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Overture2202(1)

舞台:2202年


過去は生々しく影を残し、未来はまだ不確定のまま。

『始まり』の名を持つ人形が避けられぬ離別を前に望んだものは──。

 これはまだ、『眠り姫』がこの世に生み出される前の物語。


+ + +


「……困ったな」

「何が?」

 思わずため息と共に呟いた言葉へ、不思議そうな声が尋ねる。彼は声の主を振り返り、口元に微苦笑を浮かべた。

「こんな展開を私は全く予想もしていなかったんだ。だから困っている」

 彼はそう言いながら軽く腕組みすると、再び先程から見ていたディスプレイに向き直る。そこには先程彼宛に届いたメールに添付されていたデータが展開されていた。

 いつかのグラフで示されている様々な角度から分析されたそれは、ある一人の人物に関するもの。運動能力・知力、それらから弾き出された適性。ある意味、プライバシーに触れる個人情報と言えた。

 もちろん、それは彼のものではなく(ならばどうと言う事はない)、別の人間──彼の幼い一人息子のものだった。

「……これが『業』と言うものか」

 問題は推定最適職業欄に示された職業と、その適性度にあった。

「『人形使い』、とはね……」

 さらにそこには適性度:A+++とある。

 職業適性度にAからFまである事は《連邦》に限らず一般的な事だが、さらにその上に『A+』やら『A+++』なるものがある事はこれを目にして彼も初めて知った。

 どう見ても規格外の判定である事は明らかである。──いわゆる天職、というものだろうか?

「それも特Aレベルの、かあ。すっごいね! ぼく、そんなの初めて見たよ」

 いつの間にか彼の傍らに移動していたらしく、背後にいたはずの存在が大きな目をディスプレイに向けたままそんな事を言う。

 その言葉で彼はディスプレイから目を離し、覗き込む相手の襟首を掴むと、そのままぐいと後ろに引っ張りディスプレイから引き離す。

「わわわっ! ひどいよ、クリエイター!」

「何が『ひどい』だ。……人の個人情報を勝手に覗き見るんじゃない」

「え~、ケチ~! クリエイターだって見てたし、見ちゃダメって言わなかったじゃないかー!」

 十歳前後の容姿を持つそれは、ぷうっと頬を膨らませて抗議する。それはいかにも子供らしい所作で、おそらく何も知らない人間が見れば微笑ましさすら感じただろう。

 蜂蜜色ハニーブロンドの髪に、何処か不自然にも感じるライトグリーンの虹彩。髪は短めに切ってあるし、服装も比較的活動的な格好ではあるが、愛くるしい表情のせいかどちらにも見える中性的な姿である。

 目鼻立ちはその年齢の子供にしては整っており、そうやって表情豊かでなかったら、おそらく作り物じみて見えたに違いない。

 ──否。

 実際、それは人の姿をしてはいるが、正しい意味で『人』ではなかった。

「私は父親だぞ。だからいいんだ」

 実際、送られてきたのは保護者宛てのメールである。

「だったらぼくは『兄』代わりだよ!」

 しかし彼の言葉に、子供の姿をしたそれはそんな事を言いながら、ふんっと胸を反らす。流石の彼もこれには呆れて言葉を失った。

「……プライマリー、それは威張って言う事じゃない」

 それでも襟首を掴んだ手は離さず、言い聞かせるように言葉を重ねる。

 すると『プライマリー』と呼ばれたそれは大きな瞳に彼を映すと、不意に先程まであった子供らしい表情を消してにこり、と笑った。

 先ほどまでが演技だったのかと思えるほどに、外見は変わっていないのに途端に年齢不詳の雰囲気を漂わせる。

「確かにね。でも、クリエイター? ぼくはこれでも、ぼくなりにあの子を守ってあげたいって思っているんだよ?」

 そこにある表情は真剣そのもので、何処から見ても人間のようにしか見えない。その事実に、彼は内心ひやりとするものを感じる。

 《プライマリー》という名前は『最初の・第一の』といった意味を持つ。そして、その言葉は正に彼を見つめる存在にふさわしい名前だった。

 何故なら、目の前にいるのは彼──アルフレッド・ケブラーが、己の手によって造りだした最初の《人形》なのだから。そして同時に、この世に生まれた(公式的な意味で、だが)最初の《人形》でもあるのだ。

 外見こそ幼い子供だが、これですでに十年以上稼動している。

 その年月は、たどたどしい言葉を操り、人とのコミュニケーションもうまく取れなかったそれが、人間すらも言い負かされる程の経験と情緒を育むには十分な年月だったようだ。

「ぼくはあの子の『手足』にはなれないでしょ? だからこそ、別の方で助けてあげたいんだ」

 受動的な行動が基本のはずなのに、能動的な──『誰かに何かをしてあげる』事を望む。その事実が、時として彼に恐れを抱かせる。

 そうなればいいと思っていたのに、実際そうなると恐れを感じる。なんて身勝手なんだろうか。

「プライマリー……、だからって、個人情報を見る理由には不足だと思うが?」

「う」

 そんな事を思いながらも、普通にやり取りが出来る自分をいうものを何処か他人のように思いながら、もう片方の手でディスプレイの電源を落とした。

「あーっ! ずるい!!」

「ずるいも何もないだろう。……で、何処まで見た?」

「え、えっと……ちょっとだけだよー」

「こういう時だけ子供の真似をするのはよせ」

 じろりと睨むと、プライマリーは肩を竦めて自分の目にしたものを口にする。

 どんなに人に近い物言いだろうと、『人形』である事には変わりない。最終的に『人』には逆らえないし、誤魔化す事は出来ても嘘はつけない。それが制作者であり、さらに権限所有者マスターであればなおさらである。

「身体能力欄のAの項目からUの項目まで、適正能力欄と推定最適職業欄、DNAチェックデータ……だよ」

 その回答にアルフレッドは目を眇める。やはり何か理由があってデータを覗き見たのだ。そうでなければ勝手に個人のメールなど見るはずがない。

「……ほう? 目的は何だ」

「目的って、だから~」

「──DNAチェックデータは、今の画面では他の項目より離れて記述されていた。そんなものを見てどうする気だ」

 それは主に異常や遺伝的に起こる病気の起こる可能性についてのデータだ。心身ともに異常はないと結果がついている。

 目的はこれだろうと突き付ければ、眉をハの字にしてプライマリーが肩を落とした。

「たはは~、バレてるし」

「──プライマリー。強制的に理由を聞いてもいいんだぞ?」

 彼の穏やかな口調での脅しに、プライマリーの顔が蒼白になる。

「一応、お前のマスターは私だからな」

「うー、卑怯だよ~! こういう時だけマスター面するんだもんなあ」

 ぶつくさ言いつつもプライマリーは再び真っ直ぐに彼に目を向けると、彼の質問に答えた。

 たったの一言。けれど、それだけで十分事足りる答えを。


「本当に自分がクリエイターの子供か、知りたいんだってさ……、フリックが」

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