艶やかな唇に紅い舌
真白な肌、クリーム色の絹のような髪に、同色の大きな目、そこそこ高い身長に、長い脚
異国の王子でも思わせる容貌のこの阿呆はかなりの猫舌である。
この王子、ここ2、3分ほど、湯気がもくもくと立ち上る熱々のココアの入ったカップをテーブルの上に置いて、無言でそれを睨み付けている。
この阿呆、猫舌のくせに、熱いままでなくては本当の意味でココアを楽しむ事は出来ないとかなんとかほざいて、冷ましてから飲む事を潔しとしなかったために、つい先ほど舌と唇とを火傷したのだ。
構ってられないほどの阿呆である。
冷蔵庫から取り出した冷たい牛乳をカップに注いで一気飲みさせてやりたくもなってくるが、お前にはココアの美学が分かってないだとか、お前の珈琲水出しにしてやるとか、後に言われであろう小言が五月蠅いのでその衝動をグッと抑える。
私は甘いのが嫌いで、甘いココアは基本的に嫌いであった。そのためなのか何なのか、阿呆はカカオの味が強くて、苦めな純ココアを良く買ってくるようになった。おかげで、カカオの香りが部屋に充満して、私もなんだかココアを飲みたくなってしまった。阿呆とお揃いのカップに牛乳を注ぎ、ココアをスプーン三杯入れて、電子レンジで2分加熱。
お揃いと言うところに注釈をいれさせてもらうと、私たちはどっちかというと、食器だのは最低限あればいいと思うタイプであるため、カップは新婚祝いで私の友人がくれたペアのもの2つしか所持していない、それが故のお揃いである。断じていちゃいちゃラブラブだからではない。
電子レンジでぐるぐる回るカップに飽きて、振り返って見ると、阿呆はまだテーブルの上のカップを睨んでいた。熱すぎて手にも持てないのだという。奴の掌には角質があまりにもなく、赤ちゃんのように透明感があってすべすべなので、まぁ、当たり前だろう。ざまぁみやがれ。
カップから立ち上る湯気は一向に収まらない。
電子レンジが調理終了を知らせた。牛乳は沸騰していて、如何にも熱そうだった。
熱いカップを軽々と手に持ち、その中に金属のスプーンを容赦なく突っ込み、勢いよくかき混ぜた。粉気がなくなったら直ぐに飲んだ。
私は熱いのに滅法強いため、奴の言う美学に従ってココアを堪能できるのである。
おまけに手は角質で硬くなっているため、猫手などではない。ざまぁみろ。
立ち上る湯気を頬一杯に受けながら、飲み干して振り返ると、阿呆は目をひん剥き、こちらを凝視しながらわなわなと震えており、今にも私に襲いかかりそうであった。
嗚呼、面倒臭い。
近くに寄ってきて、あーだーこーだー抗議する奴の口から覗く舌は真っ赤、一文字に引き延ばされた唇も真っ赤であった。
意識を遠くに飛ばそうとしていた私には、白い肌に映えるその赤がとても艶やかに見えてしまって、ぼぅっとした。
私は度々、こうやって阿呆であることを忘れてしまう。阿呆にご褒美はやってはならないのだが、思わず、好奇心のまま熱い舌で五月蠅い赤を埋めてしまう。
艶やかな唇に紅い舌
お題配布元「確かに恋だった」