ネクタイを解く手
先ほどから何度もネクタイを結びは、解き、結びは解く、眼前の男。
如何せん不器用なこの男、ネクタイを何度結んでも、よれたり、結び目がやたらと小さくなったりするのだ。
しかも、不器用な癖にこの男、難しいものほど格好いいと信じて病まないため、簡単な結び方で結ぶ事を潔しとせず、(彼曰く)複雑怪奇な結び方に挑戦し続ける。その上右利きを小馬鹿にして、左利きこそ天才だと信ずるため、左利きの自分に不可能はないと思っている。
とんだ阿呆である。
その複雑怪奇な結び方で、見た目が大きく変わるわけでもないし、むしろ私の目にはシンプルな結び方と、見た目がどう異なるのか見当が付かない。そんでもって、私は天才が左利きに多いなんていうのは、右利きの人間が無い物ねだりした時に気付いたこじつけ的な法則であると思っているし、もし、天才が多かったとしても、この阿呆は左利きの中でも希少な「左利きの阿呆」であると解している。
そうこうしている間にも、阿呆は奮闘しており、
勢いよく解いたネクタイが宙を舞い、阿呆の手に戻る。
私はこの阿呆を手伝いはしない。なぜならこの阿呆は人からの援助を酷く嫌うためだ。
ウィンザーノットだっけ?私もやってみたっが、そう大した難しくなかった。
ネクタイが宙を舞う。
本当に、鬱陶しい。
ネクタイが宙を舞う。
私がやった方が、よっぽど効率が良い。
ネクタイが宙を舞う。
腹の立つ阿呆だ。
私は阿呆の名を呼んでネクタイを解く手を制し、その上から左手で強引に阿呆のネクタイを解いた。
阿呆の左手と私の左手が重なる。
薬指に収まる2つの指輪が目に入る。
嗚呼、私はどうして、こんな阿呆と結婚するのか。甚だ疑問である。
ネクタイを解く手
お題配布元「それは確かに恋だった」