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宰相と長老の怪しい策動(一)

 イリアム一行がロンフェロー伯爵たちと別れ、都市パタロンダへ向かっている頃、帝都ピロでは帝国軍の慌ただしく動く様子が見られた。まるで戦時でもあるかのような忙しさで伝令が行き来し、往来を軍馬が疾走する。民衆はやっかいごとに巻き込まれぬよう、各々の家に閉じこもった。しかし民というのはどこの国どこの時代においても、生まれ持った好奇心によってすぐに情報を嗅ぎだしてしまう。宮中の出来事であろうが、公爵夫人の逢い引きであろうが、およそ彼らが知ることの出来ない領域はない。この時も、人々は「勇者の武具」が勇者の弟子たちによって奪還されたという確からしい噂を、互いにささやきあっていた。


 そんな噂の渦中にある当の宰相ブレンドロスと将軍ガンクレオンは、ニンバスたちによる襲撃から逃れた後、宰相の屋敷にやってきていた。軍令院におけるニンバスたちの追撃のための指揮は部下に任せ、宰相はとある秘策を実行しようと考えていた。


 「ポルマッキ、将軍は上で楽しんでいるか?」


 「はい、全て問題ございません。享楽主義者の将軍様は、当代一の音楽家カッセルトによる甘美な演奏と、ピロにおいては並ぶもの無き美女サリマーリの舞踏、及び二百年前からの贈り物であるキュナンシャの美酒に、すっかり酔っております」


 「よし。退がれ」


 ポルマッキと呼ばれた下男は、再び将軍をもてなすために客間に戻った。将軍は勇者の武具を失ったことを憂慮して落ち着かない様子であったのだが、宰相によって用意された、王侯に対するが如き格別の歓待を受けていたのである。そして宰相は今、屋敷の地下室で暗黒の魔法陣の調整をしていた。「Thie ouip qeuiwond sondenhope (混沌より来たる知恵)」と題された黒い革張りの魔導書を手に持ち、明かりといえば一本のろうそくの火のみ、薄暗く陰気な空間を行ったり来たりし続けている。つやつやに磨かれた石の床には、赤く発光する竜の血で描かれた、大転移魔法陣がぼんやり浮かんでいる。


 「もとよりわたしは、軍の連中などに期待はしておらぬ」宰相は口のはしに笑みを浮かべた。「帝国のますますの繁栄と効率のよい政治、及び権力の集中のためには、このわたしが自らの手で、適切な手段を実行しなければならない。血脈によって正統性を与えられている皇帝陛下なんぞよりも、このわたしのほうが、万物の支配者として適当な人材であるのだ。皇帝が魔女王ゾンドゴンゴより授かった黄金冠に護られているというのならば、それと同等の力を持つ勇者の武具を手に入れれば良いことよ」


 「メントガ人の友人、暗黒を愛する宰相殿、地上一切の支配を試みる猛勇――まあ全てこの長老カロスに任されよ」


 「む、やっと現れたか、暗黒の頭領」


 ガラガラ声のした方に宰相が振り向くと、壁にもたれるようにして、一人の怪しい老人が佇んでいた。黒いフードで頭から足まで肌を隠し、小さなしわだらけの顔の内、不釣り合いなほどに鋭く光る眼が特徴的なこの呪術士は、暗黒魔法を伝承する民族であるメントガ人の長老、カロスという者である。十年前から暗黒魔法の指導を宰相に授けているのもこの男であり、今回勇者の武具の獲得に力を貸そうと申し出たのだった。この長老は、報酬として、宰相が皇帝を抑え権力を拡張した際に、メントガ人の官吏登用が盛んになることを望んでいた。


 「ほう、素晴らしい出来映えじゃ」カロスは、床の大転移魔法陣に目を向けた。「さすが神の如く賢き宰相殿というところ。わしが持ったどの弟子よりも飲み込みが早く、技量は抜群、右に出る者なし。これならばどんなに魔力量の多い魔物であっても、大地の上であればどこでも自在に送り届けることが出来る。まずは何を送りますかな。魔竜か、傭兵か、あるいは自身が?」


 「ひとまず腕の立つ暗殺者を雇いに、各地に部下をやらせている。だがまだしばらくかかるだろうから、さしずめ試験も兼ねて、ここは小さな魔物でも送ってみようかと思うが」


 カロスは「小さな魔物」に反応して、体全体をがくがく震わせ大笑いした。

 

 「いひっひっひ、ひっひ、いけませんやそりゃ。《小さな魔物》とは傑作、金ぴかの四頭立て馬車をがらがら走らせて、中に乗るのはちょこんと一匹の子猫、これこそ貴族の中の貴族の発想というもの! ひっひっひ、この宰相殿はまったくわしの弟子の中では一番愚かなことを言うよ」


 「何がそんなにおかしいのだ、黒づくめ老人」


 「暗黒の技法、秘伝の魔法陣を甘く見てはなりませんぞ。これはケチケチして《小さな魔物》――ひっひっひ、いひひひっひ――なんぞを送るにゃ些か強力なもの。きっと目的地に届く前に暗黒の深淵に吸収されてしまいますわな」


 「そうは言うがな、他に何があるのだ。わたしの忠実な兵士たちは得体の知れないこんな暗黒魔法の実験台には出来んし――」


 「どうかもっと発想を柔軟に、そして雄大にしていただきましょうや。とにかく強力である分には、この魔法陣に扱えない者はないんですからな。召喚の魔法は? 宰相殿はどこまで格の高い猛獣を呼び出せますかな? あるいは神々の内の一柱などは? 帝国の支配者になろうというお方であれば、神の一つや二つは使役出来るようでなくっちゃあいけませんでな」


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