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ピロの都と弟子たちの再開(四)


 しかしその瞬間を待っていたとでもいうように、ホセはカッと目を見開いて、


 「破ァぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 と気合い一声、左の拳による猛烈な一撃を繰り出した。唸りを上げる豪快な拳は闇の槍を引き裂いて消滅させ、そのままゼフォーの腹にめり込んだ。


 ゼフォーは壁に背中をしたたかに打ちつけてから倒れ、動かなくなった。ホセはゼフォーの魔書を取り上げて窓から投げ捨て、また黒衣の懐中を探って財布をとりだした。


 「貴公、その男の金をどうするつもりだ。倒れた者の金銭を戦利品として獲得するのは、騎士としていささか立派でない行為のように思われるが」


 イリアムがそう忠告するとホセは、


 「いやなに、これは拙僧が自分のために手に入れるのではない。恵まれぬ可哀想な人々のものだ。懇意にしている司祭に渡すことにしよう。司祭は貧しい者たちに毎日食物を施しておられる。どうだ、この男の金の、考えうる限り最上の使い道だろう」


 と言って、なに食わぬ顔で自分の懐に入れてしまった。このホセという怪僧は、敬虔な行為のためなら盗みでも物乞いでもなんでもしてみせるという男なのだ。


 「とにかくここにある武具を持ち出して逃げることにしましょう。このままここにいるわけにはいかないだろうから」


 ニンバスの言葉に三人とも同意し、ひとまず最も安心な武具の運搬方法をとることにした。すなわち、一人ひとりが勇者の武具を身につけて脱出するのである。


 イリアムは、勇者の剣を腰に差した。


 ロンバロンは、勇者の兜をかぶった。


 ニンバスは勇者の盾をとった。


 ホセは勇者の鎧を僧服の上から着込んだ。


 いずれも豪華絢爛な装飾の施されており、闇夜でも輝いて見えるほどである。目立つのは当然の理であるが、もとより四人は隠れるつもりはない。ただ追っ手があれば迎え討つ。それに勇者の武具も強大な力を貸してくれようというわけだ。


 「それでは貴公ら、長い旅路になるやもしれないが、とにかく出発しよう、命を惜しむこと無く、常に勇気を示すのだ、われわれの師マホローンとエルゴモン皇帝陛下のために!」


 「「「応!」」」



 四人は軍令院を出て、そのまま馬を疾駆させその日の内に花の都ピロを出てしまった。途中、イリアムが布を買うためもあって馬を一度休めたことを除いては、ほとんど日が落ちるまで走り続けたのである。


 イリアムは三テラス出して買った白い頑丈な布で、よく放浪の修行剣士が身につけている風の、体の線や足の動きが敵に気取られない、全身をすっぽり覆う襞の多い着物を拵えた。さすがに都の外で近衛兵の制服を着続けるのは問題であったのと、今回の旅がイリアムにとっては剣士の修行旅行の意味も有していたから、こうした服装をすることは大変都合がいいのである。


 ちなみにホセはイリアムが布を買っている最中に、黒衣の男ゼフォーから盗った財布を司祭に届けた。司祭はホセの身につけている宝石だらけの鎧を見て驚いた。ホセは、当然こうした贅沢な武具の類も貧しい神の子たちにやってしまいたいところだけれども、この鎧だけは特別なものであるから手放せないということを説明した。


 一行は都の東の草原地帯に足を踏み入れた。日が落ちた後、ぽつんと孤独に立っている旅人向けの宿屋「白兎ホイリゴルス亭」を見つけたので、ここで夜を明かすこととなった。


 宿屋の亭主は四人が宝石まみれの武具を身につけているのを見て考えた。


 「(これはどこかの大貴族のお忍びの旅か、あるいは盗賊団の親分などといった連中に違いない。しかしどうやら前者のほうらしいな。賊にしては上品な佇まいや言葉遣いをしておるよ。まるで宮廷人とでもいったような方々だ! 皇帝陛下に近しい家柄でないとも限らない。となれば、こちらも稼ぎがいがあるというものだが)」


 亭主は四人を格好の商売相手と結論付け、滅多に見せない愛想の良さでもてなし始めた。ロンバロンが最上等の食事を注文すると、さっそく家の裏に飼っている太った鶏を殺して焼いた。並の客相手ではまったく考えられないことである。


 調理の為に厨房に亭主が引っ込むのを確認して、四人はやっと再会を祝し、十年前、散り散りになった後の身の上話を開始することができた。四人の他に客はいなかった。


 「まずは、乾杯しよう。差し当たり、皇帝陛下とわれわれの勇者の健康を祈って」


 「うむ、陛下と師の健康を祈って」


 「乾杯!」


 白兎ホイリゴルス亭に置いてある酒の中で、最上等の果実酒を亭主は惜しみなく持ってきたのであるが、四人は別段有り難みも感じずにどんどん干した。


 「おれは、イリアム、貴公の話から聞きたいと思うがどうだ」


 ロンバロンが切り出すと、


 「わたしも賛成、イリアムの話を聞きたい」


 「拙僧もイリアムの話をまず聞こう」


 とニンバス、ホセも賛同したため、イリアムから話をする運びとなった。イリアムはぐいと杯を空けてから語りだす。


 「いやなに、わたしは師マホローンと別れてすぐ都へ上り、そのまま剣の腕を買われて近衛兵となったよ。知っての通り、近衛兵になるには戦場で特に目立った武勲を上げる必要があるのだが」


