたときから十歳程度の子供の身体だったプライマリーにしがみ付く少年は、最初に引き合わされた時は枕くらいの大きさだったのに。

 今では頭がプライマリーの胸の辺りより少し低い程度だ。それはそれだけの時間が流れた事を示すと同時に、二人の違いを象徴していた。

 変わらない自分と、変わってゆくフリック。

 たとえ停止処分を免れてこれから先も一緒にいたとしても、いつまでも共にいる事など不可能だろう。人の子はいつか大人になり、育った場所から巣立つものだから。

 今回はその順番が逆になっただけだ。見送るのが自分ではなく、フリックになっただけ。

 ──それでも、許される限り側にいたかった。

(これが、『淋しい』という感情?)

 今までに感じた事のない、処理の出来ない『感情』を持て余す。感じているものが人のそれと同じかどうかなんて、きっと神様だってわからないに違いないけれど。

「ねえ、フリック。ぼくがいなくなったら、淋しい?」

「……っ」

 何となく尋ねると、フリックは唇をきつく引き結んだ怒った顔のまま小さく頷いた。

「でも僕は人形で……、人間、じゃないんだよ?」

「知ってる……」

「喋ったりこうして触ったり出来るけど、そこにある玩具と大して変わらないんだよ? 大丈夫だよ、ぼくがいなくなってもフリックにはまだクリエイターもいるし、ロイだって……」

「……違う」

「え?」

 一人じゃないと伝えたかったのに、その言葉はフリックの感情を抑えた声に遮られた。

「違う、違う……! プライマリーは玩具とは違うよ!! お父さんとも、ロイとも違う!!」

「──……フリック」

「だって、今までずっと一緒だったじゃないか……! プライマリーがいなくなったら……、一人になっちゃうよ。お父さんは忙しいし、ロイだって……。そんなの嫌だ……、どうしてだよ、なんでプライマリーが止まらないとならないんだよ!!」

 ぎゅうっと手に更に力がこもる。幼いが故に、その怒りは純粋だった。

「古くなったからって……それじゃ、まるで物みたいじゃないか……っ!」

「フリック……」

 その一言で、フリックが自分を本当に『家族』だとみなしているのだとわかる。それはとても嬉しい事だけれど。

 でもその分、分類不能な感情は強まってしまう。

 上層部の決定は、フリックのような子供の感情一つで覆されるようなものではない。まだ、その厳しい現実を知って欲しくないのに。

 どんなに『人』に近付こうとも、自分たち『人形』が同じ高さに並ぶ事は許されない。彼らにとって都合の良い道具でなければならないのだ。

 その為に自分達は生まれたのだから。

 一体、どう言ったら諦めてくれるのだろう。十年以上稼動しているというのに、やっぱり人間という生き物は難解で、こちらの予測通りには反応してくれない。

「いいんだよ。ぼくは……どんなに『人』に近くても、『人』そのものにはなれないんだから」

「よくないよ!!」

 ほら、こんな風に。

 フリックだって知っているはずなのだ。人形師の中でも天才の名を欲しいままにしているアルフレッド・ケブラーの一人息子として、一般の人間よりも数多い人形を見てきているのだから。

 その中には当然廃棄処分になったものもいるし、レジスタンスとの戦いで再起不能なまでに破壊されたものだっている。

 自分はたまたま一番最初に造られて、戦闘能力がなかったからこそ、フリックの側にいられただけなのだ。なのにフリックは──。

「プライマリーはプライマリーだもん、誰も代わりにはなれないよ……!」

 泣き出す寸前の顔でそう言い切る。そしていきなり身を離すと、幼いその顔に決意を宿して告げた。

「ぼく、これからお父さんの所に行って来る……!」

「お父さんの所って……、駄目だよフリック! 今、クリエイターは……」

「仕事中なんでしょ? 知ってる。でも、いつ帰って来るかわからないじゃないか。だから行って来る、止めたって無駄だよ!!」

「ちょ、ちょっと待って、フリック!!」

 慌てて引きとめようとするが、フリックの方が動くのが早い。

 伸ばした手は振り切られ、その小さな背が扉の向こうに消えて行くのをプライマリーは呆然と見送り──すぐさま追いかけようと扉に向かうが、その寸前で立ち止まる。

 フリックと入れ替わるようにして来訪してきた人物が、そこに立っていた。

 一見した所、二十代中頃の男。

 白い髪に赤い瞳、浅黒い肌。特徴的な黒い眼帯で左目を覆ったその容貌は、プライマリーの知るものだった。

「──《ナーガ》。どうしてここに……」

「製造ナンバー《D-002-TYPE-PR/NC》、パーソナルネーム《プライマリー》──本日正午をもって、停止処分の指令が下った。これより処分が執行されるまで行動が規制される。今まで与えられていた行動の自由はない。この場にて待機せよ」

 キビキビとした口調で質問には答えず用件だけを言い放った男は、そのまま部屋の中に入るとプライマリーの前に立ち塞がった。

「監視ってこと?」

「──却下。その質問事項は回答が許可されていない」

「そう。相変わらずの『石頭』だね。型通りの回答しかしないなんて、《マネキン》と大して変わんないよ?」

 現在、一般に『人形』と呼ばれるものは三規格に分けられ、プライマリーや目の前にいるナーガなどパーソナルネームを有し、それぞれの用途に合わせて人形師の手によって特化された特注規格のものを《ドール》、特化した能力や外見もなく、金属製の素体に少し手を加えた程度の量産型を《マネキン》、その中間にあたる規格の《パペット》と呼び分けられている。

