ロンフェロー伯一行との決闘(三)
「なるほど氷は熱で溶けるものではあるが、ここまで強力な魔力を込めた氷の壁ともなれば地獄の業火と言えども焼き尽くすことが出来ないだろう。魔法の力比べでは勝てないようだ」
鉄壁の防御を見て分が悪いと判断した子爵は魔法陣を消滅させた。そして杖の先に火属性魔力の刃を出現させ、炎の長刀を作り出した。
「距離を縮めて戦うことにしよう。近距離戦ならばお互い無駄な魔力を浪費していたずらに時間を経過させずに済むだろうから」
「どんな距離、どんな場所、どんな属性でもお相手しましょう。このわたしの氷結の魔導は、いかなる騎士、いかなる魔物にも遅れをとりませんから」
ニンバスは子爵に合わせて氷の壁と魔法陣を消し、一本の氷の長剣を作り出して手に構えた。
「えいや!」
さっそく打ち込んでくる子爵の火の長刀。得物の長さでは不利であるのにも関わらず、ニンバスは慌てることなくそれを氷の刃で受け止めた。
するとふっと、ロウソクの火を吹き消したかのように、子爵の赤い刃は失われてしまった。ニンバスが剣に込めた氷属性魔力が、反対属性を打ち消してしまうほどに強力だったのである。
驚愕する子爵であったが体勢を立て直すことも出来ず、ニンバスの放った一撃に籠手を割られ、腕を傷つけられた。不思議と血は出なかった。
「勝負はありました。この刃には冷却の呪いが込められており、傷つけた相手の血液の代わりに体温を急速に奪いとります。そのまま百数える間にあなたは命をも失いましょう。降参なさるか、それとも潔く死を選ぶか……」
「もともと決闘の発端はわれわれがあなた方を盗賊と疑ったことにありますが、勝負に負けたわたしはそれを謝罪しましょう。また、そこの僧侶の方の仰る額の喜捨を致しましょう。この身は宰相殿に仕え役立たせねばならぬ身体でありますから、こうした私闘のために簡単に死ぬわけにはいきません」
「では呪いを解除しましょう。 Oeo koris mit den deweth!」
子爵は命を助けられ、退いた。子爵に代わって次の戦いのため前に出たのはポロロポール子爵。決闘慣れしているしたたかな騎士である。
「そちらの大将格のロンバロン殿との戦いはこちらの大将ロンフェロー伯爵にお任せするとして、わたしは不躾な注文をするそこのホセという僧の首を頂きましょう」
ホセは一歩前へ進み出た。
「拙僧が血をも首をも捧げる相手はただ唯一にして絶対なる神アザモンのみであって、貴公のような不信心の伊達貴族ではない。貴公のその粋な装飾のついた剣や鎧などがもっとも輝くのは戦場においてではなく、それが神のために捧げられた時なのであるから、拙僧の注文は不躾どころか真理を語っているのだ」
「口の減らない、強欲にして節度を知らぬ坊主のようだ。もはや容赦はしない。剣を抜きたまえ」
「剣? よろしい、貴公は剣を抜くがよい。しかし拙僧はアザモンに仕える聖なる人間であるから、剣や槍といったような武器を手に持つわけにはいかないのだ。たとえ相手が剣を持とうが弓を持とうが、神の恩寵にあずかる拙僧は素手のみで戦ってきた。そして常に勝利は、敬虔なる拙僧の側に与えられたのだ。さあ、さあ、遠慮する必要はない。貴公は騎士であるから、武器の点で不平等な決闘は気が進まぬかも知れないが、拙僧は名誉重んじる騎士の身分ではないのだから、気にすることはない。熊や獅子を狩るようなつもりでかかってくるがいい」
ポロロポール子爵は、若い武人の常であるが、自分の腕に相当の自信を持っていた。だからホセの言葉は、並々ならぬ愚弄として耳に響いた。
「浮き世を捨て去った僧侶は、頭髪だけでなく視力すら失ってしまうものらしい。このわたしの壮麗な肉体を目にしていながら、素手で剣を制してみせるなどとはまるで正気ではない。わたしは凶暴な狂人を相手するつもりで、つまり、社会に有害な一匹の毒虫を潰すような感覚で、その首を胴体から切り離してしまおう」
子爵は青い宝石で装飾された、細身の銀の剣を抜き払い構えた。顔には、自尊心を傷つけられた者に見られる、特有の静かなる怒りが浮かんでいる。ホセは相手が武器を構えたのを満足げに、「破戒の構え」、すなわち左手を前方に伸ばして右手で胴体を守護し、膝を軽く曲げて素早いフット・ワークを実現するという、武器を持つ敵に対してもっとも有効な体勢をとった。
そのままにらみ合って七秒ほど経過したところで、子爵は強く地を蹴りホセに肉薄した。剣の届く圏内にホセを捉えて、横薙ぎ一閃、一気に勝負にかたをつけるべく、相手の左腕を切り落とそうと襲いかかった。しかしホセは表情一つ変えず、左腕をふわりと持ち上げて剣の軌道を避け、軽いステップで身体をくるりと回転させつつ、
「破ァぁぁぁあああああああ!」
神雷の如き強烈な回し蹴りを放った。
剣の届く範囲よりも、当然蹴りの到達する距離というのは短いものであるが、その時子爵は、まるでホセの足が突然伸びたかのように思った。というのも、卓越した足さばきによって、ホセは最も有効なタイミングに子爵の懐に入り込んだからである。蹴りは子爵のあばらに命中した。鎧に守られていたにもかかわらず、あまりの衝撃に骨が何本も折れた。たまらず子爵は地に倒れ、剣を取り落としてしまった。
うつ伏せの子爵はうめき声を上げつつ、ぼやいた。
「なんてことだろう、わたしほどの男が、こともあろうに坊主風情にやられてしまった。しかも素手の坊主に。このことが知れてはピロで宰相殿に仕えるわけにもいかなくなる。軟弱な騎士を宰相殿は好まれまい。それにしても強力な坊主だ。宝石にまみれ輝く珍妙な鎧を、着心地の悪いであろう僧服の上から装着し、拳法を扱うには大変動き辛いように思われるが、ツバメのように華麗で素早い攻撃を繰り出してくるじゃないか。ああ、もう、死んでしまおう。こう不名誉な目にあってしまっては貴族として生き続けることはできない……」