 「そうだ、手柄を立てる必要があったろうに、貴公は免除されたのか。この十年間戦争など無かったろう」とロンバロン。


 「免除ではないが、戦場でないところで武勲を上げて陛下のお目に止まったのだ」


 「イリアム、戦場以外の地で、剣などはやたらに抜くべきものではない」とホセがなかなか僧侶らしい道徳的なことを言う。


 「ホセよ」と、すかさずロンバロンは反論した。「坊主の貴公には分からぬかも知れぬが、おれもイリアムも騎士だ。貴族としての名誉に傷をつけられそうになった際や、その他恋や貴婦人のためでもあれば、剣を抜いて敵と己と、どちらかが命を失うまで戦うこともある」


 「それではイリアム、貴公は名誉と恋、どちらのために剣を抜いたんだい?」


 「ニンバス、わたしは武人としての名誉のために戦ったのだ。当時、さすがに都は噂の広まるのが速く、勇者の弟子であるわたしがピロへやって来たことは瞬く間に知られてしまった。そしてこのわたしの腕を試そうという軽率な若者、騎士、軍の者たち……そうした連中をわたしは、まあ、十六人は斬った」


 「十六人! それは確かにちょっとした数字だな!」


 「絶命した者も、生命を長らえた者もあった。そもそも都へ来たのは仕事を得るためだったから、こう派手に暴れてしまってはまずいと後悔したのだが……幸運にもわたしの勝利は、昔気質の武人、エレフェール公の好意を引き寄せた。そしてエレフェール公の紹介で、都へ来てから七日後には近衛の制服を着ていたというわけだ」


 「見事! それでこそわれらが勇者マホローンの弟子というものだ!」ロンバロンが叫ぶ。


 「しかし陛下はよくお許しになったものだな、拙僧は都の事情には疎いから分からないのだが……軍はその十年前から宰相殿の操り人形だったのか?」


 「いやまだ十年前は宰相殿の力も軍全体には浸透していなかった。しかし陛下は何かと近衛と軍を争わせて楽しむという困った娯楽に興じる傾向にあったのだ。つまり、どうやら軍の連中をけしかけて近衛兵と決闘させ、贔屓にしている近衛が勝てば大喜び、軍が勝てば不機嫌になり遊ばせた。そうしたところへ、わたしが名の通った軍の剣士をやっつけたということがエレフェール公を通じて伝えられたわけだから……」


 「なるほど」とニンバス。「それではエレフェール公もさぞ株を上げたことでしょう、シリマース産の荒馬を見つけてきたということで」


 「それに馬を育てたのがかつてのご親友、勇者マホローン殿ときていればこれを気に入らないはずはなかったわけだ」ホセは運ばれてきた鶏肉に手をつけながら言った。


 「わたしの話はこんなところだろう。ロンバロン、貴公はどうしていたのだ。遍歴の騎士をやっていたということだったが」


 「そうだ。おれは東方の国々を巡っていた。メントガ人の国で手強い敵を作ったというのは既に貴公たちの知るところだが、他の機会も合わせれば……まあ二百人は斬っただろうな」


 ロンバロンという男は人一倍勇気に長じており、武人として優れた点を多々有してはいるのだが、小さからぬ虚栄心を胸に飼っているという欠点も同時に備えている。二百人を斬ったというのはロンバロン流の一つの誇張表現であった。


 それに気づかぬ旧友たちではないが、彼の自尊心をあえて傷つけぬ心遣いが友情を保つのである。


 「二百人とは、まるで貴公一人で一つの軍隊ででもあるかのようだが」とホセが神妙な顔で言えば、


 「ボマス(古代パリアの詩人)の叙事詩によれば、アルゴリシウス(古代パリアの英雄)はヤリモスト戦争で百人の戦士の頸をはねているというが、われらがロンバロンはそのまま英雄時代からやって来たがような荒武者だよ」とイリアムも賞賛を惜しまない。


 四人の中で一番の学者であるニンバスに至っては、イリアムが古代の詩人の話を引き合いにだしたのに乗じ、今度ロンバロンの剛勇な様を描いた長大な叙事詩をボマス(古代パリアの詩人)に倣い作成して、是非宮殿の晩餐会で朗読しようと約束した。


 愛すべきロンバロンを上等の酒と友達の賞賛で酔わしてしまった後、ニンバスとホセのことも極上の鶏肉の香りとともに語られた。


 ニンバスはパリア帝国において第二の都と呼ばれる魔法と学術の地ルメリアで、両親から相続した莫大な年金によって不自由無い生活を送っていたのだという。社交界にも顔を出し、懇意にしていたとある老貴婦人から結婚の世話もされつつあったのであるが、まだ独身のまま魔法の研究に心血を注ぎたい決心であったために、今回の皇帝陛下の秘密の召集を良い口実としてピロへ来たのだった。


 ホセは十年前からつい先日まで、帝国各地を放浪しながら、身につけた腕力に任せて半ば追い剥ぎのような真似をしていたという。つまり貴族や商人などといった金を持っている者を見かけると、すかさず神アザモンの名の下に、恵まれない子供、婦人たちのための喜捨を求める。ここまではアザモン教の僧侶の行いとして別段変わったこともないのだが、ホセはぶしつけにも相手の風貌を見て喜捨の金額を指定するのである。指定された金額を穏やかに支払えば良し、しかし大半の者はそうはしない。大抵の金持ちは無礼な僧を追い払おうと従者に命じる。あるいは威嚇のために手ずから剣を抜く。そうなるともうホセは僧服の下に隠していた軍神のように荒々しい肉体を明らかにして、一暴れするのであった。結局さんざんにやっつけられた者たちはホセに懐中をまさぐられ、身につけている全財産を神のために奪われてしまう。彼らにとっては、大人しく言い値を支払うほうが得なのであった。


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