 ちなみに人形使いと呼ばれる人々が手足として使役するのは後者のニ規格だ。

 最高規格であるドールからすれば、マネキンと同列に扱われる事は侮蔑されたにも等しい。やれやれとわざとらしく肩を竦めるプライマリーを見つめる瞳は冷ややかだ。

 もちろん、プライマリーも理由なくナーガを揶揄している訳ではない。その反応で彼がここに来た意図を探ろうとしたのだ。

 元々友好的な関係にはなかった相手だが、それを監視役に置くとは──上層部は一体何を恐れているというのか。半ば呆れてフリックを追いかける事を諦めたプライマリーは、やがて一つの可能性に気付いた。

「ははあ、……もしかして逃げると思ったのかな?」

「……」

「大丈夫だよ、そんな心配しなくても。って、こんな事ナーガに言ってもどうしようもないか」

 言いながら、プライマリーは部屋の隅に置かれたソファに腰を下ろす。最初から逃げも隠れもする気はない。だが、そうする疑いがあると上層部がみなした理由は思い当たる。

(前科があるもんねー……『アルフレッド・ケブラー製のドール』には)

 もっとも、それは事故だった事になっている。

 実際、アルフレッドの調整に問題がなかった事は証明されているし、その時に具体的に何が起こったのかは誰も知らない。

 結果として残ったのは『アルフレッド・ケブラーが製作した人形が失踪した』事と、『世界が停止した』事だけだ。後者の表現は誇張表現のようなものだが、その事件は今も『世界停止』として人々の記憶に残っている。

 その二つの事実が関連しているのではと考えるのは必然の事だろうし、また同様の事が起こる事を恐れるのも仕方がない。

「いいよ、気が済むまで見張っていたら? ぼくは逃げも隠れもしない。……ああ、でもこの部屋ってフリックのなんだよね。出来たら別の部屋がいいんだけどな」

 あくまでも自分のペースを乱さないプライマリーを片方だけの赤い瞳でじっと見つめ、やがてナーガはふと口を開いた。

「──許可しよう。ただしその場合……、この部屋の主とは二度と会えない可能性があるが、いいのか」

 それは少々予測していたものとは違う言葉だった。プライマリーは驚き、思わず尋ねていた。

「どうしたのナーガ、何か変な調整でも受けた?」

 それに対する答えは益々意外なものだった。

「特別な事は何も。ただ──、先程この部屋から出てきた少年は精神的に非常に切迫しているようだった。意見の相違があったのではないかと、そう思っただけだ」

「心配してくれるの?」

「勘違いするな。私はお前の心配などしない。クリエイターより『子供』に分類されている者に対して配慮するように設定を受けているだけだ」

「……あ、そうなんだ」

 それでもこの男が特化されている能力を考えると、少々意外な反応だった。

 彼の表現を借りれば製造ナンバー《D-005-TYPE-BB/AP》、パーソナルネーム《ナーガ》は、アルフレッド以外の人形師によって製造されたドールで、《ヴァニラ》同様に戦闘能力を特化された人形である。

 ヴァニラが暗殺者なら、こちらは戦闘のスペシャリスト──人形でありながらも軍部に正式に籍を持つ特殊な存在なのだ。

 だが、逆に考えるとそんな存在を監視につけてくるという事は、それだけ危険視されているという事でもある訳で──。

(クリエイターも大変だよね。……いろいろと)

 ただでさえ公私共に必要以上の束縛と干渉を受けているというのに。しかもそれは死ぬまで続くのだ。否、場合によっては死んでからも──。

 そう認識した瞬間、プライマリーは先刻アルフレッドが漏らした言葉を思い出した。


『これが業と言うものか』


(──あ、そういう事か)

 それが正しい答えかはわからないが、ようやく納得できる理由を得る事が出来た気がした。あれはフリックが『人形使い』の才能を持っていた事に対する事ではなくて──。

(あれだけの能力があったら連邦が見逃す訳がない……)

 プライマリーは誰よりもアルフレッドがこの《連邦》からの自由を求めている事を知っている。逃げられないとわかっていながら──いや、一度彼は逃げた。けれど、結局逃げ切る事が出来なかったのだ。

 そんな雁字搦めの彼を救ったのはフリックの母親となった人物だった。

 彼女がいる間はアルフレッドは幸せそうだった。否、幸せだったのだと思う。彼女が死んだ時、その事実に耐え切れず、後を追おうとした位なのだ。

 それでも彼が踏みとどまったのは、他の誰でもない──フリックがいたからだ。

 守る者のない状態でこの場所に置いてゆけば、結果がどうなるかなど関係者なら誰でもわかる事だった。

 しかも、アルフレッド・ケブラーの血を引く子供なのだ。何かしらの能力に秀でているのではと思われても仕方がない。

 だから彼は、踏み止まった。自分の血と、彼が愛した女性の血を引く子供を身をもって守る為に。

 せめてこの子だけでも──きっとアルフレッドはそう望んでいたに違いない。そしてその気持ちは、プライマリーにもわかるものだった。

 フリックを守りたい、というその気持ちは──。

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