ロンフェロー伯一行との決闘(四)
ホセは子爵の弱々しい声を黙って見下ろして聞いていたが、子爵がついに気を失ってしまうと、さっそく鎧を剥がし、剣を拾い上げ、懐の金貨の入った袋を探り当てて、自分のものとしてしまった。唖然とするロンフェロー伯爵、ミンデラ子爵を後目に、ホセはロンバロンに向かって言った。
「拙僧の番は終わった。最後は貴公の番だ」
ロンバロンは槍を手に取り前に出て言った。
「さあロンフェロー伯爵、おれと貴公とで最後の決着をつけようじゃないか。貴公以外の三人はこちらの三人にやられてしまったが、どうだ、貴公はこのおれを倒すことができるかな。槍の比類なき使い手であるこのおれを」
ロンフェロー伯爵も槍を構え、大きな青銅の盾で身を守りつつ前進し、
「よろしい、せめてわたしだけでも勝利して、この決闘に一輪の名誉の花を添えることとしよう。パリアへの道中、素性の不明な連中にわれわれ騎士が四人ともやられてしまったなどと噂をたてられてしまっては、宰相殿にお仕えするどころの話ではない、われわれの故郷、家名にも傷がつくこととなるだろう。いざ!」
と叫んで、おもむろに槍を投げつけた。ロンバロンは放たれた槍を仁王立ちで迎えたが、きらびやかな勇者の兜がきらりと光ったかと思うと、槍は軌道を変えてロンバロンの足下に刺さった。勇者の兜が魔力を発揮して、装備者の命を救ったのだ。ロンバロンは、
「そいや!」
と気合い一発、ぶんと鳴るほど強烈に腕を振り抜いて、反撃の槍を放った。槍は伯爵の盾めがけ一直線に迫り、ガン、と音を立てて貫いた。剛力と見事な投法によって槍の穂先は盾を破り、さらにはロンフェロー伯爵の腕をも傷つけたのであった。
伯爵は盾を捨て、腰から剣を抜いてロンバロンに躍りかかった。
「ええい、腕から血が出てきた。なんのこれしき、剣を握るには支障無し。戦いの旗色は悪いが、ビカオリ男爵は立派に死んだのだ、わたしもその後を追うことを躊躇わず、果敢に切り込んでやろう!」
ロンバロンも太い両刃の剣を構えて、これを迎え討つ。
「降参などなされるなよ、騎士たる者、敵に背中を見せるくらいならばいっそ死んでしまったほうが潔いというものさ。貴族としての名誉を守って死ぬことほど、男の終焉に望ましい筋書きはないのだ。さあさあ、切り込んでこい、おれも刃をたたき込んでやる」
ガチリ、ガチリと、剣同士、金属の触れ合う音が中空に響き渡る。ロンフェロー伯爵も、ロンバロンも、顔を真っ赤に、腕を震わせて鍔迫り合いだ。
「伯爵、なかなかの腕だが、えい、やられはしない。槍の傷が痛んで力むのも辛かろう。しかしおれも全力を出しているというのに、ここまで持ちこたえるとは」
「伊達に修行はしておらんでな。わたしは剣によって己の生命を護る術を心得ておる。野盗などに後れはとらん」
「また野盗などと言う。おれは卑しい盗人などではない。この豪奢な兜を奇妙に思うことはもっともだが、これはかの勇者マホローンの……」
ロンバロンがつい口を滑らせてしまった。伯爵は宰相に忠誠を誓う騎士である。もしかしたら何らかの手段によって、勇者の武具奪還命令を既に耳にしているかもしれない。だから素性を明かすことは賢い態度とは言えない。剣を交える二人の後ろから、ニンバスが口を挟んだ。
「ロンバロン! 余計なことはしゃべらない方がいい……」
しかし、ロンバロンの言葉を聞き逃さなかったロンフェロー伯爵の反応は、勇者の弟子たち四人の予想とは異なるものだった。
「なに。勇者マホローンですと。なるほど確かに言われてみれば、その宝石まみれの輝かしい兜を、かつて『神々の尖兵』の凱旋の際、見たことがあるような気がする……そうだ、それらは紛いもなく、勇者マホローンが魔女王から授けられた武具ではないか。あれは勇者が厳重に封印して、盗賊などの手には渡らないよう管理してあったはずだ。……何か事情がありそうだが」
もはや鍔迫り合いは中止されていた。伯爵もロンバロンも、肩で息をしつつ対峙している。ロンバロンは己の失策を取り繕うべく言った。
「おれの兜、そして後ろの三人の剣、盾、鎧が勇者の防具だからと言って、それが何であろう。宰相殿に忠誠を誓う騎士である貴公に、いったいどういった関係があろうか。一つ確かなのは、おれたちは盗賊などではなく、名誉重んじる騎士であるということだ」
「ロンバロン殿、一つ勘違いされておられるようだが。確かにわたしロンフェローは宰相殿に忠誠を誓った騎士ではある。しかしそれ以上に命を捧げておるのは、栄えあるパリア帝国に対してであって、われわれは特定の個人の私兵などではないのだ。だから貴公たちがそうして勇者の武具を装備し旅していることが、何か帝国の大いなる利害に関するものであるなら――貴族の名誉にかけて――力になろうと思う」
四人は顔を見合わせた。そして、自分たちの立場を明かしてよいものかどうか、目と目で相談しあった。ロンバロンは剣を鞘に納めて、
「ロンフェロー伯爵。その言葉に偽りはありますまい?」と問うた。
伯爵は言葉に力を入れて、
「貴族の誓言ですからな、名誉にかけても真実ですぞ」と言った。
ロンバロンは他人に対しても自分に対しても、貴族及び騎士の誓いには些かの疑いをかけることも許さない男である。
「それならば申し上げよう。おれたちは何を隠そう勇者マホローン八人の弟子の内の四人。事情あって先日から旅をしている――」
結局、伯爵にすっかり自分たちの事情を教えてしまった。伯爵、そしてその仲間の騎士たちは話を聞きながら驚きを隠せない様子であったが、物語の筋は通っているし実際武具が目の前にあるというのが何よりの証拠であるので、一切をそのまま信用してもよろしいと感じたのだった。
全てを聞き終えて伯爵は言った。
「これはロンバロン殿、大変失礼をした。決闘は騎士の性、避け得ないものであるとはいえ、そのような至極重大な任務についている貴公たちに命のやり取りを強要してしまったこと、非常に遺憾に感じておりますぞ。そして現在宰相殿の出すぎた策動が、皇帝陛下の立場を危うくするようなものであるというのならば、わたしも帝国のために、どのような振る舞いをするのがもっとも義に適うものなのかをよく考えるつもりじゃ。またミンデラ子爵、ポロロポール子爵もわたしの考えにそのまま賛同することだろう」
ミンデラ子爵はうなずいて肯定の意を示した。ポロロポール子爵はまだ意識を回復していない。ロンフェロー伯爵は続けた。
「ホセ殿、お望みなら、決闘に破れたわれわれは馬以外のものは全て喜捨し貴公に預けることにしよう。そして今からは宰相殿に仕えるという目的を、帝国を危機的状況を己の目で確かめるという目的に変更し、ピロに向かうことにしよう」
ホセは満足げな顔をして、
「それがよろしかろう。身を守るための剣と馬以外のものは、アザモンの名において不幸の深淵にある哀れな人々を救済するために用いることにする。拙僧にお任せあれ。そして貴公たちに祝福あれ」
と言って、伯爵たちから財産を受け取った。総額四千テラスくらいにはなりそうであったが、これだけあれば少なくとも数人の孤児に教育を施し、寡婦から生活の心配を取り除き、老人たちに安らかな余生を送らせるに足りるであろうと思われた。
神聖なる喜捨がなされた後、目を覚ましたポロロポール子爵は言った。
「決闘によって騎士らしく名誉を守り死んだビカオリ男爵の亡骸をこのまま野ざらしにしておくわけには当然いかない。なんとかこの土地の神々のうち一柱でも呼び出して、適切な弔いをしたいものだが」
これには是非もなく皆が賛同し、魔法に精通するミンデラ子爵とニンバスの共同作業によって、土地に住みついている神ロクドゥアンデスが召喚させられた。
ロクドゥアンデスは、雲で出来た巨大な半獣のような姿をしている大地の神である。地属性の主神及び唯一神(唯一とは言いながら他の神の存在を許す矛盾と寛大と全能の神)アザモン直属の下級神であり、生命有する者全ての生と死を観察する役割を帯びている。
大地神は大口を開けて騎士たちに語りかけた。
「見ていたぞお前たちの見事な戦いぶり、神々の血をも沸き立たせるような卓越した技の応酬を。野獣と神々の中間に位置するお前たち人間は、時にその不完全における奮闘と流転によりわれわれの目を喜ばせる。……時にこのロクドゥアンデスを呼び出した用件は……その剣の達人の魂の安息であるな?」
下級の神とは言え人間を圧倒する迫力を醸し出しているロクドゥアンデスである。魔法に疎くあまり神々を見慣れないロンバロンは、驚きのためにそわそわした。一方なんでもない様子のニンバスが神の問いかけに答えた。
「土地の神よ、その通り、われわれが望むのはそちらに横たわる誉れ高い騎士、ビカオリ男爵の魂の安息。そして哀れな遺族のための慰みとなるよう、霊の離れた肉体が卑しい鳥獣についばまれることなく、大地に還えることです」
「よろしかろう。引き受けよう。このロクドゥアンデスは人生という旅路を終え、再び永遠なる《生まれる前の領域》に帰る魂をしっかりと守護し、案内する。また神聖なる屍は大地の理に預け、いつの日かまた物質と霊魂が結び付き合うまで、水となり空となり、宇宙を飛び回る自由の粒へと昇華させる。そこの男爵のことはもう心配には及ばぬ」
「ありがとうございます。無限の空間と永劫の時を司り、常に人間のことを観察し気にかけ遊ばす神々の一族に、感謝と祈りを捧げます」
ニンバスは供物として身体に充満する魔力の一部を神に送った。神はそれを受け取り、騎士の遺体を抱きとって、そのままふっと地表に沈むようにして消えてしまった。男爵の肉体も神とともに消滅し、ただ身につけていた鎧と剣のみが残った。ロンフェロー伯爵は男爵の思い出のために、その武具を貰ったのであるが、さすがにホセも故人の装備まで喜捨しろとは言わなかった。ただ僧侶らしく、静かに目を閉じ勇気ある貴族の死を悼んだ。
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